ワケあり3人目⑲
「少し風に当たってきます」
料理も殆ど無くなり、腹が膨れた所で、俺は少し外で涼んでくる、と声をかけて宴の席を立つ。
カナエがそれとなくついてくるが、お目付け役の護衛は横目にこちらを見て、そのまま動かない。
お咎めも無さそうなので、そのまま長の家を出て、外の風に当たる。
崖上にある場所だからか、風が結構強いが、スパイスの効いた料理で火照った身体には涼しくてちょうどいいな。
「カナエは何か気付いた事あるか?」
ついてきているカナエに声をかけてみれば、彼女は無言でふるふると首を振った。
今回の滞在では、これ以上の情報は得られそうもないな。
歓待の宴が終わったら、調査の続きを何日かして、そのまま帰還する事になる。
現状ではプロテから情報を引き出すのは難しそうだし、こちらも駆け引きに使えるような材料が無い。
継続調査が必要としても、じっくりと腰を据えてやるべきなのかも。
「やあ、歓待は楽しんでもらえてるかな?」
風に当たりながら、考えを纏めていると、不意にプロテから声がかかり、俺は慌てて声のした背後に振り返る。
今、気配しなかったよな?
というか、カナエが近くにいるのに、止めなかった?
急な状況に混乱しきりだが、振り返った先には、笑顔を浮かべたプロテがこちらにひらひらと手を振っている。
後ろの方にお目付け役の門番がいるので、全く見られていないというわけではないが、側に護衛も置かないなんて、こちらを信頼しているのか、ただ無防備なのか、それとも罠なのか。
そのどれもがあり得るから、迂闊にこちらから行動を起こすわけにはいかない。
「ええ、おかげさまで。王都にはあまりない、スパイスの効いた料理なので新鮮です。今はこうして身体が火照ってしまったので、風に当たりたくなりまして」
考えを纏めたい、というのが一番の理由なのだが、風に当たりたかったのも事実なので、嘘は吐いていない。
とはいえ、直接探りを入れるチャンスではあるな。
今なら大声を出さなければ細かい会話までは聞かれないだろう。
「楽しんでもらえているなら良かった。身体の火照りが落ち着いたら、また戻ってほしい。渡したいものがあるからね」
「ええ、もう少し涼んだら戻ります」
残念ながら、プロテは軽く声をかけに来ただけのようで、すぐに戻ってしまった。
しかし、渡したいもの、か……。
内容を確かめるのも少し怖いが、とはいえこのまますっぽかすわけにもいかないし。
本当に、色々と対処に困る所が多すぎる。
いやまあ、今までが比較的楽に解決できる事件ばかりだったというのもあるが
「……よし、戻るか」
プロテが戻ってからちょうど5分後くらいに、俺も再び歓待の宴へと戻る。
すると、部屋の中の料理はすっかり片付けられており、部屋の端の方にプロテが座っているのが見えた。
あんな端っこに座って、何か意味があるのだろうか?
「戻ったようだね。こっちに座ってくれたまえ」
ポンポン、と手で床を叩きながら、自分の隣を示すプロテに若干の戸惑いを覚えつつも、俺は彼に従って室内に戻ってプロテの隣に腰を降ろし、カナエが俺の空いている方の隣に立つ。
それを確認したプロテがパン、と手を打ち鳴らすと、笛の音が響き始め、横笛を演奏しながら、数人の女性が部屋に入ってきて、踊り始める。
彼女らは、ただでさえ肌色面積の多いアラビア風衣装の、特別薄くて布面積の少ない服装なので、とても目のやり場に困ったが、彼女たちの演奏と踊りを見ているうちに、今披露しているそれが、相当な修練の賜物なのだ、と理解できてからは、邪な気持ちなど無く、ただただ無心で見ていられた。
演奏しながらの民族舞踊、といった所だろうか。
衣装も相まって、蠱惑的な踊りでありながら、そこには確かな芸術性と、神秘的な美しさが同居している。
あまり芸術に造詣が深いわけではないが、この民族舞踊だけでも舞台をできるのではないかと思ってしまう。
特に物珍しさは、退屈している貴族にウケが良さそうな気がするな。
「気に入ってもらえたようだね」
おおよそ5分くらいの演舞だっただろうか。
演奏と踊りが終わり、女性たちが一礼をしたのを見届けて、俺は思わず拍手をしてしまっていた。
終わったと思ったら、無意識に拍手をしてしまう程度には凄かった、というのが正直な感想で、そんな俺を見て、プロテは満足げに頷いている。
「私の語彙力では満足に感想を言えませんが、とにかく凄かったです」
「あれは里に伝わる伝統の舞踊でね。彼女らが今代の踊り手たちだ。王都の方にも通用するようで、良かったよ」
「貴重なものを拝見させて頂いて、誠にありがとうございます」
これは本当に見せてもらって、素直にお礼を言いたくなるレベルのものだ。
掛け値なしに褒められる。
「あとは最後にこれを」
そう言ってプロテが差し出してきたのは、1つの箱。
大きさは大体、30センチ四方くらいか。
ちらりとカナエを見るが、彼女は特に反応を示さない。
とりあえず、受け取っても大丈夫と見て良さげ?
「中身はなんでしょうか?」
「それはお楽しみという事で。馬車の方で寝泊まりすると聞いているから、そこで開けてみるといい」
中身について問うてみれば、意味ありげな笑いで煙に巻こうとしているような感じもするが、裏を読むならこの場では開けてほしくない、とも取れる。
判断が難しいが、とりあえずは馬車の方に持ち帰って、ジェーンにも同席の上で見てもらうのがベターか?
「わかりました。それでは、本日はこれで。盛大な歓待の宴を催していただいて、誠にありがとうございます」
「こちらこそ、楽しんでもらえたようで何よりだ。では、また明日」
「はい、失礼します」
受け取った箱を抱えて一礼し、カナエと共に、門番の男から監視されつつ馬車の方へと戻っていく。
もう夜なのもあるが、相変わらず外には人っ子1人いない。
色々あって、考えが纏まらないな。
色々と胡散臭いプロテだが、俺の感覚からすると、悪いやつには思えない。
いいやつかと言われれば、それはまた別問題ではあるのだが。
考えが纏まらないまま悶々としているうちに、いつの間にか馬車まで辿り着いていたので、門番の男にお礼を言って、俺たちは馬車内へと引っ込む。
「戻って来たな。その箱は?」
「さあ? お楽しみだとさ」
俺たちが戻ってくるなり、ジェーンの目線が貰ってきた箱へと移る。
ちょうどいいかと思い、俺はすぐに箱を開けた。
30センチ四方の箱に収まっていたのは、恐らく竜人族の角。
立派な大きさに細かい傷がたくさん入っていて、歴戦の角、という感じがするな。
「これは……間違いねえ。親父の角だ……!」
箱の中から角を取り出し、グッと握り込むジェーンの声は、僅かに震えている。
その震えがどの感情からくるものなのかはわからないが、とりあえず彼女の感情が昂っている事だけは間違いないだろう。
「ジェーン、俺は竜人族の慣習とかには詳しくないんだが、角には何か意味があるのか?」
「……竜人族の角は、産まれてから一生、生え変わる事はねえ。竜人族にとって、角を失うって事は、何にも代え難い屈辱だ。特に、戦士である竜人族にとってはな」
俺の疑問に対し、キチンと答えてくれたジェーンだったが、彼女の声が底冷えするように低い。
これ、相当にブチキレていらっしゃるな?
「他には意味があったりしないか?」
一旦は彼女の怒りに触れない事にして、何か他の意味が無いかを聞いてみると、少し考える素振りを見せてから、少し顔色が青くなった。
「形見、でもあるな……死んだ同胞を送る時、角は一番大事な存在に贈られる」
ある意味、自分の生きた証を残すとも言えるだろうか。
「……ん?」
たまたま、ジェーンが握っている角の断面が、俺の方に向いていたので、それをまじまじと眺めてみると、妙に滑らかな切り口であるのがわかる。
まるで、鋭い刃物でスパッと切ったかのような……。
しかも、断面には木の年輪のような模様があるのだが、その模様がやたらと目立って見えるのは、この角がかなり最近になって切り落とされた、という事を示しているように思う。
なんだろう、違和感を感じるな。
これが何年も前にジェーンの父親が亡くなっていて、その形見を残していた、という事であればもっと切り口が劣化というか、くすんだりしていてもいいような気が……。
「ハイト、これ」
今まで黙っていたカナエが口を開いたかと思えば、ジェーンの父親の角が入っていた箱の蓋を俺に差し出している。
そういえば、箱を開けたっきり、そのまま放り出していたな。
「これは……手紙か?」
蓋の内側の、目立たない所に、小さく折り畳まれた紙が上手くはめこまれていた。
指で少し動かしてみれば、紙はぽろりと外れたので、それを拾い上げてから広げ、内容を確認。
そこには、ただ端的な用事が書かれている。
[深夜、里の山頂にて待つ]
思わず、馬車の窓から外を覗く。
里が麓にある、赤茶けた山。
高さはそこまででもないが、深夜に待つという事は、登る時間を考えると、あまり時間の猶予は無いか。
「……行くしか、ないよなあ」
門番の監視に見つからない方法とか、山頂に向かう人選だとか、俺は色々と頭を悩ませる事になるのだった。




