3.じいじ、お願いごとされる
「はぁー、わしはT字杖か……」
「でも歩きやすそうでよかったね?」
T字杖を使うことで左足の操作がしやすくなり、歩きやすくなった。
普段は歩行訓練もままならないのに、ゲームの世界とか現実はどこか違うようだ。
それに普通は杖って言ったら、魔法を使う職業が媒介として使ったりするはずだ。
わしの杖はただの歩行補助具だからな。
孫が言うように歩きやすくなったのは良いことだ。
ただ、右手が塞がってしまうのは、ゲームをするにあたっては厄介だろう。
「冒険に行く前にアイテムを集めないといけないね」
「えっ? 冒険に行くのか?」
「うん!」
どうやらハルキはこのゲームでブイブイ言わせたいらしい。
てっきりわしはスローライフを楽しむかと思った。
むしろわしのステータスはスローライフ向きだろうからな。
余生を田舎で過ごしたかった現在のわしの体とは大違いだ。
「僕の職業はテイマーなんだ!」
「テイマーって動物とかを操るやつか?」
「んー、少し違うけど、魔物とか動物と仲良くなれるんだって!」
ハルキの適正武器が鞭なのは納得ができた。
テイマーなら鞭で魔物や動物を従わせるのだろう。
ただ、小さな子どもに鞭を持たせることに、運営は抵抗がなかったのだろうか。
「じいじは何の職業なの?」
「あー、えーっとな……」
聞かれるとは思っていたが、いざ自分が言う立場になると恥ずかしくて口がモゴモゴしてしまう。
「なーにー?」
「じいじはじいじだ」
「じいじはじいじ?」
やはりハルキもわかりづらいのだろう。
わしだってこの職業を見た時は全く意味がわからなかったからな。
基本情報の画面を開き、職業の詳細を確認する。
【職業情報】
職業 じいじ/ユニーク級
詳細 孫のお願いごとは絶対!
孫といるときはステータス2倍
ピンチのときは……:2々%倍
お願いごとを断るとステータス90%減少
明らかに孫のハルキがセットじゃないと使えない職業なんだろう。
それに孫がピンチだと何か起こるようだ。
文字化けしているとか、すでにこのゲームにはバグがあることがわかった。
「じゃあ、じいじのスキルはなに?」
「えーっと、じいじのスキルは……?」
【スキル】
①知恵袋
②孫の子守り
③長寿の知恵
「あー、じいじだな」
わしの言葉にハルキは首を傾げた。
とことんスキルもじいじ仕様だった。
きっと他のプレイヤーたちとはスキルも異なっているだろう。
はじまりの町から出ても大丈夫なのかと思ってしまうほどのスキルだったからな。
「じいじ! まずは薬草を買いに行こ!」
「おっ、おっととと!」
孫はわしの左手を引っ張っていく。
現実世界では硬くて動かない腕も、この世界ではほんの少し動くみたい。
ただ、急に引っ張るとわしも倒れてしまう。
「あっ……じいじごめんね?」
転びそうになったわしに気づき、ハルキはゆっくり歩いてくれた。
やっぱりわしの孫は優しいな。
「へい、いらっしゃい! 何が欲しいんだ?」
「薬草をください!」
「薬草だな! 一つ10Gになるぞ」
わしはお金を取り出そうとしたが、入っているお金の少なさに驚いた。
「100Gしかないのか……」
孫にお小遣いをあげられない祖父なんて、孫はいらないだろう。
世間の孫はお小遣いをもらうためだけに、会いに来る子が多いぐらいだからな。
わしも冒険に出ないといけない時が、すぐに来そうな気がする。
「とりあえず5つもらおうか」
わしは50G渡して、薬草を5つ受け取った。
3つはハルキに持たせて、戦う力がなさそうなわしは2つだ。
なんて言ったってT字杖で戦った経験すらないからな。
「薬草ってどれくらい回復するのか知ってる?」
「んー、こういうのは少しぐらいじゃないか?」
ゲームであればアイテムの使い方や説明が書いてあるはずだが、表示されないのはこのゲームの特徴だろうか。
――スキル【知恵袋】を発動
【アイテム情報】
アイテム 薬草
詳細 HPを20回復する
栽培可能
どうやら使い方がわからなかった一つ目のスキル、知恵袋はアイテムの詳細を確認できるようだ。
きっと職業が鑑定士って人も似たようなスキルを持っていることを考えると、じいじは特殊だけど珍しいわけではない気がする。
「HPを20回復するらしいぞ」
「僕のHPは20だからちょうど良いね!」
「わしの2倍もあるのか……」
きっと子どもだから体力があるのだろう。
ちなみにハルキに聞いたら、ステータスを全て教えてくれた。
【能力値】
HP 20
MP 5
攻撃力 10
防御力 8
知力 5
敏捷 12
運 10
全ての合計値は70に設定されているようだ。
子どもらしくHPや敏捷が高めで、MPや地力が低くなっていた。
その辺はゲーム開始前のスキャンで決まっていそうだな。
「じいじ、次は冒険に――」
「ハルキ、町にいる時には必ずやることがあるぞ!」
「何をするの?」
「家に入ってタンスの中を見るんだ!」
冒険に行く前と言ったら装備やアイテムを集めることだ。
急いでいる人であればを直接買えばいい。
ただ、お金が少ない時にはお金やアイテムの他にも、装備が手に入ることがあるからな。
「じいじ、それは不法侵入だよ?」
「ダメなのか?」
「当たり前だよ。勝手に家に入ったら、ダメって教えてもらってないの?」
わしがゲームをやっていた時代は家に入って、タンスの中を見るのが当たり前だった。
珍しい装備品やアイテムが出てきた時は嬉しかったからな。
だが、今のゲームは現実感を再現しているようだ。
「そうか……。ならツボやタルならいいか」
わしは近くにあったツボを持ち上げる。
「じいじ、待ったああああああ!」
手を振り下ろそうと思ったタイミングで、ハルキが止めにきた。
ゲームの中でツボやタルを割るのは当たり前のはずだぞ?
「じいじ、本当にゲームをしたことあるの?」
「なぁ、これでもわしはすごいんだぞ!」
ハルキは目を細めて、わしの顔を見てくる。
わしの凄さが伝わっていないのだろう。
ここは世界大会まで行ったわしの凄さを見せつけるところだろう。
「よし、ハルキ待ってろよ!」
わしは周囲を見渡して、町に何があるのかを把握する。
きっとあそこにお目当てのものがあるだろう。
「おっ、やっぱりあったな!」
わしが探していたのは落ちているアイテムだ。
謎に隙間が空いていたり、どことなく見た目が違うところには確実に何かが落ちている。
そういうものを探すのも、ゲームの楽しみ方の一つだ。
ついでにツボやタルは割らずに、中身を確認するとお金や薬草が手に入った。
武器が落ちていたりすると、売却すれば金策にもなるからな。
「ハルキ、たくさん拾って……」
たくさん拾ってきたアイテムをハルキに見せるが、どこか驚いた顔をしている。
まるでわしを頭のおかしい人だと認識しているようだ。
「じいじ、認知症になっちゃったの?」
「へっ!?」
ハルキの目には涙が溜まっていた。
すぐにわしに抱きつくと、その場で泣き始めた。
「どうしてわしが認知症になったと思うんだ?」
「だって……認知症になると、おかしなことをするって兄ちゃんから聞いたもん!」
ああ、リハビリの兄ちゃんが認知症について話していたようだ。
だが、わしは認知症にはなっていないし、定期的に兄ちゃんが検査をしている。
野菜を10個教えてくださいって聞いてくるが、わしは野菜よりゲーム10作品の方が早く言えるって毎回思ってるぞ。
「わしはおかしなことしていないぞ?」
「おかしいよ! 何もないところで一人で話してるし」
「あー」
「ツボやタルの中をチラチラと覗いて笑ってる!」
思い当たることしかない。
さっきまでアイテム集めをしていた行動が、認知症だと勘違いさせてしまったようだ。
たしかに現実世界でそんなことをしたら、周囲からの視線が気になるからな。
よく見たら町の人たちも、わしを心配そうな顔で見ている。
それが余計にハルキを不安にさせたのだろう。
「すまない……。でも、こんなにアイテムが手に入ったぞ?」
わしの腕の中にはさっき買った薬草よりも多くあるし、お金や武器もあるからな。
これをもらって嫌だとは思わないだろう。
「じいじ、忘れちゃったの? 拾ったものは交番に届けるんだよ?」
「あっ……」
小さい頃は落とし物を拾ったら、交番に届けるように教えているからな。
わしの行動はハルキにとったら、悪い大人……いや、じいじに見えるのだろう。
「ちゃんと持ち主に返さないとダメだよ!」
【ピロン! ハルキからお願いごとをされました!】
脳内にハルキからのお願いごとがされたと聞こえてきた。
「まさか……」
わしはすぐにステータスを確認する。
【お願いごと】
詳細 拾ったものをギルドに届ける。
どうやら頑張って拾ったアイテムや装備をギルドに届けないといけないようだ。
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