第5話 あの頃の名前では呼べない(福井美緒視点)
由依に連れられた私は。掲示板の人ごみをかき分けながら、進む。
2ーCの掲示板の前には高身長の男の子がいた。
やっぱし、勝にぃだ!わたしは意気揚々と隣に肩を並べる。私がいるの気づいてくれるのか。
先ほどことは上の空の状態であった。
「同じ高校に進学したと聞いたけど。まさか、同じクラスになるとはな........ハハハハ」
掲示板に書いてある福井美緒の名前を見ながら、ビミョーな顔で言う勝にぃがいた。
「あっチャー」
離れたところで見守る由依は、額に手を置き、残念そうに言っていたのは言うまでもない。
私の中の何かのスイッチが入ったのか。私の口が自然と動いてた。
「げっ......勝にぃと一緒かよ」
こちらを初めて見た勝にぃは、驚いていた。
「げっとは、なんだよ?美緒?」
私から出た言葉があんな言葉だとは思えなかった。私は、もうちょっと甘い感じなのを期待していたのに。それはもう叶わない。
「そのままの通りだし。勝にぃ!?」
向こうが仕掛けてきたのだから、私のプライドだってある。
「なんだよ。藪から棒に。小さい頃は一緒に遊んだ仲じゃねぇか?」
思い返すと、勝にぃとの綺麗な思い出。綺麗なままですむとは、思えない。この世は、変わっていく
「それはあんたが、寂しそーだったから遊んでやっただけじゃん。誰があんた、なんかと遊んで楽しいもんですか!」
口から溢れる言葉は、先ほどの神社の勝にぃと咲とのワンシーンを思い出して、いつもよりキツく、あたってる。
ダメなのに止まらない。
「俺だって、美緒とのママごとなんて正直、嫌だったよ。でも、お前がどうしてもというから、しょうがなく...」
思いがけない言葉の応酬に私の感情は制御できなくなる。
由依も止めようと勝にぃと私の間に入ろうとするが、時はすでに遅い。
「どうしてもっ...て?
私、勝にぃに頼んだ?
勝手に記憶の捏造、しないでよね....?!!!」
「捏造だと!?」
勝にぃの悲しそうな顔。本当は学校に戻ってきて盛大に祝福してあげたいのに...
私は言葉を矢継ぎ早に紡ぐ。
「後、もう同学年なんだから、勝にぃじゃなくて、勝と呼ばせてもらうわ」
なんてことを言うんだろう。相手の神経を逆撫でするような言葉しか言ってない。
私はこれ以上、勝にぃと言葉の応戦をしないようにこの場から去った。
由依は大きなため息をつき、美緒の後を追いかけた。
校舎の中に入り、息を切らせている私。
まだ色々と決まっていないので、一年の時のクラスの下駄箱に靴を入れる。誰も来ない一階の1番向こうの階段までくる。
「おーい。おーい」
振り返ると肩を揺らす由依がいた。
「由依....」
由依は今にも泣き出しそうな私を抱く。
何も言わない由依は、全てわかってくれるお母さんみたいだ。私より数倍大人な彼女の腕の中で泣く。
「大丈夫。大丈夫」
頭を撫でてくれる由依は、わたしの心の平静を取り戻させてくれた。
「グッスン、あ、ありがっと」
由依は私が落ち着いたのを見るなり、平手で私の頭にチョップを入れる。
「いてぇ〜」
「美緒?あんたも、あんただよ。せっかく、距離が近まるチャンスだったのに自分から棒に振ってどうすんの?」
「面目ない」
先ほどとは違って。先生みたいな由依さん。
怒ですか
「七瀬さん?も七瀬さんだけど。病み上がりの七瀬さんに、あそこまで言うことないでしょ?わかるよね?」
「うん。反省してます」
「じゃあ、謝れるよね?」
由依は私の前で腰に手をつき、挑むように言ってくる...
「そっ、それは。由依サンの力をお借りできれば.....」
私は両手の人差し指を交差させながら、頼む。
はぁーとため息をつく由依。
「貸し、、、、いちね!」
女気溢れるその言葉に安堵した。
「ありがとー持つべき、友達は由依サンだよ〜」
わたしはまた、由依に抱きついたのだった。
由依に引っ張られるまま、私は人だかりをかき分けて掲示板の前へ。
2-Cの欄の前に、ひときわ背の高い男子の後ろ姿が――
……やっぱし、勝にぃだ!!
私は気合いを入れて、彼の隣に肩を並べる。気づいてくれるかな、私のこと。
でも――
「同じ高校に進学したって聞いてたけど……まさか、クラスまで一緒とはな……ハハッ」
掲示板の「福井美緒」の名前を見ながら、なんとも言えない顔で笑う勝にぃ。
「あっチャー……」
ちょっと離れたところで見てた由依が、額に手を当てて残念そうにつぶやく。
そのときだった。
私の中の何かのスイッチが、カチッと入った。
「げっ……勝にぃと一緒かよ」
……あっ、言っちゃった。
勝にぃが、こっちを見て驚いてる。
「げっとは何だよ、美緒?」
ほんとは、もっと可愛く声かけたかったのに。
よりによって、“げっ”って。終わった……。
「そのまんまだし!勝にぃ!?」
もう、プライドが許さなかった。向こうが変なテンションで来るからいけないんだ!
「なんだよ、急に。小さい頃は一緒に遊んでた仲だろ?」
ふっと蘇る、小さな頃の記憶。
でも、それを「綺麗な思い出」って笑えるほど、私は大人じゃない。
「それ、あんたが寂しそうだったから、遊んで“あげた”だけじゃん!別に、楽しかったわけじゃないし!」
口が勝手に走ってく。止められない。
神社で見た、勝にぃと咲さんのあのシーンが頭をよぎる。
「俺だって、ママごとなんか正直、嫌だったけど?お前がどーしてもって言うから、仕方なく――」
……は?
「ど、どうしてもって?私が頼んだ?……記憶、勝手に捏造しないでくれる!?」
「捏造!?」
勝にぃの顔が、悲しみに歪む。
ほんとはね、戻ってきた勝にぃを――みんなで、私も――笑って迎えたかったのに。
気持ちが止まらない。言葉が矢のように出てくる。
「それと、もう同じ学年なんだし。“勝にぃ”じゃなくて、“勝”って呼ぶから!」
うわぁ……自分で言ってて胸が痛い。
ぜんぶ、逆撫でになるようなことばっかり。
限界を感じた私は、その場を逃げるように立ち去った。
由依が「はぁ……」とため息をついて、私の後を追ってくる。
⸻
校舎の奥、一階の一番端の階段で私は立ち止まる。
一年生の時の下駄箱に靴を入れながら、息がまだ整わない。
「おーい、おーい!」
振り返ると、由依が小走りでやってくる。肩で息をしてる。
「由依……」
次の瞬間、私は彼女にギュッと抱きしめられていた。
言葉はいらない。
彼女の腕の中は、お母さんみたいにあたたかかった。
「大丈夫。大丈夫だよ」
頭をなでられて、胸の奥が少しだけほぐれる。
「グスッ……あ、ありがと……」
落ち着いたところで、いきなりパチン!
「いでぇ〜っ!」
由依が、私の頭に軽くチョップ。
「美緒?あんたもあんただよ。せっかく距離が縮まるチャンスだったのに、自分から台無しにしてどうすんの!」
「め、面目ないっす……」
先生みたいな口調の由依。怒モード発動中。
「勝さんも勝さんだけど、病み上がりだったでしょ?あそこまで言う必要あった?」
「うん……反省してます」
「じゃ、謝れるよね?」
腰に手を当てて言ってくる由依。迫力すご。
「そっ、それは……由依サンの……力をお借りできれば……」
私は両手の人差し指を、そっと交差させながらお願いポーズ。
「はぁ〜……貸し、一ね!」
その言葉に、私はようやくホッとする。
「ありがと〜っ!持つべきものは由依サンだよぉ〜!」
私はもう一度、由依に飛びついた。