ワケあり3人目⑳
「上手く抜け出せたな」
山の中で、迷彩の魔術を解く。
一緒に来ているジェーンも近くにいるので、とりあえずは問題なし。
とはいえ、俺とジェーンが山に入るのにも、一悶着あった。
………
……
…
「隠密行動になるだろうから、俺一人で行ってくる」
「それはダメ」
手紙を発見して、その内容を共有した上で、俺が一番動きやすい状況を想定しての判断だったのだが、すげなくカナエから却下の意見。
多くを語らずとも、一緒に行くという意志に満ち溢れていた。
「けど、仮に門番が訪ねてきたら、ジェーンの存在がバレる。少なくとも俺かカナエは残ってないと誤魔化しが効かないんだ。けど、待ち合わせに俺がいかないわけにはいかない」
「だったら、ジェーンを連れて行って」
カナエからすれば、俺の1人行動は許さん、という事らしい。
ジェーンを連れて行くのもナシではないんだが、果たして彼女が我慢できるのかどうか……。
「足手纏いになるつもりはねえぞ。だからあたしも連れてけ」
チャンスを得たとばかりに、ジェーンも必死にアピールをしてくる。
別に、護衛というか、戦力としての心配は欠片もしてないんだよなあ。
今回に関しては、感情を爆発させて暴走しないかだけが心配なだけなんだよ。
「……何があっても、俺の許可なく発言しない。俺の許可なく武器を抜かない。俺の言う事を絶対聞く。この3つが守れるか?」
カナエはジェーンを連れて行かないと納得しないだろうし、ジェーンも行く気満々だしで、このまま連れて行かない理由を探すよりも、ジェーンをガチガチに縛って大人しくさせておく方がいい気がしてきたな。
俺がついてくるのに条件を付けると、ジェーンは一瞬躊躇うものの、無言で頷く。
まあ、いいか。
ちなみに、前の解呪の時に実は奴隷契約が切れてるんだけど、本人はまだそのままだと思っていたりする。
違法奴隷印と一緒に、正規の奴隷契約も消えちゃったんだよな。
とはいえ、俺の元で働いてくれるのであれば、奴隷契約の有無はどうでもいい。
一応、雇用契約そのものは結んでるしね。
「よし、それなら行くぞ」
念のため、完全武装状態で俺たちは迷彩魔術をかけた上で、カナエが軽く身体を解すために馬車の外に出たように見せかけているうちに、里を迂回して山に入っていった。
…
……
………
「ちなみに、山の頂上には何かあるのか?」
暗視の魔術で視界を確保しつつ、山の中を歩いていく中で、気になった事をジェーンに聞いてみる。
「山の頂上にあるのは、同胞たちの眠る霊廟だ。代々の里長は、管理を任される」
なるほど、共同墓地みたいな感じなのね。
……ちょっと待て、深夜に墓地に行くって、何か幽霊出るフラグビンビンなんだけど。
幽霊が怖いとかはないけど、単純に面倒が増える疑惑があるんだが。
まあ、いざとなったら敵は蹴散らして逃げればいいだろう。
そんな事を考えつつも、山を登って行くうちに、頂上が近付いてきた。
頂上からは気配を感じるものの、その人数は1人。
完全に気配を消されていたとしたら、気付けないかもしれないが、それでも罠だという可能性は一気に減ったと思う。
「ジェーン、俺は正面から相手に姿を見せる。もし、相手が先に手を出したら乱入していいけど、そうじゃなかったら、俺が合図しない限りは何があっても物陰から様子を見てるように。いいか、絶対にだぞ?」
「わーってるよ。でも、お前が危ない状況になったら、無理矢理でも助けに行くからな」
もう聞き飽きた、と言外に語るジェーンと離れ、俺は道のついているルートから山頂に上がっていく。
5分も坂道を登って行けば、山頂にある霊廟というものが見えてくる。
石造りで、細かい意匠によって飾られた建物のようだが、そこまで大きなものでもない。
ちょっと大き目の一件屋とか、その程度の大きさだ。
その建物の前に、手紙を寄越したであろう人物――プロテが共も連れずに立っていた。
「やあ、手紙に気付いてくれたんだね」
俺に気付くと、プロテは笑顔を浮かべてこちらに歩いてくる。
「わざわざこんな場所に呼び出すなんて、一体何を企んでいるんですか?」
わざと、警戒してますよ、という風に返事を返してみれば、彼の浮かべる笑顔が苦笑へと変わったが、こちらへの歩みを止めない。
「企むなんてとんでもない、と言いたい所だけど、企んではいるね。これでも里長っていうのも、色々あるんだよ」
俺の5歩前くらいで歩みを止めて、やれやれとばかりに肩を竦めるプロテを見て、俺は眼前の男が、一体何を考えてるのかが理解できず、ますます警戒が強まっていく。
とはいえ、何を警戒すればいいのかはわからないのだが。
「けど、驚いたね。まさか護衛を付けずに来るなんて。夜に護衛ちゃんを近くで見たけど、敵は絶対に寄せ付けないぞーって、気合い入ってたよ?」
「この場にはいませんが、ちゃんと護衛は連れて来てますよ。近くで様子を見ているはずです」
「あはは、やっぱり1人じゃ許されないよね。貴族は大変そうだ」
元々そんな気配はしていたが、今はプロテが妙に飄々としている。
一体何が目的なんだ?
ヘラヘラと笑っていて、真意が全く読めない。
「ところで……ジェーンは元気かい?」
なぜ、ここでジェーンの名前が出る?
そんな思考の前に、糸目が開いたプロテから圧のようなものを感じた。
顔は変わらずニヤついてはいるものの、目を開いたプロテからは、妙な迫力を感じてしまう。
そもそも、ジェーンの存在を見られるような真似した記憶は無いぞ。
「あの時渡した箱、彼女が近くにいないと開かないようにしてあったんだよ。お楽しみ、って言ったよね?」
「そもそも箱が開かないと、ここに来るはずもない、って事ですか……これは1本取られましたね」
俺がここに来た事そのものが証明、と言われてしまっては、皮肉の笑みを返すしかない。
中身がジェーンの父親の角だった、というのも関係していそうか?
「……ジェーンの事を知って、どうするおつもりですか?」
皮肉の笑みから、威嚇の睨みに表情を変えて、プロテと対峙する。
事と次第によっては、こちらも容赦はしない、と言外の圧力を籠めても、プロテはヘラヘラとした笑いを浮かべたままだ。
「どうするもこうするも、彼女が幸せなら、それでいい。けれど……けれどね、もしも彼女が幸せでないのなら、僕は君をここで殺さなければならない」
対するプロテも、こちらに威圧の睨みを返してくる。
傍から見れば、一触即発の空気ではあるが、事ここに至っては、特に争う理由も無い。
多分、彼のこの動きを見る限りでは、ここでジェーンの存在を明かす事は不利にはならないだろう。
「ジェーン、出てきていいぞ」
何となく、気配で彼女がどこにいるかは理解してしたので、声を上げて出てくるように呼び掛ければ、困惑顔のジェーンが茂みから出てきた。
彼女の姿を見て、プロテの表情が驚愕に彩られていく。
「ジェーン、なのか? ……いや、その目つきと角の形、間違いない」
「……えっと、あたしはどうすればいいんだ?」
俺とプロテを交互に見て、困惑を隠せない様子のジェーンを見て、俺とプロテは、どちらともなく笑い出す。
「ちょ、おい! なんであたし見て笑ってんだよ!」
状況が読めず、当事者同士が笑い出してしまったので、ジェーンはぷんすこしてしまったが、それが余計に面白くて、終いには腹を抱えて笑ってしまう始末。
周囲に誰もいないのがわかっているがゆえの行動だったが、後から思えば麓に聞こえてないかどうかの心配はしておくべきだったような気がするな。
「あたしを無視して笑うなー!」
あれ、シリアス展開だったはずなのに、どうしてこうなった?
シリアスさんは殉職しました。
初期稿ではもっとシリアスしてたんですが、気付いたら脳内ハイトとプロテさんが
「「いや、そうはならんやろ」」
ってツッコミしてきて今の形になりました。
↑脳内劇場の状況




