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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【連載版始めました!】主人公を煽り散らかす糸目の悪役貴族に転生したんやけど、どないしたらええと思う? ~かませ犬なんてまっぴらごめんなエセ関西弁は、真っ向勝負で主人公を叩き潰すようです~






「エクス……カリバアアアアアアッッ!!」


 少年が高く掲げた剣が、峻烈な光を放つ。

 赤髪の少年が瞳に宿しているのは、強烈な決意。

 相対する相手を必ず倒すという情熱が、少年――勇者リオスの力を一段階上へと引き上げる。


「オオオオオオオオッッ!!」


 彼の熱意に負けぬほどに強い白の波動が、世界を白へと塗り替えてゆく。

 神の手によって作られた聖遺物であり、魔を誅する剣――聖剣エクスカリバー。


 この剣は使用者を己が認めた持ち手に振るわれる時、聖なるオーラを振り撒き、戦場を簡易的な神殿へと作り替える働きを持つ。


 聖剣の担い手である勇者が現れた戦場では魔物は本来の力を発揮できず、悪霊は生者を呪うことができぬうちに浄化され消えてゆく。

 聖剣とは戦局すら変えうる、戦術級の兵器なのである。


「エクストリーム――エッジ!」


 だが聖剣エクスカリバーの真価は、魔なる者への浄化にはない。

 その本領は、魔王に有効打を与えられるほどに圧倒的な攻撃力。

 悪神すら切り伏せることができるとされるその一撃は、音速を超え人体の知覚できる速度を容易く超える。


 ×字にクロスさせた斬撃が、衝撃波による破壊を伴いながら彼の――勇者リオスの敵へと超高速で飛んで行く。 

 海を割り、大地を裂く、世界を圧倒するだけの一撃。


 その一撃を前に、勇者リオスに相対する男は――


「聖魔剣創造」


 男が呟くと、空間に歪みが生じた。

 それは黒い顎であった。

 ギシギシと本来の空間が軋りを上げ、噛みつぶされてゆく。

 取って代わるようにそこに現れたのは、虚ろな黒い空間だった。

 彼が無造作に手を伸ばし取り出したのは、一本の剣だ。



 その反りのある形状は、極東で作られる刀のそれによく似ていた。

 柄は刀身を囲む形で白と黒、二つの勾玉がはめ込まれているような形状になっており、紫色の鞘には蒔絵が描かれている。


 彼――イナリは取り出した剣を構え、鞘から引き抜いた。


 音すら鳴らぬほどに自然な抜刀。

 鞘から引き抜かれた刀には、黒と白がまだらになったオーラが纏われていた。


「エンチャントダークネス、ホーリーセイバー」


 男の剣から放たれた黒色の魔力塊が聖剣による一撃の威力を弱め、そして続いて放たれた光の刃は、二重に重なる勇者の斬撃を実にあっさりとかき消してみせる。


「学ばん子ぉやね。ご自慢の聖剣じゃあ僕に傷一つつけられんって、わかってるはずやのに」


 勇者に相対しているのは、黒い髪を短く切り揃えた青年だった。

 瞳が見えないほどに細いいわゆる糸目をしており、身体は細身で背は高く、姿勢が悪いため少し猫背になっている。


 上がった口角と、人を小馬鹿にしたような口調。

 自分のことをなんとも思っていないその態度に、リオスの顔は林檎のように赤く染まった。


 勇者は神に愛され、誰からも認められる存在だ。

 勇者として選ばれてからというもの、誰かにここまで虚仮にされてきたことはなかった。

 だが目の前の男――イナリだけは違った。


 リオスは何度も彼に挑み、そしてその度に真っ向からたたき伏せられてきた。

 次こそは勝つ。

 そう思いどれだけ激しい戦いに身を投じても、再び相まみえた時、イナリは自分の更に上をゆく。


 何度立ち向かっても超えることのできぬ壁を前に、リオスは己を鼓舞しながら剣を振るう。


 ユニークスキルによって強化された彼の連撃は、風を切り余波だけで近くの林の木々を切り刻むほどの威力を誇る。

 けれどその全てを、イナリは飄々とした態度を崩さず受け止めてみせる。


「畜生、なんで……なんで、まだ届かない!」


 鼻息荒く叫ぶリオスを見るイナリの視線は、変わらず冷ややかだ。

 呆れから軽く鼻から息を吐き、その所作がリオスの心を更にささくれ立たせる。


「そないなこと、言わんでもわかるやないの」


 鼻歌交じりに防御をするイナリ。その動きの一つ一つが、リオスの神経を逆撫でる。

 人の悪い、人を食ったような笑みを浮かべるイナリ。

 彼の口から放たれた言葉は、リオスが勇者として積み上げてきた今までの全てを否定するほどに、彼の心をささくれ立たせるものだった。


「――君が僕より、弱いからや」


 残像を残し、イナリの姿が消える。

 慌ててその姿を探そうとするリオス。

 彼がイナリのことを捕捉した時には、既にイナリの剣は彼の身体へ突き立つ直前だった。


「桜花乱舞」


「がああああああっっ!?」


 白黒の混じる混沌の剣がリオスの身体に突き立つ度に、桜のエフェクトが現れる。

 リオスの身体に傷が刻まれる度に新たに桜が咲き誇り、そしてその花弁が光に溶けて散っていく。


 イナリの持つ固有技、桜花乱舞。

 本来であれば勇者の肌に傷一つつけられぬはずの連撃は、リオスの全身から鮮血を吐き出させる。


「これで、しまいや」


 納刀をすると、ガラス質の柄が鞘に当たりチンッと軽い音を立てる。

 軽く息を吐きながら、地面に倒れ伏す勇者の姿を見る。

 彼は白目を剥いたまま気絶していた。

 どちらが勝者なのかは、一目瞭然だ。


 本来であれば土に塗れたのは僕やったんやろけど……堪忍なぁ。


 心の中でそう独りごちるが、彼が内心の思いを言葉に出すことはない。

 それはイナリ――サイオンジ家当主、イナリ・サイオンジが口に出していいものではないから。


「ふうっ……やっぱり、なんとかなったなぁ」


 スッと目を細めながら、着ている袴着をパタパタとあおぐ。

 彼の顔には余裕が張り付いている。


 血の滲むような努力を繰り返した上での勝利ではあったものの、それを匂わせることはない。

 白鳥が水面下のバタ足を誇ることほど、無粋なことはないからだ。


「やっぱり僕、すごいなぁ。勇者相手にも勝てちゃうんやもん」


 本来であればイナリの人生は、ここで終わっているはずだった。

 勇者リオスとの四度目の戦い――魔王に魂を売り渡し魔人薬を使って魔と堕したイナリは、聖剣の力を使いこなすリオスになすすべもなくやられるはずだったのだ。


 けれど蓋を開けてみればどうだ。

 イナリは無事、リオスを倒すことができた。

 本来であればありなかった運命は、今ここに切り開かれたのだ。


「思えばここまで来るのに、ずいぶん時間がかかってしもたなぁ……」


 彼はこの三年間の長い道のりが脳裏に浮かぶ。

 中でも一番最初に思い出したのは、彼の第二の目覚めの瞬間。

 自分がエセ関西弁糸目悪役貴族という属性マシマシなかませ犬キャラに転生したと気付いた、あの日のことだった――。
















「君、才能ないよ。悪いことは言わんから魔法科辞め――っ!?」


 イナリの脳裏に電流が走ったのは、彼が通っているウェルドナ王立学院の同級生にそう告げた、その瞬間のことだった。


 突如としてよみがえるのは前世の記憶――地球で暮らしていた、大学生だった頃の青年の記憶。

 走馬灯のように浮かぶ記憶の中には、今の自分とよく似た自分と、似ても似つかない自分の姿があった。


(なんや、これ……)


 今の自分がいる世界は、前世の自分がやりこんできたRPGである『コールオブマジックナイト』そのものだった。

 『コールオブマジックナイト』は勇者がヒロインの騎士として共に歩み魔王を倒す、王道RPGだ。


 出しているところが中堅どころということもありそこまで爆発的なヒットを出せた作品ではなかったが、実直なストーリーとゲーム性、ヒロインの魅力などからしっかりとセールスランキングの中位に長期間留まり続けた作品だった。


(それはええ……いや、転生したこと自体はわりとどうでもええねん。それより問題なんは……僕の扱い、どないなっとるん?)


 転生した頃の記憶が戻ったことで若干の変化はあったものの、イナリにはこの世界でサイオンジ家の次期当主として育ってきた十五年間の積み重ねがある。


 故に前世と今世二つの魂が混じり合っても致命的な変化を及ぼすようなこともなく、イナリはしっかりと自我を保ち続けることができていた。


 イナリ・サイオンジは『コールオブマジックナイト』の登場人物の一人だった。

 そのポジションは――主人公の成長を実感させる担当の、かませ犬キャラである。

 ポケ○ンのライバルよろしく、ことあるごとに主人公に突っかかってきては戦うことになる、敵キャラの中ではラスボスである魔王に次いでイベント量の多い人物だった。


『なんや、こないなこともできひんの?』

『呆れた……こんなんが勇者名乗れるんやったら、僕は神か何かってこと?』

『ミヤビもこんな雑魚に惚れてもうて……ほんま、サイオンジ家の恥やわぁ』


 イナリとの戦いは、ラスト二回を除いた全てが負けイベント。

 主人公である勇者リオス(名称変更可)は戦う度に目の前が真っ暗になり、画面が黒く染まった状態でエセ関西弁で嘲笑される。


 嘲笑のセリフはいくつものバリエーションがあり、周回しても毎回違うセリフで煽られる徹底っぷり。

 毎回プレイヤーは戦う度にイナリに馬鹿にされ、ヘイトを溜めることになる。


 何くそと奮起した有志達によって一時期動画投稿サイトではあらゆるバグ技を使ってイナリの負けイベントで勝利する動画が度々投稿され、無事勝利してもなぜかこちらを煽ってくるイナリの様子に視聴者達はシュールな笑いに包まれた。


 その動画の再生数がかなり回ったことでネットでバズり、呪い(マジックナイトの略、マジナイから転じて呪いという呼称が定着した)では一番一般人の知名度が高いキャラがイナリとなっており、呪いファンはそれを恥だと考えている。


(それに末路も終わっとるやん。これほんまに僕? 情けなくて涙出てきそうやわ)


 イナリはそんな公式やプレイヤーが意図しない形でネタキャラになってしまった、噛ませ犬キャラだった。

 ネットのおもちゃとして有名な彼だが、その最後はかなり悲惨である。


 イナリは最終的に主人公に負け、ダークサイドに落ちる。

 そして魔王軍の尖兵となりその身体を改造されて化け物になり、最後には異形の怪物となった状態で主人公達に討伐されてその命を終える。


 記憶の中で『デスピ○ロの出来損ない』と呼ばれているその最終形態は、あまりにも不細工だった。

 美意識の高いイナリに、その姿は到底受け入れられるものではない。


(僕このままだとあれになんの……? それは……絶対に嫌やなぁ)


 魔物被害の一際大きい極東地域で辺境伯を務めているサイオンジ家の次期当主として育てられたイナリは、自分が死ぬこと自体にはさして思うことはない。

 祖父も曾祖父も魔物との戦いの中で死んでいった。

 故に魔物との戦いで死ぬことに恐怖はない。


 けれどそんな彼からしても、無様にあがき醜い化け物として死んでいく運命は到底受け入れられるものではなかった。

 死ぬとしても己の美学に沿って死にたい。

 イナリの高いプライドは、ゲームのシナリオ通りに事が進むのを許しはしなかった。


(今から鍛えれば……間に合うか?)


 現在は王国歴201年、イナリは王立ウェルドナ魔法学院の一年生だ。

 これはゲーム開始時点の二年前になる。


 二年後、イナリが三年になった時に主人公であるリオスが入学し、そこで一番最初の負けイベント(イナリからすると勝ちイベントだが)が行われることになる。

 そうなればリオスが成長するのはあっという間だ。


 自分が卒業しリオスが二年になる時には既に彼は自分の持つ勇者の力に覚醒し、聖剣を手にすることでイナリ相手に対等以上に戦うことができるほどの力を持つようになる。


 であれば、自分が取るべき選択は何か。

 高速で思考が回転する。

 血統と才能を兼ね備えた彼の知能は、一瞬で己の進むべき道を指し示してみせた。


(そんなの決まってるわなぁ……)


 対処するだけなら話は簡単だ。


 リオスと敵対しないよう、猫を被っていればいい。

 入学した彼と友好関係を結び、後に来る魔王軍からの話に耳を貸さなければ、自分があの醜悪な化け物になることは避けられる。


 だがそんな風に惰弱な選択を採ってしまえば――自分はイナリ・サイオンジではなくなってしまうだろう。


 彼にはサイオンジ家の次期当主としての矜持がある。

 己の持つ才能にあぐらをかかず、誰よりも努力し、血の滲むような死闘を幾度も乗り越えてきた。


 他者に対しても苛烈な彼は、それ以上に自分に対しても苛烈であった。


 自分はなりふり構わずに、これだけの強さを身につけた。

 対して今のお前はどうだ?


 イナリがイベントの度に主人公へ放つ煽り文句は、死ぬ気を振り絞らない人間に対する怒りと軽蔑の印であり、同時に自分へかける発破でもあったのだ。


 彼という人間は、己への圧倒的な自負と自信によって形作られている。

 そんなイナリにとって出会ったばかりの大して強くもない勇者を前に膝を屈することは、何物にも勝る恥辱に他ならない。


「負けたないなぁ……」


 思わず口から出た言葉は、自分の美学に反することを口にすることのないイナリにしては、ひどく泥臭い一言だった。


 前世では、イナリは最後には負ける不人気キャラだった。

 けれど今世では、それは自分自身の手で磨き上げてきた、かけがえのない玉でもあった。


 無様に死ぬなんて許せない。

 けれど出会ったばかりの大して強くもない、持っているユニークスキルにあぐらを掻いているような勇者に頭を垂れることは、もっとしたくない。


 ではどうすればいいか。

 簡単な話だ――自分がもっともっと、強くなればいい。


 覚醒した勇者を倒し、聖剣を手に入れた勇者を尚も倒し、自分の運命を切り開けるだけの強さを手にすればいい。


 その上で勇者を土に塗れさせ嘲笑をすれば、きっとその時の興奮は何物にも代えがたいものになるだろう。


(そうとなったら、善は急げやね)


 くるりと振り返り踵を返し、すぐにでも動き出そうとするイナリ。

 この世界の主人公である勇者を倒すのだ。

 並大抵の努力ではできないだろう。


 けれど自分にならできると、イナリは信じて疑っていなかった。

 人に見えぬよう足をばたつかせることにかけては、彼の右に出る者はいないからだ。


「あ、あのっ……」


 くるりと後ろを振り返る。

 するとそこには涙目になってこちらを見上げている一人の少女がいた。

 同じ一年生の……名前はなんと言ったか。


 才能がない人間の名前を覚えるほど、彼は暇ではなかった。

 なので恐らくネームドキャラクターでもない、ただの学院生なのだろう。


 イナリは今の自分の状況を思い出した。

 今は昼休みに入ったところだ。

 自分達一年二組は、つい先ほどまで二限目の魔法学基礎で、演習場で魔法の訓練をしていたところだった。


 そこで中でも一際魔法の制御が甘かった子に対しイナリが声をかけ、学院を辞めるようアドバイスをした……というのが記憶を取り戻す前の顛末であった。


「んー……」


 振り返りながら、ぽりぽりと後頭部を掻くイナリ。

 彼は自分が言ったことが間違っているとは思っていない。


 目の前の女の子に魔法の才能がないことは、一目見ただけですぐにわかった。

 才能がない人間がどれだけ努力をしたところで、努力できる才能がある人間には敵わない。


 かめはうさぎと、かけっこで勝負すべきではない。

 自分の強みである防御力の高さや忍耐強さといった、別の分野で勝負をすべきというのがイナリの持論である。


 目の前の少女の魔法制御の様子を思い出す。

 術式制御は甘かったが、魔力量に関しては光るものがあったはずだ。

 下手に魔法を学ぶより、魔力の使い方を工夫した方がまだ可能性があるだろう。

 であるなら彼女がいるべきは、魔法科ではない。


「君、今すぐ魔法科辞め。騎士科にでも転科しぃな」


「騎士科に……ですか?」


「ああ、なんなら先生には僕から言っといたるさかい」


 ウェルドナ王立魔法学院は、貴族の子弟や将来の官僚の卵達がその才能を芽吹かせるための国立の教育機関である。

 一番人気があるのは魔法科だがそれ以外にも騎士科や錬金術科などいくつもの学科がある。


 たとえ磨いても光らなかったとしても、自分が輝ける可能性がもっとも高い場所で努力をするべきだ。

 イナリは口が悪いが、決して酷薄なだけの男ではない。

 自分と同様他人にも厳しい彼の優しさが、誰からも理解されないものであるだけなのだ。


「ほなね」


 イナリはそれだけ言うと、廊下をゆっくりと歩き出す。

 彼に呼び止められた少女は、去りゆく彼の背中を、じっと見つめていた――。












 ウェルドナ王立魔法学院はウェルドナ王国全土から幅広く生徒を採用する都合上、半寮制になっている。

 ただもちろん王都に家のある人間は屋敷からの通学が許可されている。

 サイオンジ家は王都に別邸を持っており、イナリはいわゆる通学組の一人であった。

 屋敷に戻ると、使用人達に出迎えられる。


「一人にさせてくれへん?」


 使用人達は何も言わず頭を下げると、イナリの部屋を出て行った。

 言うことを聞かない使用人は容赦なく首を切ってきたため、口を挟まれるようなこともなかった。

 まったく、しっかりと躾が行き届いている屋敷だ。


 イナリは使用人達が遠ざかったのを確認してから、現状を確認していくことにした。

 今後のことを考えるためにも、一人でじっくりと考える時間が必要だった。


(まず考えなくちゃあかんのは僕の今の力がどのあたりにあるのかやな)


 業腹ではあるが、今の自分の未熟さを認めないことには始まらない。

 今は己の弱さを認める強さが必要な場面だった。


 『コールオブマジックナイト』において、ある程度出番のあるネームドキャラクターは、基本的にユニークスキルを一つ持っている。


 主人公とヒロインを除くと、基本的に持てるユニークスキルは一人一つ。

 ヒロインは元来持っているスキルと主人公との関係性を深めることによって手に入るユニークスキルの二つを、主人公のリオスはプレイヤーの行動によって最大で五つまでユニークスキルを所有できるが、彼らは例外だ。


 当然ながらイナリも、持っているユニークスキルは一つである。


(わりと強めなアクティブスキルっぽいのはありがたいけどなぁ)


 ゲームではスキルは常時発動しているパッシブスキルと、戦闘の際に使用が可能なアクティブスキルの二種類に分かれていた。

 イナリの持っているスキルは後者、戦闘向けのアクティブスキルだ。


 ただこのユニークスキルという代物は、非常に当たり外れが激しい。


 サブキャラの中にはユニークスキルが雑魚過ぎるせいでどうあがいても二軍にもなれないような者も多く、彼らだけでラスボスである魔王を倒そうとするのならレベルを限界ギリギリまで上げる必要があったほどだ。


 イナリは味方にすることのできない敵キャラであるため、スキルの細かい仕様は不明だ。

 更に言うとイナリのユニークスキルは、未だ一度も使っていない状態であった。


 リオスの入学時には使えていたことを考えると、恐らく今から三年次になるまでの二年間のどこかで、ユニークスキルが使えるようになったのだろう。


 使えんゴミスキルやったらどないしよ……と内心では思いながらも、そんな態度はまったく表に出さず、イナリは早速ユニークスキルを使ってみることにした。


「――魔剣創造」


 彼のユニークスキルは、その名を魔剣創造という。

 イナリがスキルの名を口にすると、彼の目の前にホログラムが現れる。



炎の魔剣 レベル3

水の魔剣 レベル1

光の魔剣 レベル2

闇の魔剣 レベル1


「へぇ……なるほどなぁ」


 初めてスキルを使った瞬間、まるで最初から知っていたかのように、魔剣創造に関する知識が頭から湧き出してくる。

 封印されていた知識のロックが突如解除されたかのような不自然さに、イナリは思わず眉根を寄せる。


 何者かの作為を感じるのは若干不快だが、今は魔剣創造が使えるようになったことを喜ぶべき場面だと気を取り直し、ユニークスキルの把握を再開することにした。


 魔剣創造の能力は、想像していた以上にシンプルだった。

 魔力を使い、魔剣を造る。端的に言えばそれだけの力だ。


 魔剣の力はレベルが上がれば上昇していき、攻撃力や使用時に使えるスキルが上昇していく。

 魔剣の情報は魔剣創造というユニークスキル自体に蓄積されていくため、たとえ剣が折れても、魔力を使えば同じものを生み出すことができるようだ。


 魔剣のLVを上げる方法は二つある。


 一つはイナリ自身の魔剣の習熟度を上げていくこと。

 これは魔剣の使用だけではなく、同属性の魔法によっても上げることが可能なようだ。


 使ったことがないはずの炎の魔剣のレベルが既に3なのは、彼が火魔法にそれだけ習熟しているからということらしい。


 そしてもう一つは、魔剣の求める素材を吸わせていくことだ。

 イナリが生み出すことのできる魔剣はそれぞれ好みのようなものがあるらしく、好む素材を吸わせていくとそれだけで経験値が溜まっていくらしい。


「とりあえず、使ってみよか」


 物は試しと、早速魔剣を出してみることにする。

 まずはレベルが一番高い炎の魔剣を選ぶことにした。


 炎の魔剣と念じてみると、目の前にある空間に歪みが生じる。

 虚空から現れたのは、赤い刀身をした炎の剣だ。


 手に取り感触を確かめると、それはまるで自分のために誂えられたように、ぴったりと手になじんだ。

 触れてみると、現在の炎の魔剣の能力が脳裏に浮かび上がってくる。


「なるほど……攻撃力UP(中)にファイアスラッシュ……アクティブもパッシブも揃っとるんか」


 剣を振ると、先ほどまで腰に差していた剣よりもグリップの感触が心地いい。

 ちょうど今の自分にジャストフィットするように作られたグリップは手に吸い付き、一切の無駄なく力を剣に乗せる。


 ファイアスラッシュは斬撃に炎を纏わせるアクティブスキルだ。

 ちなみにこれは、リオスが序盤で手に入れるスキルの一つでもある。


 一度作った魔剣は送還する形で再度魔力に還元することもできるらしく、炎の魔剣をしまうと内側にわずかに熱が宿るのがわかった。


 そのまま再度魔剣創造を使い、新たな魔剣を取り出す。

 取り出したのは光の魔剣だ。

 この魔剣で使えるのはヒールソード、斬ったものを攻撃力分の回復を行うアクティブスキルだ。


 剣を振ってみると、何か違和感があった。

 考えながら色々と試しているうちに、その正体に辿り着く。


「炎の魔剣振ってる時と、剣に乗っ取る力が変わらんな?」


 現在振っている光の魔剣の効果は回復量アップ(小)のみ。

 けれど先ほど炎の魔剣を振るっている時と、力強さが変わらなかった。

 他の剣も使い試してみるが、やはり感触は変わらない。


「魔剣のパッシブスキルは、その魔剣を使っとらん時も常時発動したままっちゅうことか」


 それならアクティブスキルも使えるのかと試してみる。

 炎の魔剣を持ったまま、光の魔剣で使えるアクティブスキルのヒールソードを発動させようとすると……できなかった。


(なるほど、アクティブスキルを使う時はしっかり剣を使い分けなあかんねや)


 ただパッシブスキルが魔剣を出さずとも発動してくれるのは大きい。

 魔剣のレベルを上げ続けていけば、イナリの能力はますます向上するに違いない。


「それに魔剣の種類も、これから増えるはずやしね」


 ゲームの中のイナリはカウンター特化の柔剛の魔剣や、全体にスタン効果を持たせる雷の魔剣など、現在では使えないいくつもの強力な魔剣を使ってくる敵キャラだった。


 詳細な仕様はまだ不明だが、恐らく魔剣創造自体の熟練度を上げていくことで使用可能な魔剣の数も増えるのだろう。


「となると当面の目標は魔剣のレベル上げと素材集め、それに魔剣創造の熟練度上げってことになりそやね」


 脳裏に思い浮かべるのは、『コールオブマジックナイツ』のイナリ戦だ。

 呪いはいわゆるターン制のゲームであり、素早さを参照しながら自キャラにコマンドを選ぶ仕様だった。


 そんな中でイナリ戦では、ほぼ全てのターンでイナリの攻撃から始まり、しかもイナリは1ターンごとに複数回の行動ができるキャラだった。

 魔剣創造を発動させ、生み出した魔剣を使って攻撃をしてくる。

 剣で広範囲への魔法から回復まで全てをこなすため、有志が負けイベをクリアするためにかかった時間は、一時間を優に超えていたはずだ。


 自分の強みは、いくつもの魔剣のパッシブスキルを合わせることによるステータスの暴力と、どんな相手に対しても魔剣を使って対等以上に戦うことのできる応用力の高さにあるのだろう。

 完成形を知っているからこそ、そこから逆算していけば今の自分に必要なものも見えてくる。


 何せ二年しか残されていないのだ。

 自分と魔剣のレベルを上げていくためにも、のんきに学院に通っているような時間はない。

 休学……いや、最悪の場合は退学も視野に入れつつ動くべきだろう。


「とりあえず、素材探しにでも行こかな」


 ただ今できることはさほど多くない。

 イナリは王都にある店に入り、魔剣に吸わせることができる素材を確認しに行くことにした。


 王都には素材がそのまま置かれていることは少ないので、鎧や胸当てなどの加工品を試してみる形になりそうだ。


 そんな風に考えながら足取り軽く商店街へ向かおうとすると、遠くから聞き慣れた声が聞こえてくる。


「せやからやめてください言うとるやないですか」


「そんなつれねぇこと言わずによぉ」


「そうそう、そんなに時間は取らせねぇ。ちょーっと天井のシミでも数えてればすぐに終わるからよ」


 声のする方へ向かい路地裏まで辿り着くとそこには――彼の妹でありヒロインの一人であるミヤビ・サイオンジと、彼女を取り囲みながらへらへらと笑っている男達の姿があった。


(あら、おあつらえ向きなことで)


 イナリはその場で魔剣創造を発動させ、男達の方へと斬りかかることにした。

 魔剣の性能把握は、なるべく早いうちにしておきたいと思っていたのだ。

 街のゴロツキだと少々物足りなそうではあるが、試し斬りにはちょうどいい相手だろう。




 魔剣創造を使い、生み出したのは炎の魔剣。

 屋敷の中では使えなかったスキルの威力を早速試してみることにする。


「ファイアスラッシュ」


「あがあああっ!?」


 イナリが剣を振るうと同時、斬撃が炎となって男へと飛んでいく。

 飛距離はイナリが使える火魔法に若干劣る位だが、その分火力は高そうだ。

 攻撃を食らった男はあっという間に火だるまになりその場に頽れる。


「なっ、なんだよこれ、一体……ぐおっ!?」


 仲間がいきなり燃え出し、ようやく襲撃者の存在に気付いたらしい。

 イナリはそのまま剣を振るい、もう一人を剣の柄で強かに打ち付ける。


 どうやらただ剣を振るうだけでは炎は出ないようだ。

 ただ剣を持ち振るうと、その瞬間少しだけ魔剣に熱がこもる。

 

「工夫をすれば炎も出せそうや……ねっ!」


 魔法を使う時と同じ要領で魔剣に魔力を流し込むと、想像していた通りにその刀身が炎を纏った。

 魔法剣はイナリでも未だ使うことができないかなりの高等技術だが、魔剣と同じ属性のものであれば問題なく纏わせることができるらしい。


 試してみたが、風や水、土を纏わせることはできなかった。

 恐らくは属性ごとに相性があるのだろう。


(あれ、そういえば二刀流ってできるんやろか)


 試しに水の魔剣を生み出してみると、右手に握っている炎の魔剣は消えることなく残り続けていた。

 どうやら問題なくできるらしい。


 水の魔剣の方も試してみると、こちらも水を刀身に纏わせることができることが判明する。


 魔力の込め具合で水の形状も変えられるようで、薄く引き伸ばして網目を作ったり、鞭のような形で打ち付けることもできるようだ。


「ぐえっ、な……なんだこいつ!?」


「逃げろ、化け物だ!!」


「逃がさへんけどね」


 水の魔剣に纏わせる水を伸ばし、逃げ出そうとする男達をがっちりと拘束する。

 どうやら魔力を使用することで水の性質を変えることもできるらしく、トリモチのように粘性を上げて自由を奪うことに成功した。


「貴族相手に喧嘩売ったんや。命奪わないだけ、ありがたい思うてほしいけどなぁ」


 プスプスと身体から煙が出ている男に水をかけてやる。

 火傷を負っているその様子を見て、せっかくだからと光の魔剣の回復効果も試してみることにした。


「三刀流は……っと、流石にあかんみたいやね」


 二本の魔剣がある状態で新たに光の魔剣を生み出そうとすると、脳髄の内側に痛みが走った。どうやら現状同時に使える魔剣は二本までらしい。


 炎の魔剣を魔力に還元し光の魔剣を生み出す。 

 そのままヒールソードを使って男を斬りつけると、刀傷を負ったところが光り出し、傷が塞がり始める。


 既にイナリの攻撃力がある程度高いためか回復量はかなり多く、全身火傷が一度の剣撃で治ってしまった。

 一通り魔剣の効果を試し終えた時には、既に男達は全員気を失っていた。


 貴族家の令嬢を手籠めにしようとしていたのだ、本来であれば一族郎党無礼打ちでも文句は言えない。

 魔剣の実験に付き合って無罪放免なのだから、処置としてはずいぶんとマシな方だろう。


「イナリ兄ぃ、ありがとうございます~」


「ま、お兄ちゃんやからね」


 イナリがくるりと振り返ると、そこにはたおやかな笑みを浮かべた一人の少女の姿があった。


 つややかな黒髪に、各パーツが完璧に配置のされた顔立ち。

 自分と似ても似つかない大和撫子は、着ている着物の袖で上品に口元を隠していた。


 鼻腔をくすぐる金木犀のような甘やかな香りを漂わせる彼女はミヤビ・サイオンジ――『コールオブマジックナイト』のヒロインの一人であり、イナリの妹だ。


「あのままだとかわいそうやったからね……彼らの方が」


「イナリ兄ぃ、私のことなんだと思うてはりますの」


「んー……基本的にはかわいい妹や思うとるで」


 ミヤビは呪いにおけるメインヒロインであり、そのユニークスキルもかなり強力な能力なものだ。


 なのでたとえイナリが間に入らなくとも、彼女は問題なく処理していただろう。

 彼女は手加減を知らないので、五体満足で生かすことができていたのかは怪しいところではあるが。


 ――彼女はイナリの二つ下の十三才にもかかわらず、既にユニークスキル『絶対必中』を発現させている。


 どれだけ低命中率の攻撃も必ず必中するようになるという、作中屈指の強能力だ。


 彼女は既にサイオンジ家の宿痾といっていい辺境の防衛にも何度も参加しており、同じ年だった頃のイナリより高いキルレートを誇っていた。


「兄ぃ、それ……」


「うん、僕の力。ついさっき、ようやく発現したんよ」


 ミヤビがどこか呆然とした様子で、ふるふると身体を震わせる。

 彼女の視線は、イナリが握っている魔剣に固定されていた。

 彼女が俯きながらそっと袖で目元を拭うのに、イナリは気付かないふりをした。


「良かった……良かったです、兄ぃ」


 少しだけ目を赤くしたミヤビが、イナリに抱きついてくる。

 抱き留めてやると、その身体はびっくりするほどに軽かった。


 彼女はユニークスキル持ちで戦闘能力があるとはいえ、まだ十三才――前世で言えば中学一年生の未成年として扱われるような年齢なのだと、今更のように気付く。


(僕は……焦ってたのかもしれんなぁ)


 自分より小さな身体に強力な力を宿すミヤビ。

 小刻みに震える彼女の背中を、イナリは優しく、撫でるように叩いた。


 ――強さこそが正義であるサイオンジ家において、ミヤビが自分を超えることはそのまま、自分の嫡子の立場が揺らぐことを意味する。


 イナリにとってミヤビはかわいい妹ではあったが、同時に自分の潜在的なライバルでもあったのだ。

 そのため小さい頃から兄ぃ兄ぃとひな鳥のようについてきていたミヤビに対し、最近は邪険にすることも多かった。


 イナリは後ろから追いかけられることに対し、焦りを覚えていた。

 そのせいで視野が狭くなり自分と他人を共に追い込んだ結果が、あの煽り厨キャラだったのだろう。


 ミヤビはイナリがユニークスキルを手に入れて強くなったことを、これほど喜んでくれているというのに。

 自分はなんと了見の狭い男だったのだろうか。


「ごめんなぁ、ミヤビ。今まであんまり優しゅうできんで」


「いいんです、兄ぃが自分にも他人にも厳しい人ってこと、私はちゃんとわかっとりますから」


「ん、でもとりあえずこれからミヤビだけは甘やかそかな」


「えっ……」


 壊れ物に触るように、優しく頭を撫でる。

 手ぐしでかきわけるミヤビの髪は、滑らかな絹のようだった。


「は、恥ずかしいです……堪忍してください……」


 顔を真っ赤にしながらミヤビをもてあそび十分楽しんでから解放してやる。

 そのまま別れようとすると、彼女はスッとイナリの服の裾を引っ張った。


「ついてったら、ダメですか?」


「ん、別にええよ。あんまり面白ぅないやろけどな」


「いいんです……兄ぃと一緒にいれば、何やっても面白いですし」


 ゲームでは明らかになっていなかった事実だが、彼女とイナリは実は血が繋がっていない。


 ミヤビはその将来性を惚れ込んだ当主ゴウク・サイオンジが在野から拾い上げた養子だからだ。

 そのためミヤビは実家で常に肩身の狭い思いをし続けることが多かったと記憶している。


(鬱屈とした状態で勇者に会えば、惚れてまう理由もわかるからなぁ)


 原作通りにミヤビとリオスをくっつけようとするのなら、何もせず見て見ぬふりをして、キツい態度を取り続けた方がいいのだろう。


 けれどこうして自分に笑いかけてくれるミヤビのことを見てしまえば、そんなことはできるはずもない。


(かわいい妹をどこの馬の骨かもわからん勇者にやるのも癪やし……リオスには他のヒロインを選んでもらえばええやろ)


 ミヤビ以外にもヒロインは何人もいる。

 勇者には他の子とくっついてもらえばいいだろう。

 そのせいでミヤビの隠されたユニークスキルが発現しないのは少し困るが、そのロックを外す方法ならイナリが知っている。


 イナリはにこにこと笑いながらついてくるミヤビに笑いかけながら、そのまま防具屋へと向かうのだった――。












 金に飽かせて防具屋を巡り、吸収できそうな素材を片っ端から買っていった次の日。

 イナリはあらかじめアポを取り、屋敷の執務室で父と顔を合わせていた。


「退学したいというのは、本当か」


 イナリがアポを取った理由は、学院の退学願を出すためだった。

 彼は既に学院に拘泥するつもりはなかった。

 勇者を正面から叩き潰せるほどに強くなるには、色々と制限の多い学院生としての身分は邪魔でしかない。


「あれほど学院に入るのを楽しみにしていただろう?」


「ええ、けどここに来てちょっと事情が変わったんです」


 父であるゴウク・サイオンジはイナリと違い、随分と寡黙な男だった。

 二メートルを超える体躯には筋肉がギチギチに敷き詰められており、見ているだけで思わず息をのむほどの威圧感がある。


 ゴウクが得意とするのは体外に放出するのではなく、体内に押しとどめる魔法。


 身体強化と呼ばれる無属性魔法を得意としており、圧倒的な魔力によって強化された肉体は、ワイバーンの首を素手でへし折るほどのパワーがある。


 人外の膂力で振るわれる大剣によってやってくる魔物達を叩き切る、生粋のパワーファイターだった。


 その武威は国内外に轟いており、ウェルドナ王国が侵略戦争を行われていないのには彼と彼が手塩にかけて育てた領軍がにらみを利かせていることも大きい。


「学院にいちゃ間に合いません。僕は今すぐ強うなりたいんです」


「学生の本分は勉強だ。それに……途中で退学すれば、お前の経歴に傷が残る」


 サイオンジ家の持つ領地である東部のエイジャ地方はエセ関西弁のような方言があるのだが、ゴウクは戦場では回りくどい言葉を話す余裕はないと、常に王国の共通語を話す男だった。


 彼は人を射殺せるほどの眼光でイナリを見つめる。

 記憶を取り戻す前のイナリは、父のことが苦手だった。


 睨み付けるようなキツい眼光を見て内心で萎縮し、父とはなるべく距離を取るようにしていたのだ。


 けれど前世の記憶を取り戻した彼には、父のことが以前よりずっと良く見えていた。

 だからその眼差しの中にある、注意していなければ見過ごしてしまう優しさに、今のイナリは気付くことができた。


「経歴なんて関係あらへん。そもそもエイジャに籠もってれば、誰から何言われようが気になりまへんし」


 サイオンジ家は家格としては伯爵であり、魔物の生息する魔境と接しているために辺境伯としていくつか特別な権限を有している。


 伯爵家の中で頭一つ飛び出た辺境伯家の嫡子が、入った学院を一年も経たずに退学する。

 それは間違いなく醜聞となるだろう。


 ただエイジャは未だに強い訛りが残っていることからもわかるように、王国の中でも特に自立心が強い。

 距離が離れていることもあり、王都周りで何を言われようが、領地に戻ればその声がイナリ本人の耳に届くことはない。


(しっかし……言葉足らずやなぁ、ほんまに)


 先ほどの言葉を思い返してみる。

 ゴウクはサイオンジ家の看板に傷つくことを気にしているのではない。

 イナリに傷がつくことを気にしているのだ。


 そのわかりづらい優しさ、不器用な思いやりに、思わずくっくっと喉の奥から笑いがこぼれてくる。


「それに……退学したとしてもそれを覆すほどの結果を出せばええだけとちゃいます?」


「それは……確かにそうだが。だがミヤビのこともある。退学ではなく休学という扱いにしておけ」


「まあその辺りが妥当でしょうね」


 魔法学院は貴族の子弟が通う関係上、いくつかの特例が許されている。

 そのうちの一つが、従軍を行う際の休学制度だ。


 この制度を使えば領軍で魔物と戦うという名目で、イナリは好きなタイミングで学院に通い直すことができるようになる。


 勇者リオスの動向を追っておくためにも、二年間休学して力をつけてから、再び一年として学院に通うのはアリだろう。


 話も終わったので、イナリはそのまま部屋を後にしようとする。

 けど途中でふと思い立ち、父の方へ向き直った。


「父さん、おおきに。父さんの不器用な優しさに、僕もミヤビも救われてます」


「……そうか」


 ゴウクはぷいっと顔を背ける。

 こちらから見えなくなったので、どんな顔をしているのかはわからなかった。


「……不器用は、余計だ」


 ただその声音は、いつもより少し明るいように聞こえたのだった――。












 休学の手続きは二週間ほどで終わった。

 王都でできることも一通り終わり、魔剣にも素材をある程度吸わせることができた。

 どうやら吸収できる素材は概ね魔物の属性によって決まるらしく、火を噴く魔物は炎の魔剣、水棲の魔物は水の魔剣が吸収することができた。

 光の魔剣と闇の魔剣に関しては吸わせることのできる素材が不明なままだが、領地に戻り魔物相手に戦っていけば、そのあたりもいずれ明らかになるだろう。


「私もすぐに行きますからね、兄ぃ!」


「期待せんで待っとくよ」


 前日のうちにミヤビとの別れも済ませている。

 どうやらせっかく王都で家庭教師相手に勉強を教えてもらっているのに、わざわざ領地に戻ってくるつもりのようだ。


 ちなみに父のゴウクはというと、何も言わずに領地に帰っていた。

 恐らく、既に領地で魔物と戦っていることだろう。

 置き手紙も何も残していないのが、いかにもゴウクらしかった。



 休学届を出しに学院に行けば、受理は問題なく行うことができた。

 領地を守るために魔物相手に戦うと言われれば、学院側も断れないのだろう。


 イナリのような人間も少なくないからか、手続きはかなりスムーズに終わった。

 表に待たせている馬車に乗り込むべく、ゆっくりと歩き出すイナリ。


 今の彼が着ているのは学院の制服ではなく、エイジャで貴人にのみ着ることが許されている羽織袴だった。


 現代人の感覚としては動きづらいことこの上ないが、辺境伯家の嫡男としては格好をつけなければいけないので、領地に戻るまではこの格好でいくつもりだ。


(とりあえず二年間の間に、最終戦で使えるようになっていた魔剣を全て解放して、今ある魔剣のレベルも最大まで上げておきたいところ……)


「あ、あのっ、イナリ君!」


 領地に戻ってからのあれこれを想像していると、後ろから声がかかる。

 振り返ればそこには、記憶を取り戻した時に自分が厳しい言葉を吐いた、少女の姿があった。


「わ、私……騎士科に転入することにしたの! 先生達も私にはそっちの方が向いてるだろうって!」


「ほか、それは良かったね」


 イナリはそれだけ言うと、馬車への歩みを再開させる。

 そっけない言葉に少女がうなだれる。

 だが彼女が下げた頭の上から、言葉が振りかかってくる。


「ウェンディ……やったっけ? 精進しなや。僕が帰ってきた時にもそない腑抜けてたら、今度こそ容赦せぇへんからな」


 厳しさの中にほんの少し優しさの混じった、父親譲りに似て真意のわかりづらい、イナリの言葉が。


 少女――ウェンディはハッと顔を上げる。

 彼女はイナリが乗り込んだ馬車を見ると、今度は以前とは違い、すぐに踵を返して学院へと戻っていった。


 そしてただじっとしているだけの時間がもったいないと、鼻息荒く校庭で素振りを始めた。


 己の才能を使う場所を見つけたウェンディが騎士科のエースとして将来を嘱望され、仕える主は既に決めているとその誘いを全て断るのは、もう少しだけ先の話である……。

好評につき連載版をはじめました!

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