第16話 効率、そして不器用な優しさ
静寂が戻った路地に、ラーメン屋の店主が恐る恐る声を上げた。
「あ、あんた…やったのか? 俺たちのとんこつ醤油が無駄にならずに済んだか?」
コウは、店主の方を向き、少し困ったように視線を泳がせた。
「……感謝する。あなた方の行動は予測不能で非論理的だったが、結果として敵の思考リソースを埋め尽くした。そのスープのコストは、こいつらの財布から倍にして回収するといい。それが…合理的だ」
コウは淡々と言おうとしたが、耳が少し赤かった。彼は他人から感謝されることに慣れておらず、どう反応していいか分からないのだ。
「すげえ! あの連中を倒しちまった!」 「兄ちゃん、やるじゃねえか!」
住民たちがわっと歓声を上げ、コウを取り囲もうとする。コウは居心地が悪そうに身を引き、すぐにサラの元へ逃げるように戻った。彼女は壁際で小さくなり、破れた服を隠すように震えていた。
コウは無言で自分のローブを脱ぐと、彼女をすっぽりと包み込んだ。その手つきは少しぎこちないが、丁寧だった。
「怪我はないか、サラ」
「は、はい…コウさんこそ、血が…」
「かすり傷だ。問題ない」
その時、アパートの窓から見ていた主婦が、階段を駆け下りてきた。手には、地味だが清潔なワンピースを持っていた。
「お嬢ちゃん! これを使いな! 私の若い頃の服だけど…あんな奴らに酷い目に遭わされて、辛かったねえ」
「あ、ありがとう…ございます…」サラは、人の温かさに触れ、再び涙を流した。コウはその様子を見て、ホッとしたように小さく息を吐いた。
尋問と、隠しきれない本音
コウは、気絶させたザックを氷魔法で強制的に目覚めさせ、尋問を開始した。
「さて、手短に頼む。お前たちを雇っている**『新しい治癒師』と『王子の護衛』**。そいつらは今、どこで何をしている?」
ザックは恐怖に震えながら、全てを白状した。
「ひいぃ! 言う! 全部言うから命だけは! …フェリシアとゼオスは今、『王都地下の廃棄水路』にいる! そこを、Rブレッドクランの新しい拠点にするつもりだ! 今日、そこへ**『大量の資材』**が運び込まれることになってる!」
「資材?」
「表向きは建築資材だが…中身は、さらってきた**『魔力持ちの孤児』や『希少な魔獣』**だ! そいつらを実験台にして、もっと強力な魔道具を作るって噂だ…!」
その言葉を聞いた瞬間、コウの表情が変わった。冷徹さは消え、眉が歪む。
「孤児を…実験台だと?」
「お、俺たちがやったんじゃねえ! 俺たちはただの見張りで…」
コウはザックを再び気絶させた。拳が強く握りしめられ、微かに震えている。
合理的な「言い訳」
コウは立ち上がり、サラ、そして住民たちを見渡した。
「…俺たちは行く。その廃棄水路へ」
「兄ちゃん、やめときな! 相手はRブレッドクランだぞ! 復讐なんて考えないで、逃げたほうが…」ラーメン屋の店主が心配して止める。
コウは首を振った。
「復讐? いや、違う。そんな感情的な行動は非効率だ」
コウは、自分に言い聞かせるように、早口でまくし立てた。
「いいか、その拠点で強力な魔道具が完成すれば、いずれこの王都全体が危険に晒される。実験台にされている子供たちが暴走するリスクも高い。つまり、今ここで芽を摘んでおくことが、将来的な被害コストを最小限に抑えるための、最も合理的で効率的なリスクマネジメントだ。そうだろ?」
理屈を並べているが、その声は必死だった。子供たちが犠牲になることを、ただ見過ごせないだけなのだ。
サラは、そんなコウの背中を見て、小さく微笑んだ。彼女は知っている。彼が「効率」という言葉を使う時は、たいてい**「誰かを助けたい時」**の照れ隠しであることを。
「…行きましょう、コウさん。それが、一番**『コウさんらしい効率』**ですから」
サラもまた、恐怖を飲み込み、コウの手をそっと握った。
「ああ。…勘違いするなよ。あくまで、寝覚めが悪くなるのを防ぐためだ」
コウはそっぽを向きながら言ったが、握り返す手は優しかった。




