ワケあり4人目③
「……なのがわかっているのか!」
シスターオルフェの微笑ましい光景に癒されていたら、神父のものとはまた違う、男性の怒号が礼拝堂側から漏れ聞こえてきた。
さすが、ボロボロなだけあって防音もガバガバだ。
細かい内容までは聞き取れないが、来客がお怒りなのだけはよくわかる。
「神父さんに任せて大丈夫なんですか?」
「わかりません」
このままここにいていいのだろうか、と問うてみれば、シスターも困惑している様子。
まあ、一介のシスターっぽいしな。
重要な判断ができるほどじゃないか。
「……足音?」
ドスドスと、大きく踏み鳴らすような足音がこちらへと近付いてくる。
まさかな、と思った時には、シスターは部屋を飛び出していた。
このまま放っておくと後悔する、と直感が訴えたので、俺も少し遅れて彼女の後を追う。
「貴様は奴隷落ちだ!」
「奴隷に落とすというのなら、シスターオルフェではなくこの私を! あの子はまだ若いんです!」
俺が礼拝堂へ繋がる通路に出る頃には、もう事態が動いていた。
下卑た笑みを浮かべる太った神官服の男と、その男にしがみつくようにして懇願する神父、奴隷の首輪をかけられ、俯いているシスターオルフェ、そして先ほどの少年の首にナイフを突き付ける男、奴隷商であろう男。
見ただけで、何となく状況は読めてしまう。
「貴様のような男を奴隷に落とした所で価値などあるものか!」
縋り付く神父を振り払い、蹴飛ばしてから、太った神官服の男は欲望に滾った視線をシスターオルフェに向ける。
これに介入するのは、面倒になるなーと思いつつも、ここで見ないフリはできない。
みんなすまん。
多分みんなにも面倒かけるけど、俺の部下になった以上は我慢してくれ。
「穏やかな状況じゃないな」
わざと目立つように声を上げると、俯くシスターオルフェ以外の人物の目線が、一斉に俺を向く。
全くの部外者だからか、神父と少年以外は強く警戒の色を見せている。
「何者だ? 身なりからして平民ではないようだが」
太った神官服の男が、俺を詰問する。
どう答えたものか、と少し思案しつつ、無詠唱で雷の魔術を行使。
少年にナイフを突き付けていた男が、うわっ、と声を上げ、拘束を緩めた瞬間に、少年は素早く抜け出した。
よし、とりあえずはこれで少年が人質に取られる事は無いだろう。
「名乗るほどの者じゃないが、この国の貴族、とだけは言っておこう」
「貴族のガキが、こんな所で何をしている!」
「それをアンタに語る必要があるとも思えないな」
俺の態度に腹を立てたのか、太った神官服の男に青筋が浮かぶ。
とはいえ、立ち振る舞いからして特に荒事に慣れている風でもないし、護衛であろう男も俺が魔術を使った所に気付けていない辺り、大した実力は無いだろう。
奴隷商も戦力としては数えられないだろうし、武力的なものを恐れる必要はない。
「木っ端貴族如きが、この私を侮辱するか! 後悔するぞ!」
「はいはい、三下は黙ってどうぞ。そっちの奴隷商、今回の件でいくら積まれた?」
太った神官服の男を無視しつつ、奴隷商の方に話題を振れば、俺を品定めするように眺めてくる。
太った神官服の男は何やら喚いているが、相手にするだけ無駄なので意識の外に追い出しておく。
「……金貨で500枚だ。それがどうした?」
俺から何かを感じ取ったのか、奴隷商の男が提示したのは金貨500枚。
白金貨にして5枚とは、また随分と金を積んだものだ。
まあ、そのくらいならこの場で払えるな。
どうせ、違法な事してる奴隷商だから訴えれば返ってくるし。
「これであのシスターを売ってくれ」
そう言って、俺は白金貨10枚を奴隷商の手に渡す。
金貨にして1000枚、要するにあの太った神官服の男の倍の額だ。
「わかった。金払いのいい客は大歓迎だ」
「貴様! 勝手に話を進めるんじゃない!」
白金貨10枚を手にした男は、太った神官服の男を無視してあっさりと俺に奴隷契約の主を譲渡した。
ついでにもう1枚の白金貨を奴隷商へ放り、首輪を外すように言えば、それもすぐに対応してくれる。
太った神官服の男は血管がブチ切れんばかりに怒り狂っているが、この場の誰も相手にしていない。
もはや哀れですらあるな。
「この場で白金貨20枚を出せるなら、アンタに戻してやる」
太った神官服の男に白金貨5枚を突き付け、俺の倍額を即金で出してみろ、と奴隷商が言えば、ぐぬぬ、と歯噛みをした太った神官服の男は、どうやら持ち合わせが無いようだった。
ふう、これでポンと倍額出されたら、たまったもんじゃないぞ。
「じゃ、そういう事で」
話は済んだ、と奴隷商は足早に去っていく。
うーん、見事なまでに堂々と逃げたな。
ああして危機管理ができているから、あの奴隷商は危ない橋を渡っているのだろう。
まあ、今回に関してはお縄に付く事になるんですけどね。
「ええい、シスター以外皆殺しにしてしまえ!」
「やれるもんならやってみろよ、三下」
護衛であろう男に、俺たちを殺してしまえと指示を出したのも束の間、太った神官服の男の周囲を、ぐるりと俺の魔術が取り囲む。
何かすれば、わかっているだろうな?
そう無言で護衛であろう男を脅してみれば、彼はすぐに両手を上げて降参の意を示す。
「わ、私を脅して、タダで済むと思っているのか?」
少し顔を青ざめさせつつも、太った神官服の男の小物ムーブは止まらない。
やれやれ、こいつに付き合うのも面倒だな。
少し寝てもらうか。
「三下は黙って帰れよ鬱陶しい」
かなり手加減して雷の魔術を放ち、ビリビリと痺れさせてやると、あっさりと太った神官服の男は気絶した。
すっかりこの光景に気圧されたのか、護衛らしき男は黙ったままでこちらの様子を伺っている。
どこか、命乞いをしているようにも見えるが、いてもらっても邪魔なだけなんだよな。
「俺の気が変わらないうちに、そのデブを連れてとっとと帰れ」
「は、はいいいい!」
護衛らしき男は怯えた表情で、太った神官服の男を引きずりながら帰っていく。
とりあえず、これで邪魔者は消えたか。
「詳しい事情を聞いても?」
状況を呑み込めていないのか、ただただ圧倒されているのか、神父を始めとした、この場に残る面子は誰も言葉を発しない。
やれやれ、長引くと怒られるだけだから、できればサッサと帰りたいんだけどな。
とはいえ、あの奴隷商もとっとと手配しないと逃げられてしまうし、自分が怒られる事に関してはもう、諦めるとするか。
「……この住所に行って、人を呼んできてくれ。この紙を渡してハイトに頼まれたと言えば、動いてくれるはずだ」
とりあえず、自分はどうすればいいのだろう、とオタオタしている少年に、簡単なメモを走り書きして渡す。
渡してから、そういえば文字を読めるのだろうか、と思ってしまったが、幸いにも少年は無言で頷いて走り出した。
「ちゃんと大きい道を通っていくんだぞー! また悪い大人に捕まるからなー!」
走り出した少年へ、人目に付く場所を移動するように声掛けをすると、わかったー、と元気な返事が返ってきたので、とりあえずは任せて大丈夫そうだ。
やはり子供は元気が一番だな。
そんな益体もない事を考えつつ、この後に控えている面倒なイベントから現実逃避をするのだった。




