第8話 バーサスな2人① (七瀬勝視点)
俺が美緒の存在に気づいたのは、藤見との会話が一段落してからだった。
……きっ気まずい。
背後から氷点下の視線が刺さってくる。あれは……美緒だ。目が完全に「お前、見たぞ」モードである。
「おーい、2-Cのクラスルーム、始めるぞー!」
タイミングよく、クラス担任らしき若い女性教師がやってきた。
「私は2年C組の担任、宮瀬絵里。教科は現代文。ま、よろしくってことで」
彼女は黒板に、自分の名前を筆文字でドンと書いた。うまっ! しかも妙にキラキラして見える。
「じゃーね。今から出席取りつつ、自己紹介もやっちゃおうか。趣味とか言ってくれると仲良くなれるかもよ〜?」
宮瀬先生はニヤリと笑いながら、こちらを一瞥。親しみやすいタイプの先生……いや、ちょっとクセ強そうな予感もする。
「浅香里奈!」
「はいっ! 浅井里奈です。趣味はカフェ巡りです♪ よろしくお願いしまーす!」
パチパチパチ……と拍手が起こる。なんか和やかムード。
順番に自己紹介が進んでいき、ついに俺の番がやってきた。
「七瀬勝……」
「は、はい……。えっと、俺は……2回目の2年生です。な、仲良くしてください……」
静寂。拍手、若干の時差あり。わかる。扱いづらいやつが来た感、出てる。
「七瀬とは仲良くしてあげてねー。そして、七瀬、あとで職員室に来い」
「え?」
有無を言わせぬ宮瀬先生。怖い。けどちょっと気になる。
「センパイ……じゃなくて勝、なにかやらかしたんすか?」
藤見がニヤつきながら、めっちゃ楽しそうだ。
「いや、やらかしてねぇし。ほら、他の自己紹介ちゃんと聞け」
俺が促すと、藤見は「ちぇ〜」と言いながら前を向いた。
クラス36人分の紹介が終わり、先生は学級簿をパタパタさせて去っていった。
「はいはい、今日は終わり! 明日から本番だから、遅刻すんなよー!」
さて、ここから自由時間。
「宮瀬先生、かわいくない?」
「うんうん、タイプかも〜」
「部活どーする?」
「今日サボりでしょ〜」
教室は、途端に放課後テンション。
「勝〜♪」
「なんだよ、うっとおしい」
またしても、恋人風に絡んでくる藤見。髪の毛クルクルしながら、近距離でこっちを見てくる。
「勝の復帰祝い、カラオケで開催しま〜す☆」
「行かねーぞ」
「即答かよぉ!」
藤見は机にズデーン。すぐ立ち直って、俺を見つめる。
「ねえ、男バレは?」
「休み」
「じゃあ問題なし! ほら、美緒ちゃんも一緒に……ね?」
「ふぇ!? あ、う、うんっ!?」
美緒が跳ねた。挙動が完全に『バレたら終わりの監視者』モード。
「美緒ちゃんも勝の復帰祝い、したいよね〜?」
藤見は美緒の肩に手を回して、急接近。美緒、完全フリーズ。
「おい、藤見。美緒が……引いてるぞ」
「え〜? でも仲良くなれそうな気がするんだよねー」
もはや既成事実を作る勢い。
「えっと、私は……」
美緒は迷いながらも、なんとか口を開いた。
「……したくないわけじゃ、ないけど……」
「よしっ! 二対一でカラオケ決定〜!!」
「ちょ、おい! いつの間に民主主義!?」
「しかも多数決っ!」
俺の抗議も空しく、空気はすでに『開催確定』モード。
「あ、そうそう。勝くん、宮瀬先生が職員室で待ってるってよ? 早くいってらっしゃ〜い」
藤見はバイバイモーション。美緒も、ぎこちなく手を振ってくる。おい、それ絶対、迎撃体制だろ。
「……ったく、しょうがねぇな」
俺はひとこと吐き捨てて、職員室に向かっていった。