40.じいじ、涙が沁みる
「これが発酵のスタートラインだ」
塩でかき混ぜていくと、うっすらと水分が出てきた。
「あとは容器に入れ替えて、表面に重石乗せて、軽く蓋をすれば完成だ」
陶器のツボを取り出して中身を入れ替え、布をかけた上に重石を乗せる。
蓋は木でできた鍋の蓋を使うことにした。
ちなみにツボはわしが割ろうとしたやつだし、鍋の蓋は盾に使われているやつと同じだ。
まさか魚醤を作るために、使われるとは開発陣も夢にも思ってなかっただろうな……。
「数ヶ月から一年くらい寝かせると、じんわりとうま味が染み出てくるんじゃ」
「「えっ、そんなに!?」」
ハルキとカナタは同じような反応をしていた。
発酵をさせないとできない醤油や味噌は、長い時間と根気が必要となる。
もちろんわしはハルキのお願いごとを叶える前にデバフ祭りになりそうな気もするが、今のところ戦う予定もないからな。
それにポンやゴマがいれば、わしは戦力外だ。
「ねー、僕の力でどうにかならないかな?」
「どういうことだ?」
「僕の職業は〝科学者〟なんだ。その中に時の砂ってスキルがあるの」
カナタは将来科学者になりたいのだろうか。
このゲームは将来の夢や希望で職業が選択されるらしいからね。
わしのじいじは……今もバグだと思っている。
「それは何ができるの?」
「えーっとね……僕もいまいちわからないんだけど、クールタイムってのが短くできるんだって!」
クールタイムが短くできるってことは、後方支援向きの職業なんだろうか。
もしくは、科学者の名前からしてクラフト系のような気もする。
「この短くなるのは発酵ってやつに使えないかな?」
「んー、やってみる価値はあるかもしれないな」
もし、失敗してもゴマに魚を捕まえてもらえばいいだけだ。
その時はまたじいじ狩りをすることになるが、そんなことは言ってられない。
孫たちのために頑張るのは祖父の役目だからな。
「じゃあ、やってみるね!」
「カナタ、頑張ってね!」
カナタがツボに手を向けると、魔法陣が展開される。
「わぁー! すごーい!」
スキルを使ったことがないのか、カナタは魔法陣を見て、目をキラキラと輝かせていた。
「じいじ、なんか臭いよ?」
「なっ!? わしが臭いのか!?」
ハルキに臭いと言われて少しショックだ。
娘に加齢臭がすると言われてからは、お風呂は1日2回入るようになった。
まさか孫にまで言われるとは……。
「ん? 匂いが変わってきたね」
「……やっぱりじいじが臭いのか?」
「違うって! ツボの中からだよ! たぶん……?」
どうやらわしが臭いわけではないらしい。
それなら一安心だ。
「あっ、匂いが少なくなったね!」
「できたのかな?」
混乱していたわしとは異なり、ハルキとカナタは嬉しそうにツボとわしを交互に見ていた。
ツボの中身を見ると知恵袋が発動した。
【アイテム情報】
アイテム 若い魚醤
等級 オリジナル級
詳細 発酵時間が短めのできたばかりの魚醤
発酵が浅いため、塩気が立ち、魚の風味が強い
「魚醤ができてるぞ?」
わしの言葉にハルキはカナタに抱きついた。
「カナタ、すごいね! これで醤油がいらないよ!」
「へへへ」
カナタはハルキに褒められて、誰が見てもわかるほど嬉しそうにしていた。
人に喜んでもらったり、褒められるのは誰だって嬉しいからな。
「んっ……? カナタのその力って他に使えないのか?」
魚醤を作る時間を短縮できたということは、他のクールタイムも短くできる気がした。
元ゲーマーの勘が何かを感じ取っている。
「カナタ、ちょっと外に出てくれないか?」
わしはカナタの手を引っ張って外に連れていく。
だが、もう片方の手をハルキが引っ張っていた。
「じいじ! カナタを外に追い出さないで!」
「ふぇ!?」
ハルキの言葉に入れ歯が飛んで……いや、この世界では自歯だったな。
「僕、このまま一緒にいていいの?」
「ほら、じいじのせいでカナタが……」
だんだんとカナタも泣きそうになって、わしもパニック状態だ。
別にカナタを追い出すつもりはない。
「すまない。わしはにんじんを見てもらいたくて……」
外に連れて行きたい理由を話したら、ハルキとカナタは顔を見合わせてニコニコと笑っていた。
「「なんだー」」
勘違いされたわしの目にも塩水が……いや、涙がしみてきたわ。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします(*´꒳`*)




