心に愛が咲く
はじめは、ただの友達だった。
笑って、遊んで、楽しんで。
彼といるときは、マイナスな感情を忘れられていた。
常に、幸せだった。
今、この瞬間までは……。
*
色鮮やかな、草木。私たちの元を抜ける、そよ風。
丘の上のベンチに、腰掛け、景色を眺める。
丘のすぐ下には、公園があり、小さな子たちが、ワイワイと遊んでいる。
「ね、清良」
「え? あ、どうしたの?」
「……やっぱり、萌音ちゃんのところ行こうよ」
「い、いや……。それは……」
「だって、清良も気になっているんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「今日の清良、なんか変だよ」
何を言っても、何をしても、気の抜けた返事。
萌音ちゃんと、雪夜くんが喧嘩してから、あの二人だけじゃなくて、清良もおかしい。
萌音ちゃんも、どうして喧嘩をしたのか、教えてくれないし。
清良も、何も言わないし、 その癖、隠そうともしない。
「なんなの! みんな、黙って、そんなに私の事どうでもいいの? 私の心配なんて、どうでもいいの!」
「い、いや……。違うの! 真琴、話聞いて!」
「……何」
「全部話すよ、何があったのか、何をしようとしたのか。全部」
私は、隠し事が嫌い。
自分だけ、除け者になったような感覚に、私に話したくない、話す必要がないと、思われているような気がするから。
みんなは、隠し事なんてしない。裏表のない、真っ直ぐで綺麗な人たちなんだ。そう思っていた。
でも、実際は違った。みんなも、私に隠し事をして、私だけ除け者にした。
どんな理由があるか、それは分からないけれど、私に隠し事をした、という事実だけが確かに、そこにあるんだ。
その事実は、ジワジワと、心を蝕んでいく。
「俺は、真琴のことが好きなんだ」
いきなり、そんな話をされるなんて、思ってもいなかった。
驚きこそあったけど、嬉しいなんていう感情は、無かった。
本当は、清良のことが好きなのに。
その気持ちに嘘なんてないのに、素直になれない。
「ごめん……」
「え?」
「清良の想いには、応えられないよ……」
苦しくて、辛くて、逃げるように駆けだした。
その足は、どこへ、向かうのか。それは、私には知らない。
向かう先もなく、その先にすすむ
***
俺は、一体何がしたかったのだろう。
真琴のことが好きで、勇気を出して、想いを伝えようと、雪夜や、萌音に協力してもらって、動き出した。
その結果、玉砕……。本当にダサいな。
一人じゃ、何もできないし、協力してもらった挙句、失敗。
みんなに、合わせる顔がない。
「はぁ……」
いつのまにか、灰色の雲が、空を覆っていた。
風も強くなり、気温も急に下がって来た。雨でも降りそうな、空模様。まるで、今の心情を現しているみたいだ。
身体が重い。一歩進むのも苦痛。
もう、何もかもを投げ捨てて、逃げ出したい。
「バカ清良」
聞きなれた、その声。抑揚が少なく、低い声。
俺の前にいたのは、萌音と、雪夜だった。
「フラれた?」
人の気持ちも考えないで、ノンデリ発言。
まぁ、それは今に始まったことじゃない。不快感なんて感じない。
「そうだよ……」
「んなわけあるか! 真琴ちゃん、泣いてたぞ?」
「は?」
「泣きながら、展望台の方に走ってったぞ」
「それがどうしたんだよ」
「だから、バカって言ってんの! どんな理由があっても、泣いてる子を放置すんな!」
「俺のせいで、泣いてんのに、俺が言ったら逆効果だろ」
「お前、恋愛だと、ほんと駄目だねぇ。俺達の事信頼して、行って来いよ」
「……分かったよ」
雪夜に、背中を押され、展望台に向かって駆けだした。
何が何だか、分からない。でも、こんな形で終わるのは嫌だった。
だって、真琴は泣いていたのだろう?
俺は、真琴を泣かせたくて、想いを伝えたわけじゃない。
「好き」というのは、自分のエゴ。
自分勝手な想いは、自分勝手な行動は、時に人を傷つける。
人を傷つけたなら、謝るのが、筋ってものだ。
まだ、話せていないことがある。
まだ、やり残したことがある。
これで、終わりなんて、俺は認めたくない!
天気は、いまだ曇り。真っ黒な雲の合間から、太陽が顔を出す。
風は、追い風。山の頂上に位置する、展望台は、物凄く近くに思えた。
***
「あれ、真琴じゃん」
雪夜くんが、声を掛けてきた。横には、萌音ちゃんの姿もあった。
「二人とも、仲直りしたの?」
手を繋いでる二人をみれば、そう聞く必要はないだろうが、どうしても気になった。
「うん、ごめんね、迷惑かけちゃって」
「いや、いいよ」
私も、これからきっとみんなに迷惑をかける。お互い様だ。
「それより、清良は? 一緒じゃないの?」
「……」
「これ、使いな」
差し出されたのは、ハンカチ
「詳しいことは、聞かないよ。でも、涙なんか流してたら、心配しちゃうよ」
その時、初めて気が付いた。私は泣いていたんだ。
私に泣く権利なんかないのに。
「……話聞いてほしいの」
「いいよ、あそこのベンチ行こうか」
雪夜くんは、この少しの間に、何があったのだろう。
元から、優しかった、でも、今の雪夜くんは、どこか違う。
気遣いも、配慮も、優しさも。今まで以上に、感じられる。
何かに焦っているような、そんな姿はもうなかった。
「で、話してくれるんだよね」
ベンチに腰掛けてすぐ、萌音ちゃんは問いを投げた。
私と清良に、何があったのか、全て話した。
好きと言われたこと。私も気持ちが変わることなく、まだ好きなはずなのに、逃げてしまったこと。清良に謝りたいと思っていることを。
「そっか~ 完全に俺達のせいだね」
「そうだね、真琴ちゃん、ごめん」
「俺も、迷惑をかけて、ごめんな」
二人は、頭を下げた。二人は悪くないのに、自分の為に、頭を下げていた。
「うん、ありがとう。……あのさ、二人にお願いがあってさ」
「何でも聞くよ」
「実は……」
「いいじゃん、協力するよ」
「そうだね、やろうか」
快く了承した、二人と別れ、私は、展望台に向かった。
展望台に向かう道は、荒れた砂利道に、ボロボロの木製の階段や、柵によって整備されている。
途中、神社の横を抜け、無数の鳥居を進み、本堂のある広間に出た。草木は、切りそろえられ、鳥居や、本堂は、汚れの一つもない。
広間の奥。広間を囲う木々の中に、一か所だけ、木々のない、抜け道のような場所があった。そこが、展望台への道。
この先に、行けば、もう引き返せない
私の本当の気持ちは……。
清良への、想いは……。
覚悟は、決まった。その一歩を、踏み出した。
*
「清良……」
展望台の中は、石造りで、熱がこもり、汗がジワジワと溢れてくる。ふぅと、息を吐き、呼吸を整える。
清良の姿が見えた。もう、展望台の元にまで来ていた。
もう、数分もすれば、全てが終わる。
外は、小雨が降っていて、遠くの景色は霧で隠れている。
カタ、カタ、カタ。
足音は次第に大きくなってきた。
足音に比例するように、緊張が走る。
張り詰められた空気を、清良の声が、壊した。
「真琴!」
清良いは、はぁはぁと、息を荒げ、両膝に手をついている。
もしかして、走ってきたの?ここまで?
「ごめん!」
私が口を開くよりも前に、清良は告げた。
「俺のせいで、真琴の事、傷つけた。俺のせいで、こんな事に……。俺のせいで、――」
「それは違うよ。悪いのは私。私が、逃げなければ、こうはならなかった」
さっきは、清良の好意を、素直に受け取れなかった。
それは、私一人、除け者にされたと感じていたから。
それは、私の早とちりだった。萌音ちゃんたちの話を聞いて、私は知った。清良も、私と、同じで、あの二人に協力をお願い指定いた。
その結果、二人は喧嘩をしたし、その喧嘩の内容なんて、言えるはずない。そうなれば、私が除け者にされているように感じるのは、当たり前の事。それなのに、私は……。
「萌音ちゃんと、雪夜くんから、全部聞いた」
「そっか」
「私も、本当は、清良の事、好きなの」
言葉が詰まり、何とか、言葉を出せても、次第に涙が流れてくる。
「なのに、私、清良に、酷い事言っちゃった!」
涙を止めようとしても、止まらない。
せっかく、メイクもして、綺麗にしたのに、メイクが崩れてしまう。
「何言ってんの、真琴が何言ったって、俺は平気だよ」
「でも……」
「なにが、あっても、俺は真琴のことが好きだよ」
その言葉、「好き」という言葉は、魔法だ。
どれだけ、苦しくて、辛くて、死にたいなんて、思っても、その言葉を聞けば、私の心は高揚し、嫌なことなんて吹っ飛んでしまう。
「私も……」
「なんか言った?」
「うん、私も大好きって、言ったの!」
ぎゅっっと、清良を抱き寄せる。温かく、筋肉で、ゴツゴツとしている。とっても大きく、心がポカポカする。
もう、放したくない。ずっと一緒に居たい。幸せの感情が、心の底から、そう思わせる。
「俺達、付き合おうよ」
「よろこんで」
友達という、関係が終わり、恋人という、新しい関係が、今この時から、始まった。
でも、何も変わることはない。私も、清良も、互いに互いのことが大好きだったんだから。
「……どうするよ」
私たちの後ろに、聞きなれた声が聞こえた。
コソコソと、私たちに聞こえないように、していたのだろうが、私には聞こえた。
「何してるの?萌音ちゃん、雪夜くん」
「「「え」」」
私以外の三人は、驚き、固まった。
「は? なんで、二人がいるの?」
「いや、これには、訳がありまして……」
「どんな訳が、あったんだ?」
普段は、二人に振り回される、清良だけど、今だけは清良が優勢だ。圧のある、笑顔を、向けている。
「お前ら、盗み聞きしてただろ?」
「「……」」
無言で、二人は見つめ合う。
そして、阿吽の呼吸で、その場から一目散に逃げだした。
「逃げやがった! 追うぞ! 真琴‼」
「うん!」
タッタッタと、軽やかな足音を奏でて、清良の横を走る。
最初、出会った時は、こんな関係になるなんて、思いもしなかった。けれど、時間の流れとともに、私たちは変わった。
徐々に、劇的な物なんて、なかったけれど。
今、私たちは、最高に幸せだ!
虹が架かった空は、澄み切っていて、山の木々は、風になびき、木陰を揺らす。
小雨によって、濡れた草木には、雫。光が反射して、キラキラと輝いている。
その光は、彼女達を包んだ。




