1.じいじ、元ゲーマーです
「はぁー、また今日も歩くのか……」
――トントン!
「松永さん、失礼します!」
悪魔の囁きが聞こえてくる。
部屋に入ってきたのは、わしの担当をしているリハビリの兄ちゃんだ。
脳卒中になったわしは、週に数回体が硬くならないようにリハビリをしている。
「今日はお孫さんが来る日ですよね?」
「ああ、久々に遊びに来てくれるからな」
わしは脳卒中の後遺症で、施設での生活を余儀なくされた。
共働きの娘に頼ることもできず、自らこの選択をした。
それが間違いかどうかはわからない。
ただ、麻痺で半身不随になると、こんなに助けてもらわないと生活ができないのかと驚いた。
今でも兄ちゃんが来ないと、体が硬くなって車椅子に移動するのもやっとだからな。
好きな時に歩けて、好きな時にトイレに行けたのが懐かしく感じる。
「じゃあ、タイミングよかったら頑張っている姿を見てもらえますね」
「ひょっとして――」
「ええ、もちろん今日も歩きますよ?」
若干無理やりではあるが、リハビリ中の兄ちゃんはいつもわしを歩かせようとしてくる。
一人で歩くのは無理なのはわしでも気づいている。
それでも兄ちゃんは諦めていないのだろうか。
以前、聞いた時も世の中、何が起こるかわからないし、やって損はないと言われた。
ただ、支えてもらってる時に兄ちゃんはいつも汗だくで申し訳なくなってしまう。
「ちょ、松永さん! よそ見していないで、足を出してくださいよ!」
「足が重いんじゃ!」
「そんな言い訳してる姿をお孫さんが見たら――」
「じいじ、頑張ってる?」
兄ちゃんに言い訳をしているタイミングで孫が遊びに来ていた。
「陽希――」
「ちょ、よそ見は危ないって行ったばかりですよ!」
わしは孫の陽希に気を取られて、足が出ていないのに歩こうとして、兄ちゃんに支えてもらった。
情けない姿を見られて恥ずかしいが、これがわしの本当の姿だ。
「僕が車椅子持ってくるね!」
陽希はわしの車椅子を持ってくると、ゆっくりと座る。
わしに会いに来てくれているはずなのに、ハルトはわしではなく、兄ちゃんにキラキラとした視線を向けていた。
祖父として少し嫉妬心が芽生えてしまう。
わしを支えて汗をかいている姿も、どこか爽やかでムカつくな。
「お父さん、またリハビリさんに迷惑かけてたでしょ?」
「うっ……」
そんなわしの考えを娘はお見通しのようだ。
さすが男手一つで育てたわしの娘だ。
娘が小さい時に嫁は亡くなったが、本当に良い子に育ったと思う。
「母ちゃん、リハビリ見てきていい?」
やはりハルトはわしではなく、兄ちゃんに会いに来たようだ。
祖父に会いに来ても楽しくないからな。
「息子がご迷惑おかけしてすみません」
「あっ、いえいえ! 陽希くん、あっちに行こうか!」
「うん!」
今日も兄ちゃんが爽やかに孫の心を奪っていく。
この施設で陽希は人気者だ。
他の利用者からも好かれているから、他の人のリハビリを見学していると、やる気も違うらしい。
「いつもあれだけ元気だといいんだけどね……」
「陽希に何かあったのか?」
娘はどこか浮かない顔をしていた。
しばらく施設に来ていない間に何かあったのだろうか。
「最近陽希が学校に行きたがらなくてね……。イジメに遭っているかと思ったけど、先生も確認は取れていないっていうし……」
「まぁ、無理に行かせても辛いのは陽希だけだからな」
陽希は今年小学校に通うようになったばかりの一年生だ。
入学してから一ヶ月程度しか経っていないが、馴染めていないのだろう。
「私も長いこと仕事を休むわけには行かないし、面倒を見るのも大変だからね」
「わしの体が動けばよかったな……」
こういう時に自分の体が動かないことに後悔を感じる。
施設に入っても、娘に迷惑かけてばかりだからな。
「あっ、お父さんに文句を言っているわけじゃないから、勘違いしないでね」
娘はすぐに誤解を解こうとした。
実際に、わしが病気じゃなければ、旦那の実家近くに住むこともできたし、わしが面倒を見ることができたからな。
【君もVRの世界を楽しもう!】
静かな空間にテレビのCMが鳴り響く。
最近はVRってゲームが流行っているらしいな。
「ねぇ、お父さん?」
「なんだ?」
「ゲームをする気はない?」
「いや、今のゲームなんて若いもんの遊びだろ?」
昔はよくゲームが好きで大会にも出ていたが、娘が生まれてからはやっていない。
妻が亡くなってからは、尚更そんな時間はなかったからな。
「いや、陽希とゲームをやってくれたら、家にいても多少危なくはないかと思ってね」
きっとオンラインに繋いで、陽希の相手をしてほしいってことだろう。
だが、わしの左はカチカチになってピクリとも動かないぞ。
「そういえば最近、VRゲームをリハビリに活用する研究があって……」
「また来たか!」
「もうお父さん!」
陽希の心を奪った兄ちゃんが陽希を連れてきた。
陽希も楽しかったのかニコニコとしている。
「ゲームがリハビリに良いんですか?」
「最近の論文にVRゲームがリハビリに使われていることが多いんですよ」
「どういうことだ?」
「手を使わなくてもできるんですよ」
「はぁん!?」
本当にそれはゲームなのかと思ってしまった。
どうやらVRゲームを使って、手足を動かすとリハビリの効果があると論文で発表されているようだ。
「VRゲームは脳の微弱な電気信号を読み取っているから、操作だけできたら問題ないんですよね」
「それならわしでもできそうだな」
「お父さんが?」
「じいじが?」
娘と孫は驚いた顔をしていた。
まさかわしがゲームをやると思わなかったのだろうか。
まさか手を動かさなくても、ゲームができる時代になっているとは思いもしなかった。
「ただ、問題があってですね」
「問題ですか?」
「高齢者がVRゲームに適用しないんですよね……」
兄ちゃんが言うには、VRゲーム自体は効果があると言われているのに、リハビリに適応するゲームがないらしい。
元々ゲームをやったことない人や、新しい操作を高齢者が覚えられるかと言ったら難しいのだろう。
ゲームの操作やゲームについては、ゲーマーだったわしなら問題はないはずだ。
「これでも昔、チームでゲーム大会に出て優勝したんだからな!」
「「「うぇ!?」」」
驚いた表情を見て、わしはニヤリと笑う。
なぜか、兄ちゃんに勝てたような気がした。
遠い過去の栄光もあまり記憶には残っていない。
ただ、あるのは日本代表に選ばれたってことぐらい。
結局世界大会では優勝はできなかったけどな。
「んー、それなら陽希とやってみるのはどうかな?」
「えー、じいじと?」
少し不安そうな目で孫に見られると、わしの心は傷つくぞ?
元ゲーマーを舐めるなよ!
時間だってたっぷりあるんだからな!
「じいじ、本当にゲームできるの?」
「ほら、おじいちゃんを一人でゲームをさせると何をするかわからないでしょ?」
娘までわしを危ないやつ扱いをしてきたぞ?
「最悪、僕もゲームが好きなので教えますよ?」
「ならゲームする!」
なっ……!?
さっきまで文句を言っていたのに、兄ちゃんの一言であっさり陽希はゲームをすることになった。
「元ゲーマーを舐めるなよ!」
孫と遊べることが決まったのに、内心はモヤモヤなままゲームが届くのを待つことになった。
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