7.じいじ、エイムを舐めるなよ
『にゃあああああん!』
「うわああああああ!」
大きく振り上げるベヒモスの手を避けながら、再び隠れの家に入っていく。
「やっぱりだめか……」
ステータスが2倍になっていれば、いくら強敵でもダメージ1はあると思っていた。
だが、わしの武器はただの歩行補助具で武器ではなかった。
戦う手段のないこの状況はすでにムリゲーだ。
「じいじ、何でネコちゃん叩くの?」
「ぐぬぬぬ……」
悲しそうな顔で言われると心苦しくなる。
わしもネコを叩きたくないからな。
だが、あいつはベヒモスだ。
それに痛くも痒くもないだろう。
今も頭を掻いて、大きなあくびをしている。
「テイムするには、弱らせないと捕まえにくいからな」
ボールを投げるときは、弱らせて状態異常をする。
昔はそれが当たり前で、あの有名なゲームの常識だからな。
「そうなのかな?」
あまりゲームをしたことないハルキには、この常識がわからないようだ。
「何かダメージになる武器でもあればいいんだけどな……」
周囲に何か落ちていないか探す。
わしは落とし物を拾う天才だからな。
「あれは使えるぞ」
わしは木製の椅子が近くに置いてあることに気づいた。
きっと日向ぼっこするために、置いてあったやつだろう。
わしは椅子を持ちあげて、再びベヒモスに向かっていく。
「うおおおおお!」
「じいじがおかしくなった……」
チラッとハルキに視線を向けると、心配そうな顔でわしを見ていた。
元ゲーマーのわしを舐めてもらっては困るからな。
『にゃあああああああ!』
足が隠しの家の範囲内から出ると、ベヒモスはわしに気づいて、突撃する勢いで走ってきた。
毛並みが風に流れており、あまりの可愛さにわしは震えてしまう。
罪悪感はあるが、少しでもダメージを与えないといけないからな。
「うおおおお……おっ!?」
全身が出た瞬間、手に軽さを感じた。
視線を上げると、持っていたはずの椅子がなくなっていた。
【隠しの家にある物は持ち出せません】
「早く言えよ!」
聞こえてくるアナウンスに、ついツッコミを入れてしまった。
歳をとったわしにこんな元気があるとはな。
『にゃあああああ!』
だが、その行動は間違いだった。
ベヒモスはそのまま、わしに張り手をしてきた。
避ける余裕もなく、そのまま隠しの家に向かって押し込まれる。
「ぐはっ!?」
勢いは隠しの家に衝突するまで止まることはなかった。
あまりの痛みと肉球の心地よさに、HPが1になってしまった。
HPゲージがチカチカと点滅しながら、ピンチなのを知らせてくれる。
『にゃあ……?』
自分で張り手をしながらも、急に消えたわしを探して、ベヒモスは今もキョロキョロとしている。
「じいじ!」
すぐにハルキが駆け寄ってきた。
もうわしは生い先長くはないだろう。
「ハルキ、今まで――」
「僕もネコちゃんと遊びたい!」
「なんだと!?」
今にもログアウトしそうなわしの体は元気に起き上がった。
どうやらハルキは、わしとベヒモスが遊んでいると勘違いしているのだろう。
ダメージはあるが、肉球にムニムニされていたのは事実だしな。
「ハルキ、もう少し待ってなさい」
「えー」
さすがに今は命がけすぎるからな。
わしの場合、攻撃が一撃当たったことで、スキル【じいじ】が発動して強くなる。
体の奥から力が込み上げてくるようだ。
今なら亡き妻に土下座してプロポーズした時よりも、心と体は強いだろう。
一撃必殺でもHP1で耐えられる仕様だからな。
「よし、次こそは仕留めてくる!」
「じいじ!?」
今ならステータスも上がって強くなったはずだ。
わしは隠しの家の範囲ギリギリまで近づいていく。
ここにある物は持ち運びできない。
使えるのはわしの体だけだ。
「うおおおおおお!」
わしは気合いを入れてから、一歩足を踏み出す。
「じいじ!? やっぱり認知症になったの……?」
チラッと振り向くと、あまりの気迫にハルキも驚いているようだ。
『にゃあ!』
だが、残念だったな。
わしはすぐに足を戻す。
ベヒモスが周囲をキョロキョロしているところを見ると、本当に気づかないようだ。
それに足を出して気づいたことがあった。
「装具は問題なさそうだな」
装具はそのまま外に持ち出せた。
ずっと付けていたから、全く気づかなかったが、これもわしの装備の一部だろう。
わしはとりあえず装具を外す。
「よし、投げてみるか!」
元ゲーマーのエイム力を舐めてもらっては困る。
目標物が大きければ大きいほど、難易度は低くなるからな。
わしは腕だけ出して、ベヒモスに向かって投げる。
――ダメージ50
「へっ!?」
まさか同じ補助具でも、装具がダメージを与えられるとは思わなかった。
『にゃあああああ!』
だが、驚いて立ち止まったことで反応が遅れたようだ。
気づいた時には、ベヒモスの肉球が目の前にあった。
今にも触れそうな肉球に、もうここで死んでも良いと思ってしまうほどだ。
楽しい人生をありがとう。
「うぉ!?」
突然体が引っ張られるような感覚に、視線を向けると、ハルキがわしの腕を掴んでいた。
わしが死なないようにハルキが助けてくれたのだろう。
「ハルキ、そんなにじいじのことを――」
「じいじ! ネコちゃんをいじめるな!」
どうやらわしはベヒモスに負けたようだ。
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