第1話:婚約破棄と追放の夜
嘲笑う光
王宮の月光が、庭園の芝生に冷たく降り注いでいた。
サラ・ブレッドは夜会服の裾を握りしめ、震えながら立ち尽くしていた。
「サラ、君との婚約は破棄だ」
第二王子ヴィンセントは、感情を込めることすら惜しいというように言い放った。
その隣で、令嬢リリアーナが鼻で笑う。
「君の魔術は治癒と防御? ふん、陰でこそこそ他人を助けるだけのつまらない力じゃないか。それも、効率が悪く地味なものばかり、人前に立って拍手喝采を浴びられる華やかさがない」
ヴィンセントはサラの魔術資格を足で踏みつけ、泥まみれにしてから投げ捨てた。
「君のような陰気な女が、王族の隣に立つ? 冗談はやめてくれ。魔術資格は最低でもA級はないとな、王家にとっては恥でしかない」
「あ、あの…」サラは絞り出すような声を出したが、視線は地面に縫い付けられたまま。自信のなさが、言葉を詰まらせる。「わ、私の治癒魔術は…」
「もう結構だ」ヴィンセントは心底うんざりした顔で手を振る。「君は今日から見捨てられた。大人しく辺境に送られるがいい。無駄に抵抗されても困るからな」
その言葉にサラの視界は揺れ、胸の奥に針のような痛みが突き刺さった。
追放の密談
同じ夜、王都のSランクギルド裏路地。
コウ・ブリッドは、最も信頼していた仲間の声を聞いてしまった。
「なあ、そろそろコウを追放しないか?」
勇者ガゼル。幼馴染でもあるはずの男の、吐き捨てるような声。
「そうだな。あいつの魔術はド派手だけど、詠唱が長すぎるし、燃費が悪すぎる。おかげで俺たちが何度雑魚戦を苦労したと思ってんだ?」
武闘家の親友だった男も、下卑た笑いを漏らす。
「正直、アイツがいなきゃもっと効率よく稼げる。あの無駄飯食らいの魔術師は切り捨てて、都合のいい治癒師でも入れたほうがマシだ」
彼らは、コウが血を流して繋いだ勝利を、まるで存在しなかったかのように語る。
その努力は「効率が悪い」の一言で切り捨てられた。
コウは冷徹なダウナー系の性格だったが、その時だけは、全身の血が凍り付くような衝撃を覚えた。裏切り。見捨てられた。それが、最も信頼していた仲間からの答えだった。
彼はその日、勇者パーティを追放された。