ワケあり3人目㉑
「いやー、笑った笑った」
「こんなに笑ったのは何年振りだろうか」
「おい、いい加減に事情を話してくれ。こちとら話が全くわからねえんだが?」
ひとしきり笑い転げた後、若干殺意すら滲ませたジェーンの圧で、ようやく話の軌道修正が行われた。
まあ、ここからは俺とプロテの認識の擦り合わせになるだろうか。
「悪い悪い。とりあえず、話を進めるか。ええと、確認になりますが、プロテさん。あなたはジェーンを救うために奴隷として売り飛ばした。そうですね?」
俺の確認に対して、プロテはしっかりと頷く。
「ああ、そうだ。彼女のご両親に請われた」
「は? オヤジとオフクロが、あたしを……?」
プロテの口から語られた事実に、ジェーンは困惑を隠せないようだ。
普通は、両親から奴隷に売られた、なんて言われたら困惑どころか呆然とするだろうな。
しかも今回は彼女を救うための行動だった、というのも普通は考えない内容だ。
「ご本人から説明してもらった方が早いかな。少し待っていてほしい」
そう言って、プロテは近くにある霊廟へと入っていき、程なくして2人の竜人族の男女を連れて戻ってきた。
連れて来られた男性の方は、2本あるうちの片方の角が無い。
彼があの角の持ち主なのだろう。
「オヤジ、オフクロ……」
「ジェーン、辛い想いをさせてすまなかった。お前の命を救うためとはいえ、親としてあるまじき事をした」
「いいよっ、こうして再会できたんだから……」
ジェーンに頭を下げた父親に対し、彼女は即座に距離を詰めて、抱擁を交わす。
横から母親も混ざり、親子3人で泣く。
感動の再開、というやつなんだろうな。
「ジェーンのご両親は、プロテさんが保護を?」
「ああ。彼ら2人はどうにか隠せたが、ジェーンだけは敵の手に落ちてしまっていたからね。ヤツらの目を盗んで、通りすがりの奴隷商に売るのが精一杯だったよ」
通りすがりの奴隷商、ね。
ジェーンを俺に託そうとした、あの奴隷商か。
彼にたまたまジェーンを売ったのか、その行きずりの奴隷商からあの店にジェーンが売られたのかは定かじゃないが、こうして家族が再会できたのもまた、めぐり合わせというものだろう。
「敵……ですか」
「ああ。ヤツら組織の全容はわからないが、悪質な闇奴隷商だという事は間違いない」
感動の再会をしている家族の横で、俺とプロテは敵について話し合う。
「そもそもの始まりは、闇奴隷商に長候補の1人が買収された事だ。対立候補となるジェーンの存在を消しつつ、己の懐を潤そうとしていたよ。僕も長候補の1人ではあったけれど、たまたま難を逃れた。ジェーンが姿を消してから3日目に、見慣れない人物が里にいるのをたまたま見かけて、興味本位で後を追ったらジェーンを発見できたんだ」
「長候補が買収、ですか」
「まあ、闇奴隷商側としては竜人族の子供を横流ししてくれれば、誰でも良かったようだけどね。ジェーンを見つけた場所が、里に1番近い人間の町の近くだったから、そこで彼女を売ったんだ。ちょうど町を発つ奴隷商だったから、そこから足取りを掴めなかったんだろう。闇奴隷商の恨みを買って、買収された長候補は消された。それから、ジェーンのご両親に闇奴隷商から脅迫が届くようになって、僕が長になったタイミングで2人を保護した、というのが大まかなあらすじだね」
なるほど、時系列の細かい状況はわからないが、パッと見ではプロテは20代半ばといった所だろうから、見立て通りなら当時15歳前後か。
少なくとも、それなりに動ける年齢ではあるし、あながち嘘ってわけでもなさそうだ。
そんで、俺の来訪に際して、ジェーンの安否が気になったから、一計を案じた、と。
「私にジェーンの存在を感じる事がありましたでしょうか?」
「それについては勘、と言わざるを得ないね。闇奴隷商の影響力を落とすために、隠れ里を開いたタイミングで、たまたま君という来訪者があった。何かの縁があるように感じたのさ」
勘だった、と言われてしまっては、危機回避もへったくれもあったもんじゃない。
まあ、今の所はこうしていい方向に話は進んでいるから、いいんだけどさ。
「わざわざこうして深夜に呼び出したのは?」
「あまり人間の身分に詳しくはないけれど、貴族というからには、ジェーンの両親の保護を任せられないかと思ってね。僕だけの力ではこのまま彼らを保護し続けるのは難しい。里を開いた事で、闇奴隷商は少し手を出しにくくなったようだけど、里にはヤツらに買収されて手を貸している者がまだ存在する。だから、こうして人目を忍んている、というわけさ」
彼の話を全面的に信用するのなら、このままジェーンのご両親を一緒に連れ帰ればいいだろう。
ただ、手持ちの情報が少なすぎて、どこまでを信用すべきか悩む。
これが仮に、ジェーンのご両親を利用してのリアムルド王国に対する工作だとしたら。
俺はわざわざ自分で敵を自分の身近に迎え入れる事になる。
言ってしまえば、出来すぎている……ようにも感じられてしまう。
「ふふ、悩んでいるようだね。けれど、その慎重さはいい事だよ……っ!」
不意に、プロテが動きを見せた。
俺は反射でルナスヴェートを抜き放つも、彼は俺を通り過ぎて、その後ろへと突っ込んだ。
すると、がはっ、という苦しそうな女性の声が聞こえたので、俺は慌てて背後を振り返る。
「気付かれたね」
そこには、右手で女性の竜人族の首を掴み、持ち上げているプロテの姿が。
首を掴まれている女性は、息ができなくなっているのだろう。
もがくように暴れているが、拘束が緩む事は無く、徐々に動きが弱くなっていく。
見覚えがあるような気がしていたが、思い出した。
歓待の宴の時に、プロテの横に侍っていた女性の1人だ。
ほぼプロテ専属のような動きをしていたはず。
「悲しいよ。君もヤツらの毒牙にかかったんだね」
ゴキン、と鈍い音がして、女性の首が変な方向に曲がる。
プロテが握力だけで首を折ったのがわかり、思わず身構えてしまう。
「殺さなくても……」
「どのみち闇奴隷商に堕ちた以上、長くないさ。ここで死ぬか、僕に見つかった責任を取らされて消されるか、数時間しか変わらないよ」
首を折った女性をそのまま放り捨てると、プロテは悲しそうに笑う。
女性の首を握り潰した右手が、僅かに震えている。
「ヤツらに消されて、遺体も返ってこないよりは、ご先祖様たちの元に還った方が、彼女も浮かばれるさ」
「……わかりました。あなたを信用します」
同胞を手にかけ、悲しそうに笑う彼の覚悟に、俺はひとまず信用を置く。
少なくとも、生半可な覚悟ではないという事が、彼の言動から伝わってくるからだ。
「ありがとう」
俺が彼を信用する、と発言したのに安堵したのか、へにゃりと笑う。
もしかすると、1人でここに来たのは、プロテにとっては一世一代の博打だったのかもしれない。
「何か、私に手伝える事はありますか?」
「ジェーンとご両親を連れて、速やかに帰ってもらえると助かるかな。少なくとも、ここよりは君の側の方が安全だろう」
「……わかりました。朝には発ちます」
何か手伝える事は無いか、と問うてから、彼の瞳の奥に宿る、決意の強さに気付く。
里の長として、同胞たちを導こうという、気概を感じる。
そんな彼に対して、俺はただ足手纏いにならないように動くしかないと思い知らされたような気がするな。
とはいえ、俺自身が何もできなくとも、やれる事はあるはずだ。
少なくとも、陛下にこの里に闇奴隷商の手がかりがあるかもしれない、と進言する事はできる。
「陛下には、闇奴隷商の痕跡を追えるかもしれない、と報告を上げます。かなり大きい規模で闇奴隷商は暗躍しているようですから、人手はあって困らないでしょうし」
「期待はしないでおくよ。こんな辺鄙な里に、わざわざ国が動くとも思えないからね。それじゃ、ジェーンとご両親は、頼んだよ」
最後に微笑みを浮かべて、プロテは先に山を下って行った。
これから、里に戻って動くのだろう。
「ハイト、オヤジとオフクロは……」
「一緒に連れて行く。朝には出発したい。急ぐぞ」
このまま里に留まるわけにはいかなくなったのだ。
少なくとも、俺たちが残ればプロテの足を引っ張るのは間違いない。
であれば、今の俺たちができる最大限の援護は、速やかにこの里を去る事だけ。
俺とプロテの会話を何となくは聞いていたのか、ジェーン一家は素直に言う事を聞いてくれたのだった。
誤字報告いただき、誠にありがとうございます。
気を付けてはいるんですが、結構あるものですねえ……(遠い目)
とりあえず現状頂いた誤字報告の部分は修正対応済みです。




