第7話 あざとい美人マネと勝にぃと私(福井美緒)
私と由依さんは、新たな戦場――もとい教室、2-Cに向かっていた。
「いい? 美緒? あんた、絶対に自分から七瀬さんに絡みに行っちゃダメだからね? 今のあんた、咲さんと七瀬さんの関係が気になって気になって仕方ないでしょ?」
「うっ……うん。気になって気になって仕方ない……」
小柄な由依は、まるで階段がエスカレーターか何かのように軽やかに駆け上がる。
「そういうときって、問題の根っこって解決してないじゃん?」
階段の途中で振り返って、由依が冷静に言った。
「……そうだよね。ちゃんと謝りたい。でも……勝にぃの気持ちも、知りたい……です」
「なら、私が七瀬さんの外堀をガッチリ埋めてやる!」
心強い一言――だったのに。
「悪いよ、そんな……私のことで巻き込むのは」
「なに言ってんの、美緒。いいから大船に乗ったつもりでいなさいよ!」
由依は胸をドンと叩くと、右手に掲げたブサカワキーホルダーを見つめる私の不安を軽々と吹き飛ばした。
そして――ついに、2-Cのクラスが見えてきた。
教室のガヤガヤの中から、聞き覚えのある声が漏れてくる。勝にぃの声だ。誰と話してるんだろう……?
黒板に貼られた座席表を確認して、私は絶望する。
「勝にぃの……斜め右後ろ……!」
くじ運は悪くない。だが、今回ばかりは運が良すぎるのが問題だった。
由依はやれやれといった顔で言う。
「まぁ、強敵二人目登場ってことで、がんばれ?」
そう言って由依が指さした先には、小柄で華奢な女の子が立っていた。
藤見杏花――去年見かけたことのある女子。男子からの人気はすさまじく、男子バレー部のマネージャーでもある。
「……あの子は強いね。美緒にはちょっと荷が重いかも?」
「ちょっと!さっき“大船に乗ったつもりで”とか言ってたくせに!?」
「想定外だわ。ってことで、あんた、早めにさっきの一件、カタつけときなさいよ?」
そう言い残して、由依は自分の席へ逃走した。
(やってくれるな、相棒……)
意を決して、私はカバンのブサカワキーホルダーを握りしめ、勝にぃの席へ向かう。
だがそこで見たのは、思いもよらぬ光景だった。
勝にぃが、少し泣きかけている藤見さんの頭を、優しく撫でていた。
(は……??)
何が起きてるのかわからず、固まる私。しかも2人は完全に“世界”に入っている。
由依に目配せしても、彼女は首をかしげてるばかり。
しょうがなく、私は藤見さんの真後ろの席に座る。
――が。
勝にぃは、相変わらず美人マネだけを見つめている。
(……え、何これ?完全に部外者なんだけど……)
しかも、2人のやりとりは続く。
⸻
「そんなことより、藤見」
「なんですか? 先パイ」
涙目の藤見。勝にぃ、いったい何したんだ。
「その“先パイ”呼び、どうにかならないか?」
「え? 先パイは先輩でしょ?」
「俺、もうお前と同級生だろ?呼び方、変えろよ」
藤見さんは、わざとらしく顎に指を当て、ニヤリ。
私の存在に気づいたのか、小悪魔スマイルを投下してきた。
「それじゃあ、“勝”って呼びます!」
(ドクン)
私の心がイヤな音を立てて跳ねる。
「えっ。お前、本気か?」
「おー本気です」
……おい。
それ、美緒のセリフパクリじゃん!しかも使い方、完璧!
「もしかして……さっきの私との会話、聞いてた?」
「あんな公衆の面前で痴話喧嘩してたら、聞こえますって。美緒さんがOKなら、私もOKですよね?」
(ち、痴話喧嘩!?)
「……ああ、慣れないが、いいぞ」
(いいんかい!!!)
もはや私は、ツッコミという名の感情しかなかった。
しかもその後、藤見は、勝にぃの手をとった。
(この、策士ッ……!)
藤見杏花――恐るべし。
勝にぃとの距離、ゼロ距離突破である。