ワケあり3人目㉒
「……わからない」
深夜の会談から夜が明けて翌日。
午前中のうちに調査の残りを済ませ、プロテに挨拶をしてから俺たちは竜人族の里を後にした。
御者台で馬を走らせながら、ちらりと後ろの座席を見れば、ジェーンとそのご両親が眠っている。
昨日はあれから家族でしばらく話をしていたようで、ほとんど寝ていなかったのだろう。
それ単体で見れば、心温まるエピソードのはずなのに、いまいち俺の心は晴れない。
昨日、プロテが殺した竜人族の女性、殺すしかないと判断していたとしても、あのように放り捨てるような真似をするだろうか?
疑れば、彼の行動が怪しく見えてくる。
女性を殺した後の震えた手、悲しそうな笑顔。
あれは、演技ではないのだろうか?
そんな思想に行き着く自分の性格の悪さに嫌気が差す。
「どうかした?」
馬を走らせるのに最低限の意識配分をしながら、思考の海に潜っていた俺は、不意に後ろからかかった声にビクリとしてしまう。
振り返ってみれば、そこには馬車内から御者台に顔を出しているカナエの姿。
「いや、我ながら性格が悪いと思ってな」
昨日のプロテの行動に、何かの違和感を感じた事をかいつまんで話す。
カナエは特に口を挟む事無く、黙って聞いていたが、事のあらましを説明し終えると、一つ頷く。
「ハイトの感覚、あながち間違いでもないかも」
「……どういう事だ?」
カナエの発言に、思わず聞き返してしまったが、すぐに返事は返ってこない。
彼女の方はといえば、何かを考えるような素振りをしている。
自分の感覚的な部分を説明するための言葉を探しているのかもしれないな。
「……上手く言えないけど、あの里の空気は良くなかった。悪意は無かったけど……空気が、澱んでる?」
空気が澱んでる、か。
言わば、雰囲気が悪い?
確かに、里ではついぞ人っ子1人見る事は無かったわけだが、それは外部の人間が入り込んでいるから、そういう通告を出していた……いや、待てよ?
「隠れ里からは脱却したい、とか言ってたな。だったら、住民を隠す必要性は無いような……」
これに関しては、まだ完全に里を開く準備ができる前に俺たちが来てしまった、という理由であればギリギリ納得はできなくもない。
それが正しい理由かは置いておいて、という前提が付くが。
「少なくとも、私たちに向けた悪意は無かった。それは本当」
悪意やら殺意があれば、カナエが反応するはずだ。
あの夜の歓待の宴も、カナエは近くにいたが、特に行動を起こす事は無かった。
……ますますわからないな。
昨日のあれは演技じゃなくて、本心?
いや、深い所まで穿って見るのなら、俺の保護させたジェーンのご両親が罠、という事も考えられる。
考えすぎ、と言われればその通りでしかないのだが。
「……あー、やめだやめだ。わからない事ばっか考えてもしょうがない」
1人で考えて結論が出るわけでもなく、ただ時間を浪費するだけなので、この時間で陛下に上げる報告の内容を纏めるか。
まあ、里の規模とかは見たそのまんまを伝えればいいとして。
プロテとか、闇奴隷商の事はどう伝えよう。
陛下ならある程度は抽象的な報告を上げる事になっても、そこから必要な情報を抽出するだろうけど、ノイズは少ない方がいい。
とはいえ、確実な情報は乏しいし、どうしても想像で話をしないといけない部分も多くなる。
悩ましい限りだ。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど大丈夫だ」
俺が頭を悩ませているのに気付いたのか、カナエが声をかけてくるものの、結局の所は彼女にこの問題を考えろと言っても、答えが出るわけでもない。
結局の所、俺が自分で答えを出すしかないのだ。
帰ってからシャルロットに相談する、という手段も無くはないが、ちょっと危ない橋になる。
彼女が変な陰謀に巻き込まれるよりは、俺が面倒を背負う方がマシだろう。
シャルロットは、もう充分に辛い思いをしたはずだ。
これからは生涯幸せに生きたって、バチは当たるまい。
「もう、開き直って陛下に丸投げしよう。うん、そうしよう。どうせ今の俺の力じゃどうにもならん」
どうせ、陛下は俺をこれから貴族として使うつもり満々なんだ。
それなら、俺も陛下を上司としてこき使ってやろう。
別に理不尽を言うつもりはない。
今の俺の実力じゃ無理なものを、より力のある陛下に丸投げするだけ。
その後、調査するか静観するか、判断するのは陛下だ。
まあ、今は国の運営が忙しすぎて余力が無いと言っていたので、最低限の監視に留めるだろうけど。
…
……
………
「……で、この報告か」
「これ以上、俺にはどうしようもないですよ?」
特に帰り道でトラブルも無く、俺は帰還した足でそのまま王城へと報告に上がっていた。
いつも通りに陛下の執務室に通され、そこで陛下に報告をする、いつもの光景だ。
ただ、今回は前回と同じように黒装束の王妃様がいるが。
「リベルヤ男爵を調べに行かせて正解でしたね」
隠す事なく嫌な顔をする陛下とは対照的に、王妃様は楽しげな声を上げながら使用人の淹れた紅茶を飲む。
どうも、このお二方は指揮系統の違う独自の勢力を持っているようで、必要な事は共有しつつも、そうでない情報は共有していない部分もあるようだ。
あくまで表の権力者は陛下で、王妃様はそれを支えるような体制ではあるようだが。
「残りはこちらで引継ぎましょう。とはいえ、本格的な調査は難しいですが。可能であれば、手の者を潜り込ませて、それが難しいようなら監視に留める形にします」
「イライザ、最近イキイキしておるな?」
陛下が王妃様の名を呼んで、げんなりとした顔をする。
声に感情が乗っていない、カナエと似たタイプだと思っていたが、やはりそうらしい。
付き合いの長さゆえか、陛下は王妃様の感情がわかるようだが。
「子供たちもある程度手を離れましたから。私も思うままに動けるというものです」
「余はお前に安穏とした人生を送ってほしいのだがなあ」
「あなたが引退したら私も引退しますよ。そうなれば、2人でゆっくりと余生を過ごしましょう」
できれば家庭に入ってほしい旦那と働きたい妻の図、って感じだな。
まあ、多少の意見の相違はあれど、子供たちにもちゃんと愛を注いでいるようだし、夫婦仲はいいようで何よりである。
「時にリベルヤ男爵、うちの娘を嫁にどうかと以前聞きましたが、いっその事、全員嫁にする気はありませんか?」
いきなりの王妃様からの不意打ちに、俺は口に含んでいた紅茶を噴き出した。
「げほっ、げほっ……冗談、ではなさそうですが、いきなりはやめて下さい。心臓に悪いです」
「はっはっは、いつの間にかイライザに随分と気に入られたな」
王妃様は娘を全員嫁に、とか言ってるけど、陛下もまんざらでもなさそうだ。
むしろ、陛下の事だから娘はやらんぞ、って言うと思ってたけど。
「どこぞの国へ人質紛いに嫁に出すくらいなら、お前に娘を3人共貰ってもらった方が全然いい。その方が間違いなく娘たちも幸せになるだろうよ」
「3人とも性格も適正も全然違いますから、飽きる事も無いでしょう。それに、あなたの話を聞いた娘たちは、結構乗り気なんですよ?」
「その話は今は置いておきましょう。そこまで考える余裕はちょっと無いので」
前に3人の娘のうち誰かを嫁に、という話をされたが、今回は3人とも嫁に、である。
しかも、ご両親共にノリノリ。
こんなに軽いノリで1人の男に娘を全員嫁がせようとする王族が今までにいただろうか?
いや、いるはずがない。
いてたまるか。
「近いうちに、パーティーを開きますから、そこで顔合わせをしましょう」
「そうさな。年齢的にハイトも社交パーティーにデビューする頃合いだ。ちょうどいい」
いやもうマジで勘弁してくれませんか?
顔や言動こそにこやかだけど、絶対に逃がさん、というお2人の念を感じる。
正直な話、この国最強のコンビにタッグを組まれたら、俺のような弱小貴族に逃げ場は無いわけで。
「都合良く仕事で出席できないといいですね」
「はっはっは、余の娘たちの将来がかかっているのに、そこに仕事を被せるわけがないだろう」
冗談交じりに勘弁してくれ、と訴えたら、割とガチめに逃さんぞ、と言われてしまった。
どうやら、俺の想像以上に本気で縁談を進めようとしてるっぽい。
王族から嫁を貰うだけでも色々と大変そうなのに、それが3人って……。
どう考えても尻に敷かれるどころの話じゃない。
いや、待てよ?
いっそ顔合わせの際にワザと失態を演じて、姫さまたちを失望させれば回避できるんじゃないか?
やりすぎると、王妃様に殺されかねないけど、そこは匙加減を気を付けるという事で。
よし、そうしよう。
そんな情けない心構えをしつつ、俺は今回の件の報告を終えたのだった。
モンハンワイルズ楽しいいいいいいい!
ちょっと更新頻度落ちるかもしれませんが、なるべく落とさないようガンバリマス。




