第1話 高校復帰1日目、同じクラスに“元・妹ポジ”がいた件
ここ一ノ瀬高等学校は、特筆すべきこともない、ごく普通の私立高校だ。
学力は平均、部活動はそこそこ強い。どこにでもあるような、ごく平凡な学校。
そして俺――七瀬勝は、その平凡な場所に、少しだけイレギュラーな形で戻ってきた。
二度目の高校二年生として。
「……涙が出るな」
ポツリとつぶやいたその声は、誰にも届かない。
去年の俺は、ずっと病院のベッドの上だった。
体育祭も文化祭も、制服さえ袖を通すことなく、時間だけが過ぎていった。
気づけば春。桜が舞い、制服の上着がほんの少し暑く感じる季節に、ようやく“戻ってきた”わけだ。
嬉しさと、取り戻せなかった時間への寂しさ。
その入り混じった感情が、胸にじわりと広がる。
「2年生に復帰できたけど……。やっぱり、みんなより一つ年上なんだよな、俺」
並んで歩いてるはずなのに、なぜか一歩後ろを歩いているような感覚。
それがこの春の俺のスタート地点だった。
――大丈夫か、俺。
そう心の中で問いながら、大きく息を吐く。
目の前にあるのは、新クラスの発表が貼り出された掲示板。
「俺の名前……どこだ?」
この学校はAからDまでのクラスに分かれていて、文系はだいたいCかDクラス。
去年は2-Dだったから、今年もたぶん――
「……Cクラスか」
名簿をざっと目で追う。
知っている名前は、ほとんどない。
一学年下の生徒たちが多いから、当然といえば当然か。
そんな中、ひとつだけ目を引く名前を見つけた。
「……福井美緒?」
その瞬間、胸がほんの少しだけ高鳴った。
近所に住んでいた美緒は、一つ年下の幼なじみ。
俺にとっては、まるで妹のような存在だった。
……まあ、中学の途中で俺がバレー部にのめり込んでからは、自然と距離ができてしまったけど。
「げっ……勝にぃと一緒とか、最悪なんだけど」
――ん?
耳慣れた声が、すぐ隣から聞こえた。
「げっ、って何だよ。おい、美緒?」
思わず振り返る。
そこに立っていたのは、昔の記憶を塗り替えるほど美人になった“福井美緒”だった。
長い黒髪。すらりと伸びた脚。メリハリのあるスタイル。
しかも、顔も――いや、正直言って、超絶美少女だ。
「何その目。気持ち悪っ。勝にぃじゃなくて、勝でしょ? 同じ学年なんだから」
「急に呼び捨てかよ……。つーか、小さい頃は一緒に遊んでただろ?」
「は? 寂しそうだったから遊んで“あげてただけ”なんですけど?」
うわ、こいつ……。
「俺だって、別に遊びたくて遊んでたわけじゃねぇし。お前がどうしてもって言うから……」
「はぁ!? 私、頼んだっけ? 記憶の捏造、やめてくれる?」
顔をほんのり赤くしながら睨み上げてくる美緒。
怒ってるのか、照れてるのか、まったく読めない。
――俺の中にあった、美緒との思い出がガラガラと音を立てて崩れていく。
昔の、無邪気に笑って俺を追いかけてきた美緒は、もうどこにもいない。
「じゃ、そういうことで。勝」
まるで一言で決着をつけるように、背を向ける。
そのまま掲示板の前から、音もなく離れていく後ろ姿。
……すらっとして、脚、長ぇな。
って、何考えてんだ俺。
「……」
その場に取り残された俺は、彼女の名前が載っていたクラス表をもう一度見つめて、静かに目を閉じた。
――新学期早々、俺の高校生活は波乱の幕開けを迎えていた。