恋は清流のように激しく
夏。蝉が鳴き、陽炎が揺らぎ、額に汗が滴る。
高校は夏休みに入り、毎日を忙しく過ごす。
八月に入ってすぐ、青年団の活動があり、俺は、集合場所に一番で訪れていた。
「よ、清良」
二番乗りは、雪夜。
肌を小麦色に焦がし、髪を染め、短髪のツーブロックに、左耳に空いたピアス。高校生というより、チャラ男。
夏休みだからと羽目を外し、調子に乗った男の姿になっている。
「うい。毎日楽しそうだな」
「おかげさまで、そっちは?」
「とりあえず、今のところ課題しかやってないさ。でも、あとは遊ぶだけ」
「課題終わったってこと?」
「正解」
「見せてよ」
「やなこった」
「ちぇ」
最後に会ってから1週間程度。俺達の関係は変わることなく、しょうもない話で盛り上がる。
十分もすれば、真琴と、萌音。二人がアイスを片手にやって来た。
「お、二人とも先に来てるじゃん」
「お前らが最後だよ」
「え、マジで」
「マジ。さっさと挨拶して来いよ」
「そうだね、行ってくるよ」
その後、挨拶やスケジュールの確認を済ませ、バスに乗り込んだ。
バスは、最後列五人掛けの席に、俺、雪夜、真琴と萌音の四人で、座り。いつものように話していた。
「真琴は今日の為に水着を新しく買ったんだよね」
「ちょっ⁉ 萌音ちゃん⁉」
「へぇ……。それは楽しみだね」
「あんたは、私ので満足でしょ? 雪夜」
雪夜と、萌音は恋人の関係だ。
もともと、二人の仲は良かったが、少し前に利害の一致?とやらで、付き合い始めたという。
「いやいや、かわいい子は何人いようと嬉しいものさ」
「は?」
萌音は、普段は小悪魔のように笑い、ぶりっ子のように自分をかわいく映す。ただ、今の萌音は、小悪魔じゃなくて、魔王だ。
圧倒的な圧で、関係のない俺や、他のメンバーまで、ビビり震えあがっている。
「男は、みんなそういうものだよ、なぁ? 清良」
「お、俺に振るな……」
雪夜に向けられた、圧は今度、俺に向けられる。
「でも、そうだろ? 実際、お前だってイケメンは目で負っちゃうだろ?」
「それは、まぁ……」
雪夜のナイスアシストによって、事なきを得た。
と言っても、もともとは、こいつの責任だが。
「そろそろつくから、準備しとけ」
バスの旅も、四,五分もすれば終わりをつげ。
今日の第一の目的地に到着した。
*
目的地は、五泉市の山の麓。川の中流の、キャンプ場に来ていた。
キャンプ場には、大きなトラック。その荷台にはカヌーの道具が積まれていた。
今日の活動のメインイベント。それはカヌーだ。
毎年、夏の活動は、この場所で、カヌーをしている。
透明度の高い、澄み切った河川。
この暑さに負けない、冷たい水。
虫も意外に、ここには少なく快適。
子供の水遊びには最適な場所だ。
「みんな、更衣場はあっちだから行くよ」
萌音の指示で、女子はみんな更衣場に向かう。
俺達男子は、バスの中で着替える。
ま、着替えるなんて言っているけど、もうすでに下に海パンを履いているものがほとんど。上着を脱げばもう終わり。
女子が着替え終わるまでの、少しの間。
先に川でふざけ合う。
水に顔を突っ込めば、魚の姿が。
浅瀬に向かってくる魚を、片手で掴み、掲げる。
「魚がいるわ、ここ」
「ほんとじゃん!」
雪夜も魚を探し、俺と同じように片手で掴む。
「魚を手掴みとか、ガキかな?」
後ろに立っていたのは、水着姿の真琴と萌音。
レモンと、ハイビスカス柄のビキニと、腰に巻いたパレオ。
オレンジ色の髪を、編み込み、ハーフアップにしている。
普段はあまり主張しない胸も、モデルのようなくびれと脚線美。
いつもの天真爛漫な姿からは想像できない、年頃の美人。
という、イメージを持つ。
逆に、萌音の方は、白と黒のスポーティービキニに、白いオーバーサイズの体系カバー。
高い位置で、巻いてまとめたポニーテール。
かわいさを持ちつつ、それでいて、いつもの大人なイメージを崩さない。
こちらは、足以外の露出を控え、そのスタイルこそ見ることはできないが、それでも、かなり綺麗な体をしていることがなんとなく見て分かる。
この青年団は、高校生は俺達四人だけ、それ以外の子は、みんな学校指定の水着、中学生のやつらは、スク水が恥ずかしいのか、上に軽く羽織り、誤魔化している。
「どうよ、私かわいいと思わない?」
萌音は、雪夜ではなく、俺の方にそう聞いてきた。
確かにかわいいとは思うし、実際かわいいと零れそうにもなった。
でも、俺がそう簡単に、かわいいなんて言えるわけがないだろ……。
考えられるパターンはこう、
萌音と、真琴。両方にかわいいと言うと、お世辞だと思われる。
かと言って、萌音に何も言わず、真琴だけに言えば、最悪、真琴からの好意が下がる可能性がある。
どうすればいいんだ⁉ 東大入試より難しい問題が今、俺を襲う。
「……かわいい」
雪夜のボソッとこぼしたその声に、俺と萌音の意識が引っ張られる。
「へぇ……。可愛いとこあるじゃん。雪夜」
萌音は標的を変え、雪夜に襲い掛かる。
計画的か、はたまた偶然か、雪夜のアシストのお陰で、俺の目の前の問題は消え去った。
なら、俺がすることは一つ。
「水着、かわいいね。 真琴。……萌音のせいで無理矢理言わされている感じするけど、本心だからね?」
「⁉ ……あ、ありがと」
驚き、俺にギリギリで聞こえるほどの小さい声でそう呟いた。
真琴は顔を、耳まで真っ赤に。オレンジ色の髪を掴み、必死に顔を隠そうとする。
心臓はドキドキと高鳴り、ときめく。互いに、顔を真っ赤にして、時が止まったように動けなくなっていた。
「よし、全員そろったな。 じゃあ、今からカヌーの基礎教えるから、適当に三チームに分かれてもらうか」
「じゃあ、いつものように、俺達はジャン負けでチーム分けかな」
俺達高校生組は、小学生と中学生たちの面倒を見る役割もある。
だから、いつもどのチームにも、高校生組の誰かが一人でも入るように、している。
そして、今回のじゃんけんの結果は、俺と真琴がじゃんけんで勝って同じチーム。そのほかのチームに、萌音と雪夜が、入ると言った感じだ。
俺と真琴は、まず、カヌーの乗り方を教えてもらうことになった。
「じゃあ、まず、カヌーが転覆した時の対処法を教えます」
俺達が青年団に入った時から、指導者として活動に参加している、安藤さん。彼は俺にカヌーに乗れと言って、その通りにカヌーに乗り込むと、足がギリギリつくかつかないかほどの、場所に運ばれ、いきなり、カヌーをひっくり返された。
目の前の景色は、新緑に広がるものから、淡い青。
清流の中に広がるのは、キラキラと輝く、日の反射。
木の葉に、小さな魚。水の流れすらも、その目に映る。
冷たい水が体をつつく。
その中に見えたのは、日の光とは別の光。
真っ白い、不思議な、温かい、引き込まれてしまいそうな光。
その光に手を伸ばし、全身が光に包まれる。
光の中。現れたのは、真琴。
顔も見えない。その姿もぼやけて曖昧。何か言葉を発することもない、でも、確実に真琴だと言える。
真琴の姿は、鮮明に、この目に焼き付いた。
その光は、一瞬で消え、また青い世界が広がった。
……とりあえず、カヌー直すか。
水面から顔を出し、肩を使ってひっくり返ったカヌーを元に戻す。
その後、カヌーを持って、川岸まで泳ぐ。
そこには、本物の真琴が。アハハと、ひっくり返された俺を見て笑う。俺も、少し恥ずかしくてアハハと笑う。
「一年ぶりなのに、よく覚えていたな」
「去年、どこかの、五十嵐さんに死ぬほど、転覆させられましたからね。体にしみこんでいますよ」
その後、三十分程度の指導を終え、俺達は自由時間になった。
「あれ、真琴たちは、もうカヌー乗らないの?」
「私たちは別の楽しみがあるからね」
岸にカヌーを置いて、真琴と、萌音は、ビーチボールを膨らませていた。
「せっかくなら、勝負しようよ」
「へぇ、いいよ」
「雪夜! あんたも来いよ」
「負けたら、勝った人の命令聞くならやる」
「あり」
萌音は、雪夜の提案に、気分が上がったのか、二人は握手を交わし、本気でやる気だ。
となれば、こっちは真琴と組むことになるのだろうな。
真琴と組めば、負ける心配はないだろう。
運動神経も高いし、センスもある。
俺が下手に足を引っ張らなければの話だが……。
そうして、俺達の本気の勝負が始まった。
*
十点先取のビーチボール。
勝負は意外にも均衡していた。
理由は主に、二つ。
一つ目は、萌音がバレーボール部であるという事。
運動嫌いの萌音は、その技術で何とか食らいついているのだ。
二つ目は、俺のミスの多さだ。
一言でいえば、 俺が居なければ、多分もう勝負はついている。
俺が、サーブを取れば、球は魔球に変わり、謎めいた方向に吹き飛ぶ。スパイクを打てば、打点が合わず、ヘナヘナの球が飛ぶ。レシーブをしようと、動けば、真琴と衝突。
暫くの接戦の後、向こうのマッチポイント。
ここで、負けたら、この後こいつらに何言われるか分かったもんじゃない。絶対にここは負けられない。
「絶対に負けるかぁ!」
いつの間にか、小中学生や、遊びに来ていた、子供たちも、俺達の勝負に夢中になっている。
「悪いけど、親友の為にも負けられないんだ」
雪夜は、ビーチボールを、空高く投げ、助走を始める。
そのモーションは、ジャンプサーブと、同じものだ。
バンッと、大きな音とともに、飛んでくるのは、超高速のサーブ。
それが、襲い掛かるのは俺と真琴のちょうど、ど真ん中
俺の方が、コンマ一秒早く、ボールの正面に立った。
でも、慣性のかかった俺の体は、止まり切れず、目の前の真琴とぶつかった。
「真琴!」
真琴は、何とか上がったボールを、スパイクで、相手コートに叩き込んだ。
「あぶっ!」
低姿勢で、ギリギリ。それでも、何とか雪夜は球を上げる。
ただ、上がった球は、萌音の頭上。
「これで、終わり!」
打ち付けられた、球は、俺の真横を通り抜けた。
結局、俺と真琴は負けてしまった。
「ごめーん! 俺のせいだ!」
真琴に手を合わせ、謝罪をする。
真琴は、ううん。大丈夫と、俯き、答える。
「真琴、疲れちゃった?」
真琴の顔を覗くと、真琴は、顔を真っ赤にし、俺と目が合った時、顔を大きく逸らした。
「さてと、敗者には、何をしてもらおうか」
忘れていた。負けた方は、勝った方の願いを一つ聞く。
負けないようにと、やり合っていたが、途中からそんなこと忘れていた。
「じゃあ、そうだな……」
「今日の夜のキャンプ、ご飯二人で作ってよ」
「それだけ?」
「それだけ」
「よかった~。もっとやばい事言われるのかと」
こいつらは、手を組むと本当に凶悪だ。
俺も真琴もこいつらの餌食に何度なったことか。
「ラッキーだったな、真琴!」
「変態……」
え?と困惑する俺を置いて、真琴は歩いて行った。
「本当の狙いは、別にあるんですけどね~」
萌音は、そう笑い、どこかへ消えてしまった。




