第15話 怒りの暴走と、立ち上がった王都の住人たち
サラの引き裂かれた服と、絶望に満ちた涙を見た瞬間、コウの中で理性のタガが外れた。彼の冷徹な思考回路は、**「敵を最短で殲滅する」という論理的な目標を見失い、ただ「怒り」**という感情に支配された。
「貴様ら…殺す」
コウは、極低温の声でそう呟いたが、その全身から噴き出す魔力は不安定だった。
《無限進化の刻印》は、通常なら怒りを「極限効率」のトリガーとするはずだったが、コウの感情が強すぎたため、魔力回路そのものが飽和状態に陥った。詠唱なしで放たれた**《殲滅の雷光》は、以前のような「極限の効率」を発揮できず、ただの過剰な大魔術**となってしまい、魔力消費だけが跳ね上がった。
最一方的な劣勢
コウの乱れた魔術は、一撃で後衛の魔術師二人を戦闘不能にはしたものの、その後の戦士二人には決定打を与えられなかった。
「くそっ、威力が乱れてる! 魔力バカが!」
戦士の一人、ザックは、コウの魔術が不安定になったことを察知し、好機と見た。彼はサラを拘束していた屈辱を晴らすため、逆上してコウに斬りかかる。
「ふざけやがって! B級戦士の俺をナメるな!」
コウは、魔法防御の障壁を張ろうとするが、魔力回路の乱れにより、術式がまともに起動しない。残った戦士の猛攻に、コウは防戦一方となり、まともに技を発動できない。なんとか片方の戦士を雷撃で倒したものの、残るザックの大剣がコウの肩をかすめ、コウは鮮血を流しながら、壁に叩きつけられた。
「ぐっ…!」コウは歯を食いしばる。
残る敵は、意識の残っているB級戦士ザック、屋根上のC級盗賊シド、そしてC級魔道士ルーガスの三人。コウは冷静さを完全に失い、魔術師として最も重要な**「思考の効率」**を欠いた結果、最悪の劣勢に陥ってしまったのだ。
老人のホウキと住人たちの反撃
コウが、ザックに止めを刺されそうになったその時、路地の奥から、杖代わりにホウキを持った老人の住人が、震えながら飛び出してきた。
「や、やめなさい! こんなところで、若い者を痛めつけるんじゃない!」
老人は、勇気を出してコウに助太刀しようとしたが、そのホウキがザックの大剣に一閃された途端、腰を抜かし、すぐに「ひぃ!」と顔を手で覆い、恐怖におびえた。
「なんだ、このクソジジイ! 邪魔をするな!」ザックは老人に苛立ち、ホウキを叩き折る。
しかし、この老人の無駄な抵抗が、周囲の住人たちの心を動かした。
荒廃し、希望を失っていた王都の住人たちは、部屋のカーテンの隙間から、営業休止中の花屋の奥から、そして家系ラーメン屋の厨房から、この一部始終を見ていた。彼らは、ヴィンセントやガゼルが作った**「無駄な構造」**によって、生活を破壊された被害者たちだった。
そして、彼らは見た。地味な服を引き裂かれたサラの絶望的な姿と、怒りに燃えながらも、彼女を守ろうと戦うコウの姿を。
「あの男は…本当に、立ち向かっているんだ!」
次の瞬間、静寂を破って、無数の物が路地に投げ込まれた。
休止中の花屋の店主が、大量の植木鉢を屋根にいる盗賊シドめがけて投げつける!
家系ラーメン屋の店主が、熱湯の入った寸胴鍋を抱えて、戦士ザック目掛けて突き進む!
アパートの窓から、主婦たちが腐った野菜や罵声を浴びせ、魔道士ルーガスの詠唱を妨害する!
「な、なんだ!? クソッ、虫けらが!」ザックは突如始まった無秩序な攻撃に混乱する。
コウは、その住人たちの**「非効率だが、純粋な反撃」**を見て、初めて冷静さを取り戻した。
(俺は…何をしていたんだ。俺の戦う理由は、この人々を守り、この非効率な悪意を断つためだ!)
サラは、破れた服を抑えながら、立ち上がった人々を見て、涙ぐんだ。王都はまだ、死んでいなかった。
路地には、B級戦士と、ホウキと寸胴鍋を持った住人たちとの、泥臭い乱闘が巻き起こっていた。コウは、その住人たちの助太刀を受け、極限まで消耗した魔力回路に、再び力を集中させるのだった。




