第6話 なぜか隣に地雷系マネージャー(七瀬勝視点)
俺はまだ、さっきの一件で軽く胸焼けしてた。
……美緒、なんであんなに怒ってたんだ?
そんなことを考えていると、教室がにわかに騒がしくなってきた。
2ーCの教室に足を踏み入れ、座席表を確認した瞬間——
「げっ……最悪だ」
奴がいる。
俺の人生における最強の天敵が、
まさかの隣席。
存在感ゼロ作戦、発動。
でも……遅かった。
隣の席がざわつき始める。
「おーい!センパ〜イ!おひっさー!病院ぶりですね〜!」
机に突っ伏して”寝てますモード”だった俺の肩を、容赦なく揺すってくる。
狸寝入り中だ。話しかけんな。
「え〜?センパイ?それって無視ってことですか?そういうの、いかがなものかと〜?」
ちょっと静かになったと思ったら——
「甲斐甲斐しく病院でお世話してあげたのに……シクシク。そういえば、あの時先輩はわたしのことを……いや〜ん♡」
なぜか、教室がシン……となる。
おい、みんな!? なぜ黙る!?
まさか、俺がそういうヤツに見えてんのか!?
やばい、誤解が拡散される前に対処しないと——
「おい、藤見。悪ふざけはやめろ!」
俺は勢いよく立ち上がった。……盛大に目立った。
「な〜んだ。やっぱり起きてたんですね〜、センパ〜イ。ひどいですぅ〜」
ジト目で見上げてくるのは、藤見杏花。男子バレー部の名物マネで、小悪魔界の新星だ。
「同じクラスですね?センパイ♪」
「ああ、そうだな」
「しかも〜、隣の席♡」
「ああ……それもそうだな」
くっ、つい相槌を……危ない!こいつのペースに乗るところだった!
「引っかからなかったか〜。ちぇっ、センパイも鈍くなりましたね?」
「お前な……俺をおもちゃにして楽しいか?」
「えー?高校生活の楽しみのひとつですけど?センパイも、美人マネに話しかけられて悪い気はしないでしょ?」
ニヤニヤしながら挑発してくる。
たしかに藤見は男子の間では人気だ。
文化祭のミスコンで3位とかいう謎の実績があるし。
……俺はその評価、全力で異議申し立てしたいが。
「まあ、お前がいてくれて助かったよ」
このクラス、男子バレー部の奴ら誰もいないしな。話し相手としては、まだマシだ。
「えっ、否定しないんですか?きっも〜。熱あるんじゃないですか?病院行きます?」
おでこをペタリ。おい、やめろ。
「藤見、ふざけんなよ」
「冗談ですよ〜、センパイ。でも、センパイが復帰してくれれば男バレも安泰ですし?」
……ああ、そこ突っ込んでくるか。
「……悪いな。バレー部、もう戻る気ないんだ」
「えっ!? なんでですか!?」
目をまんまるにして、藤見が俺を見つめてくる。
「医者にはもう平気だって言われてる。でもな……1年もやってないやつが、今さら戻るとか、ないだろ」
「そんなの、気にすることですか!?みんな七瀬センパイが戻るの、ずーっと待ってるんですよ?」
「……でもな。俺が許せないんだ」
「意味わかんないっスよ!」
ドンッと肩を揺さぶられる。
「センパイがいない男バレなんて、私が応援する意味ないんです!なんでわかんないんですか!?」
教室の空気が再びピタリと止まる。
小悪魔が、感情むき出しで叫んでるから。
「悪い、本当に……無理なんだよ、もう」
その言葉に、藤見の右手が俺の頬に飛んだ。
パシィン!!
「いてっ……」
我に返った藤見が、顔を青ざめさせる。
「ご、ごめんなさい、センパイ……。そんなつもりじゃ……!」
彼女の手が小刻みに震えていた。感情の波に飲まれて、自分でも思ってもみなかった行動だったのだろう。
「いや、俺も悪かった。ごめんな」
頬にまだじんわりとした痛みが残っている。でも、それ以上に胸の奥がチクリと痛んだ。
こんなふうに藤見を追い詰めるつもりじゃなかったのに——。
まさかとは思うが、平手打ちで済むならそれでいい気すらしてた。
「藤見みたいなチーム思いがいて、男バレは幸せもんだよ」
「ち、違います……わたしは、センパイの……」
そこから先は、声にならなかった。
藤見の頭をそっと撫でて、落ち着くまで待った。
「……ところで、藤見」
空気がようやく元に戻りつつある中、話題を変えた。
「なんですか、センパイ」
まだ少し涙目な藤見がこちらを見る。
「その“センパイ”呼び、やめろよ。もう同級生だろ」
「でも、センパイはセンパイでしょ?」
「いや、今はもうただのクラスメイトなんだし、名前で呼べよ」
藤見はいたずらっぽく顎に指をあて、にやっと笑った。
「じゃあ、“勝”で!」
「え、お前マジで言ってんの?」
「おおマジで!」
ウインクを一発キメてくる。
「……もしかして、美緒とのやりとり、聞いてたのか?」
「聞きたくなくても聞こえましたって。あんな公衆の面前で痴話喧嘩してたら」
「……」
「美緒さんがOKなら、わたしもOKですよね?ってことで、今ので言質もらいました!」
「……ああ。慣れないけど、いいよ」
「それじゃあ、勝。よろしくねっ!」
ニッと笑って、俺の手を勝手に握ってきた藤見だった。