風穏やかに 心は凪
私の好きな人は、カッコいい。それと同時にかわいらしさもある。
身長は、男子高校生の平均よりも低く。一六〇程度。
灰色のウルフに、耳につけられたピアス。
サブカル系のファッションは、身長も合わさり、格好良さよりも可愛らしさを出している。
本人も、その身長の低さは気にしていたし、それを誤魔化す為にサブカル系のファッションや、メイクを学び、中性的な容姿を目指していた。結果的に、それは彼にはまり、整形なんてしなくとも、その容姿はかなり向上した。
しかし、彼はそこで満足しなかった。
毎日、筋トレやランニング、勉強を欠かさず、常に上を目指す。
身体こそ、完成されているが、運動に関しては、才能がなかった。
何をしても、ミスばかり。
だけど、そんなところも好きなんだ。
彼の名前は、荒川清良。
運命的な出会いじゃなかったけれど、彼と過ごした時間は、私の心を、私の人生を大きく変えるのだ。
私は、森谷真琴。
清良のことが好きな少女だ。
*
今日は、私が所属している「自然の青年団」の活動の日だ。
朝から、友達の萌音ちゃんと、カフェで一緒に朝ごはんを食べて、川に来て、みんなで遊んで、時間はもう昼。
川で遊ぶ時間の最後、みんなで、BBQをしていた。
「真琴、これ食べな」
川辺に乱雑に転がる大岩に、適当に腰掛ける。
そこから見える景色が好きだから。
薄ら青い、透明な水面に、真上から照らす日。
木の葉の、緑に、またそこに反射する、光。
キラキラと、ピカピカと。輝く、光。
深い青の空に、白い積乱雲。
ここを吹き抜ける風が心地よい
自然の青年団の活動に参加するようになってから、毎年訪れる、この川。
この川の、この場所は、私の特等席だ。
それは、私だけでなく、清良にとっても同じことだ。
清良も、私の横に座り、串に刺さった肉を喰らう。
清良は、大きな皿に一人では食べきれない量の肉や野菜を盛っている。きっと、私の分も持ってきてくれたのだろう。
そういう、優しいところに私は惹かれたんだ。
「ありがとう。でも、どうして、野菜が少ないの?」
皿に盛られているのは、肉! 肉! 肉‼
野菜なんて、端に添え物程度のカボチャに、玉ねぎ。それとピーマン。野菜の数は、本当に指で数える程度だ。
「……肉おいしいから」
「野菜もちゃんと食べなさい!」
「……はい」
清良は、しぶしぶ野菜を食べていたが、もともと野菜嫌いだ。
渋い顔をして、涙目になって、必死に野菜を飲み込んでいた。
「味の付いていない野菜っておいしくなくね?」
「そう?私は好きだよ」
「マヨネーズとか、ドレッシングとか、そういうのがかかっていたらいいんだけどさ」
「なるほどねぇ」
肉や、野菜をあらかた食べ、他のみんなも〆の準備をしている。
「向こう行こ、清良」
「うん」
岩から、降りようとしたとき、私は、岩から滑ってしまった。
視界は、空に。反射的に、手を伸ばす。
「あぶねっ!」
清良は、その手を取り、その身に引き寄せる。
それでも、バランスが悪く私と一緒に川に落ちた。
ザブンと、大きな音を立て水面の奥へ。
光と泡。それが視界一杯、広がる。
外からの音も聞こえない、不気味な空間。
光こそ見えるが、底は見えないほど真っ暗。
恐怖を感じる水中で、唯一安心感を感じさせる、清良という存在。
彼が私を抱えるその腕は、冷たい水とは真逆に、とても暖かく、力強かった。私は自然と彼にその身を委ねていた。
二人で、ぷはっっと、水面に上がり、水しぶきを上げる。
あたりを見渡すと、萌音ちゃんと雪夜くんが、心配そうに駆け寄っている。
「すげぇ、水音聞こえたから、来てみれば何してんのよお二人さん」
雪夜くんの言うことがいまいちわからず、もう一度周りを見渡す。
灯台下暗しとは、このことだろう。
周りの事ばかり見ていて、自分の状況を見れていなかった。
私は、清良に抱き着いていた。
心臓の音が聞こえるぐらい、顔も、胸も、足も。
そのすべてがゼロ距離だった。
清良の顔は真っ赤になっている。
「ごめん!」
私はとっさに清良と距離を取り、恥ずかしい空気が流れる。
「ね! マシュマロ食べに行こうよ!」
萌音ちゃんのお陰でその場は、何とかなった。
……筋肉質で、ゴツゴツとしたあの体と温かい体。
その感覚が、私の頭から離れることはなかった。
*
「この後の日程、なんだっけ」
キャンプ場に向かうバスの中、萌音ちゃんが、そう呟く。
「17時まで、自由時間。その後夜ご飯の準備だね、その後は20時まで、自由時間」
「そっか、なら、16時半に、私たちの部屋に来てよ、二人とも」
「「えっ⁉」」
私と、清良は全く同じ表情で、全く同じ反応をした。
「楽しみにしててねぇ~」
バスは、特に問題もなく目的地に到着した。
丸太で作られた、ログハウス風の建物。
その横には、サッカーコート2面ほどのキャンプサイト。
青年団で何度も訪れた、懐かしい場所だ。
「じゃあ、時間まで、館内で自由時間。時間になったら、広間に集合だ~」
そうして、自由時間になり、各自部屋に戻った。
男子は、人数が少ないため、全員同じ大部屋。
女子は人数が多いから、二部屋に分かれた。
私と、萌音ちゃんは、偶然同じ部屋になっていた。
「さっき、清良達部屋に呼んでたけど、何するの?」
「ん~? いや、自由時間することないからさ?」
萌音ちゃんは、鞄の中から、トランプとゲーム機を取り出し、自慢げに見せてきた。
萌音ちゃんは、根っこからの勝負好き。ゲームでも、部活の試合でも、勝つか負けるかのハラハラ感が好きらしい。
「萌音ちゃんのことだしなんか罰ゲームもあるんでしょ?」
「もちろん!」
萌音ちゃんとも、もう六年ぐらいの付き合いか。
小学校の頃、青年団が出会いのきっかけ。
あの時から、萌音ちゃんも、雪夜くんも、もちろん清良も。
皆、変化している。
今でも、みんなと出会ったあの日の事を思い出す。
きっと、大人になってお互いお酒を飲むような時も、あの日のことを思い出し、笑うだろう。
「なに、ニヤニヤしているの?」
「いや、あの日の事思い出しててね」
「あの日……。あぁ、真琴が、青年団に入った日のこと?」
「うん。そう」
「懐かしいね、今思い出しても笑える」
ケラケラと、萌音ちゃんは笑い、私もつられて笑う。
「言われた通り、来てやったぞ」
その時、部屋のノックする音が聞こえ、清良と雪夜くんが部屋に入って来た。
「お、来たね」
萌音ちゃんは、楽しそうに笑い。みんなで、ゲームを楽しんだ。
*
トントントン ザクッザクッ
切れ味の悪い包丁で、いくつかの野菜を叩き切る。
肉は、切る必要のない、こま切れ肉。
食材の下ごしらえを終えたら、キャンプサイトに向かう。
向こうには、清良が火を起こし、待っていてくれていた。
「ん、来たのか」
その火の元には、黒く大きい、筒状のもの。
「もう、米炊いてるの?」
「おう、飯盒炊飯は時間がかかるからな」
「なるほど、じゃ、私の方も始めるよ」
青年団での、食事は基本的に班ごとに協力し作る。
今回は、私と、清良、そのほか八人で、作ることになっている。
その間、他の人たちは自由時間。
その代わり、明日の朝ご飯は今暇なみんなで作ることになる。
「なぁ……。真琴」
火を一人、眺め、その場に座り込む、清良はそう切り出した。
「あのさ、俺……」
「真琴ちゃん! 手伝ってください」
タイミング悪く、後輩の子に呼ばれてしまった……。
清良は、行ってきなと、優しく促す。
その顔は、どこか悲しそうで、寂しそうで、哀愁があった。
そんな顔を見てしまったら、勘違いしてしまいそうだ。
この想いは、きっと叶わないものだ。
でも、私もこの想いを打ち明けたいと、そう思っている。
この先、後悔しないように……。
*
ちょっぴり硬い、おこげの付いた、ご飯に、
ピリ辛だけど、すりおろした林檎の甘味が感じられる、ゴロゴロと大きな野菜の入ったカレー。
満点とは言えない、けれど、決して不味くもない、可も不可もない、普通のカレー。それを大きく口を開いて、頬張る清良。
口の端には、カレーをくっつけている。
ガツガツとそれを頬張っているが、皿には、米粒一つも残っていない。清良の丁寧さがそこから読み取れる。
「そんなにおいしいの?」
「みんなで食うカレーは最高だよ!」
ニシシと、笑って空気を和ませる清良。
そんな、笑顔すらも心が引かれてしまう。
「真琴ちゃんも、清良みたいになっているよ」
萌音ちゃんは、クスクスと面白そうに笑う。
けれど、そんな笑い声に一切の悪意など感じられず、ただ単純に面白がっているのだろう。私は、その笑いの意図を知るため、萌音ちゃんが指さした所に触れる。
指に何か、温かいものが触れた。
それはカレーだった。私は、清良と同じように、口の端にカレーをつけてしまっていた。
「前から思ってたけど、二人ってよく似ているよね」
「……えっ⁉」
雪夜くんの予想外の言葉に、咽る。
ゴホッゴホッっと咳をする。
大丈夫?と萌音ちゃんは、背中をさするが、
「今、攻めちゃおうよ」
なんて、囁いてくる。
萌音ちゃんは、私が清良のことが好きだということを知っている。
だからこそ、協力してくれるし、応援もしてくれる。
ただ、そこに往来の性格が合わさり、時々悪戯をしてくる。
それ自体は嫌いじゃないが、時々やり過ぎだと思ってしまうこともある。
今回もその一例だ。
私は清良が好き、でも、私の好きは、曖昧なのだ。
いつも一緒にいて、その長い時間の中で、いつの間にか好きになったのだ。好きに理由がない、だから自信をもって好きなんて言えない。
「真琴は、かわいいね」
突如、清良がそんな事言ってきた。
何がかわいいのか、どうしてこのタイミングなのか、全く分からないが、その言葉に、心が大きく、ドクンと跳ねた。
顔は、真っ赤な口紅のように紅潮してしまう。
耳の先まで、熱を感じる。
「きゅ、急にどうしたのさ」
「あっ……そのえ~っ」
清良も顔を真っ赤に、恥ずかしそうに、顔を逸らす。
「な~んか、俺達よりいちゃついてない?」
「たしかにぃ。私たちもする?」
「しないよ、恥ずかしいし」
「もう! 二人ともからかわないで!」
二人のお陰で、この空気は少し、和やかになった気がする。
なんだかんだ、この二人には感謝しないとな……。




