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枯れた種は 回生の芽を咲かす


 私たちの出会いは、きっと少女漫画なら、モブとモブ。

 どうでもいい、運命的でも、綺麗で美しいものでもない。 


 私たちは、小学生の時に出会った。『自然の青年団』で。

 私と清良は、その時に再会した。もともと、私たちは幼馴染で、小学校に入学するタイミングで、私が引っ越した事で、自然とかかわりは無くなってしまった。

 

 久しぶりの清良は、どこも変わってなかった。

 臆病もので、物静か。でも、その根っこはどこまでも優しく、

 人見知りの私に、また声を掛けてくれた。

 同年代の団員がいなかったから、私は清良とその仲を深めていった。

 

 そこから、一年後。新しい団員募集で雪夜と真琴ちゃんが入って来た。二人との出会いも最悪で、私は変わらず、人見知り。清良も変わらず、臆病者で、私を助けてくれることもなく、二人と何か、話をするだけだった。

 

 その日の活動の最後。真琴ちゃんが話しかけてきた。

 

「初めまして!」


「あ、えっと……」


「初めまして!」


 その時、清良が手を差し伸べてくれた。

 言葉に詰まる私を見て、視線を集めたのだ。


「清良君はさっきあいさつしたじゃん」


「あれ? そうだっけ、ごめんごめん」


 アハハと空気は、柔らかく。三人の笑いにつられて、私も笑みがこぼれる。


「じゃあ、次は萌音の番だね」


「あ、うん」


「萌音ちゃんってなまえなんだ! かわいい名前だね!」


 真琴ちゃんは、グイグイ来るけど、自然と言葉が出てきた。

 清良は、勇気を出して、私が話しやすい空気を作り出したのだ。


 臆病者の清良は、自分の持たれるイメージを大切にしている。

 嫌われたくない、一人になりたくない。そんな感情が自身の行動を縛っていたのだ。

 それなのに、私の為に勇気を出して、空気が変わることも、自分に向けられる目が変わることも、分かった上で。


 清良という存在が、ただの幼馴染から、大切な存在に変わった。

 彼の為に、私はなんだってする。そう決意した。


「私は、森谷真琴っていうの! これからよろしくね!」


「俺は、五十嵐雪夜。 よろしく」


 それから、私たち四人の日常が始まった。



「ね、二人に相談があってさ」


 日常が変わり始めたのは、一年前。私たちが高校二年の時だった。

 ファミレスの四人席で、ズズズと、ジュースを飲んで、清良は語りだした。


「俺、真琴のことが好きになったんだ」


 その時に、襲ってきたのは、応援したいという、気持ちと、選ばれなかったという悲しみ。

 清良と一緒にいる時間。その時間は私にとって特別な物になっていた。でも、清良に対する感情は昔から変わることはなかった。

 真琴ちゃんのことが好き。その言葉を聞いたとき。私は気づいたのだ。変わることのなかった、その感情は、恋だったんだと。


 恋を自覚し、失恋をする。

 その事実は、私の感情をグチャグチャにした。


 失恋しても、根っこの想いは変わらない。

 あの時から、私は、清良を応援したいという想いは、絶対に変わらない。


「清良は、私たちにどうしてほしいの?」


「俺が、真琴と付き合えるように、協力してほしい」


「分かった、私は協力するよ」


「そうだな。大切な友達の頼みだし、断るわけないじゃん」


「ありがとう!」


 私の心には、何か大きな影を残して、その日は解散となった。


 応援したい、でも、私自身の想いは一体どうなってしまうのか。

 複雑な感情に襲われて、ボロボロと何かが崩れてしまうようだった。


『萌音ちゃん、話聞いてほしいんだけど』


 それからしばらくの夜。スマホが震えた。

 真琴ちゃんからメッセージが飛んできていた。


 正直、悩んでいた。今の自分が真琴ちゃんと真剣に向き合えるのだろうか。そう思っていたから。

 友達が真剣に悩んでいるのに、私の私情で、適当な答えを出すことは許されない事だと思っていた。


『どうしたの?』


 それでも、話ぐらいなら聞いてみようと思った。

 どんな理由があったとしても、悩んでいるなら、聞いてあげるべきだ。その先のことは、その時決めればいい。

 

『私、清良のことが好きみたいなの』


 その時、私の心はもう限界を超えた。

 真琴ちゃんの話を聞くまでは、もしかしたら、清良が私に振り向いてくれるかもしれないと思っていた。

 でも、二人は、両片想い。いつか、二人は自然と結ばれてしまうのだろう。

 二人が結ばれないようにするには、どうすればいい。そう、一瞬思ってしまった。私の方が、清良と付き合いが長いのに、私の方が早く清良に想いを寄せていたはずなのにと……。


 その一瞬の思いが、ボロボロだった、私の心を完全に壊した。

 二人が結ばれるのが、二人にとって幸せな未来なのに、私はそれを望まなかった。

 それは、過去の自分を、清良を裏切ることになってしまうのだ。

 

 既読の付いた、真琴からのメッセージに返信されることはなかった。


***


 俺と、萌音の馴れ初めは、いいものとは言えないだろう。


 俺達は付き合い始めてから、まだ二か月ぐらいだ。

 萌音から、「付き合おう」と言われて、付き合った。


 最初、俺は萌音のことは友達だと思っていた。特別な感情も無く、ただ大人になっても切れることのない付き合いだろう。そう思うだけだった。


「雪夜、今から少しでいいから、会えないかな……」


 ある日の夕方、萌音に会いたいと誘われた。

 日もほぼ完全に沈みかけ、空は、水色の昼から紺色の夜に変わりつつあった。

 明日でもいい?なんて言いたかったが、萌音の電話越しの声が耳から離れない。


 泣いていた。鼻声で、ズビズビと、鼻をすする音も聞こえた。

 何があったかを、俺は知らない。

 でも、友達が泣いているのに、無視なんて、俺にはできない。


「待ち合わせは?」


「四宝はどう?」


「了解、着いたら、また連絡するわ」


「うん、ありがとう」


 俺達は、四宝というラーメン屋で合流した。その頃には、もう完全に、月が見え、星々もキラキラと輝いていた。


 ラーメン屋の前からは、食欲をそそる匂いが広がっている。

 ここのラーメンは、あんかけラーメンが、人気で俺も好きでよく食べている。


「……お待たせ」

 

 暗がりから、現れた彼女は、最低限のメイクこそしているが、耳や、鼻、頬に目元。そこら中が、赤く紅潮している。

 目が腫れるほど、泣き続け、俺にまで相談するなんて、本当に何があったのだろうか……。


「じゃあ、もう入る?」


「うん……」


 店の中に入った時、外にいるよりも、その香りを強く感じれた。

 鶏に、醤油、味噌……。

 席に案内されてすぐに、お冷とおしぼりが席に置かれた。


「……餃子、食う? 奢るよ」


「いいの?」


「ダメだったら、言わないよ」


「じゃあ、食べる……」


 新潟県民のほぼ八割は、悩んでいる時、苦しい時、辛い時、大体ラーメンを食えば何とかなるんだ。

 ラーメンは最高にうまいからな。


「すみませーん、注文いいですか?」


 注文から、暫く。餃子と、辛味噌ラーメン。それと醤油ラーメンが来た。割り箸を、パキッっと割り、麺を持ち上げる。

 

 ズルズル、ズズズ、音を立てて、麺を啜り、スープを飲む。

 次第に無くなっていく、ラーメン。

 俺も、萌音も、会話もなく。ただ食い続ける。


「……私さ、清良のことが好きなの」


 麺も具材もあらかた食べ終わって、スープもほぼ完飲。

 ほんの少しの、息つきの時間。

 唐突に、萌音が口を開いた。萌音の口元には、赤い辛味噌が付いていて、話を聞きながら、おしぼりを手渡した。


「それで、さっき、真琴ちゃんから、相談を受けたの……。真琴ちゃんも、清良が好きなんだって」


「そっか……」


「私、最低でさ? 二人が結ばれてほしくない!って思ったんだ……」


「それは、悪い事なの?」


「え?」


「萌音、前にさ、俺に話してくれたよね。自分は清良に恩を感じていて、清良の為なら、何でもしたいって」


「うん……」


「萌音は、清良と真琴ちゃんが結ばれることが幸せって思っているかもしれないけど、本当にそうかな」


「どういうこと?」


「二人は結ばれるのは、確かに幸せかもしれない。でも、萌音と付き合ったら、もっと幸せになるかもしれないでしょ?」


「そんなわけないよ……」


「どうしてそう、言えるの? 俺も萌音もこの先の事なんてわかんないんだし、絶対なんて言えない。だったら、ほんの少しの可能性でも信じてみない?」


「ほんの少しの可能性……」


「そう! 真琴ちゃんより、自分の方が幸せにできるかもしれないっていう可能性」


「フフッ……。ありがとう、優しいね、雪夜は」


「優しくなんてないよ、性格も悪いし、好き嫌いも激しいし、負けず嫌い。一言でいえば、最低な人間だよ」


「なら、私と一緒だ」


「そうだね、お互いに最低な人間だ」


「……ねぇ、雪夜」


「どうした?」


「私と、付き合えない?」


「その心は?」


「軽い女って、思われるかもしれないけど、今雪夜と話してて、不思議と君に、惹かれている自分がいたんだ……」


「へぇ」


「清良の事を、諦めたわけじゃない。でも、雪夜の事も、離したくない。そう思ったの……」


「……いいよ、付き合おうか」


「本当!?」


「でも、一つ、約束をしてほしい。俺と付き合うなら、清良と、真琴の意志を尊重してやってほしい」

 

「うん、分かった」


「本当に、いいの? 俺と付き合うってことは、清良と真琴の恋を応援するってことだよ?」


「大丈夫、雪夜といれば、きっとね」


「そっか、なら何にも言わないよ」


 お互いに、心の底から好きなんて言えなかった。友達以上、恋人未満の関係でしかなかった。

 萌音は、心の拠り所が欲しい。そんな一心だったかもしれない。

 でも、時間の流れが、清良と真琴ちゃん、二人を想う気持ちが、次第に、俺達を結ぶ感情に、影響を与えていった。


 好きという感情は、次第に大きく、やがて、本物に……。

 心の底から言える。俺は、萌音のことが、好きだ。



「萌音」


「……なに」


 深い緑色の木々に、黒墨色の木陰が落ちる。

 木漏れ日の柔らかい、暖色の光が、俺達を照らす。


 今まで、何度喧嘩したんだろう。

 些細な事でも、喧嘩して。取っ組み合いの本気の喧嘩もした。


 この喧嘩は、そのどれとも違う。

 どちらも、間違っていて、どちらも、正しい。

 正解のない答えを探して、その結果、生れた衝突。


 好きだから。愛し合っているからこそ、引けないんだ。

 ここで引いたら、約束を違えてしまう。


『清良と、真琴の恋を応援する』


 ここで引くことは、自分が応援する気がないと言っているようなものだ。だから、引けない。


「ごめん」


「は?」


「こうなったのは、俺のせいだ。俺がちゃんと話さなかったから」


「どういうこと」


「俺は、昨日の夜、清良に言われたんだ。今日、気持ちを伝えたいって……」


「……」

 

 萌音は、驚いたように。悲し気に、それでいて、嬉しそうな。

 複雑な表情をしていた。


「俺は、清良がそう言った以上、これ以上介入するのは邪魔になるかもって、思ったんだ……」


「……バーカ!」


 数歩先にいる、萌音は、振り返り、山に響くぐらいの大きな声で、叫んだ。

 前かがみになって、拳を握って、力の入った、顔は真っ赤になって。


「そういうことは、早く言え!」


 タッタッタ、音を立て、駆け寄ってくる。

 距離は徐々にゼロになっていく。俺達の距離が、一、二メートル程度になったとき、萌音は胸に飛び込んできた。


「もう、一緒になれないかと思ったじゃん!」


 声を荒げて、涙を流した。


「私も、酷いこと言って、ごめん! 雪夜と離れるなんて嫌だよ!」


 その言葉に、涙腺は緩んでしまった。

 堪えていた、涙が止まることなく、溢れてくる。


「ごめん、ごめんなぁ……」


 萌音にとって、俺は大切な存在になっていた。

 同じ気持ちだった。それが、一体どれだけうれしいことか、きっと、この気持ちは誰にも伝わらない。


「なら、あとは、二人が結ばれれば、ハッピーエンドだね」


「あぁ、そうだな」


 始まりは、おかしな関係。

 愛も、特別な感情も無い。でも、不思議なものだ。

 今、萌音という存在が居なければ、俺はきっとこんな幸せになる事なんてなかったのだから……。

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