ワケあり3人目⑲
「あいつ……ッ! のうのうと長の立場に収まりやがって……ッ!」
「わかったわかった。少しは落ち着け」
プロテとの顔合わせを終え、そのまま門番の男が監視役としてくっついて来たので、先に里の調査を済ませ、歓待前に馬車へと戻ってきたのだが……。
中ではジェーンが憤懣やるかたない、とばかりにお怒りであった。
どうにかして発散させるべきかとも思うが、今ジェーンの存在を知られるのは悪手だろう。
「いかにジェーンの証言があったとしても、あいつを糾弾するには最低でもあと1つは証拠が必要だ。俺もある程度探りは入れてみるけど、正直アウェーの地だからどこまでやれるかわからん。それに、今の段階でジェーンの存在がバレるのは避けたいから、不便をかけるがしばらくは馬車の中で我慢してくれ」
「あーっ! ムカつく! けど、しょうがねえ、か……」
頑張って説得を試みた所、とりあえず一旦はクールダウンしてくれたようだ。
とはいえ、既にジェーンの故郷の里だと割れた以上は、これ以上の情報共有は却って彼女を暴走させる結果にしかならないな。
とりあえず、この馬車に防音機能付けといて本当に良かった。
これが無かったらとっくにジェーンの存在がバレていた事だろう。
「とりあえず、俺はこれから歓待の席に出る。チャンスがあればプロテに直接探りを入れるから、今はとにかく我慢してくれ。証拠が出て、その時が来たら煮るなり焼くなり好きにしていいから」
まあ、仮に証拠が出てプロテを捕らえられたとして、ほぼ間違いなく国預かりの案件になるから、ジェーンが好き勝手はできないと思うけど。
それは言わぬが吉ってな。
「わーったよ。あたしは変わらずここで馬車の守り。それでいいんだろ?」
「ストレス溜まるだろうけど、頼むな。行くぞ、カナエ」
どうにかジェーンを言い含めて、俺はカナエを連れて馬車を降りる。
監視役の門番の男が待っていたので、頭を下げつつ再び彼にくっついて長の家へと向かう。
「魔物出る旅程の遠征先という事もあって、正装は持ってきておらず、申し訳ない」
「そう格式ばった歓待ではないから気にする必要はない。長もあまり堅苦しいのは好きでないと常々おっしゃっているからな」
門番の男と話しつつ、再度長の家へと足を踏み入れれば、最初に来た時と比べてどこか活気のある雰囲気だ。
そのまま長の部屋へと通されると、そこには先ほどの服装から着替えたプロテと竜人族の若い女性たちの姿が。
少しアラビアンな雰囲気のある、露出の多い服装は男女共通なのか、若干目のやり場に困る。
「王都に比べれば大したことは無いかもしれないが、今日は存分に我々の歓待を楽しんでほしい」
主催者であるプロテが簡単に挨拶をし、手を打ち鳴らすと、女性たちが彼の元を離れて、部屋を出ていった。
それから程なくして、女性たちが大皿に盛られた料理を色々と運んできて、敷物の上にそのまま並べていく。
どうやら、テーブルは使わない文化らしい。
「気になった料理があれば、彼女たちに言ってもらえれば取り分けてくれる。もちろん、こちらに任せてもらってもいい」
そう言って、プロテは取り皿を女性の1人に渡し、大皿の料理を取り分けさせてから、俺たちが見ている前で料理を口にする。
一応は、毒や薬は入っていないアピールだろうか。
食べる時はスプーンとフォークとナイフを使うようで、料理を取ってもらう以外は特に普段の食事作法と大きく変わるポイントは無さそうだ。
「お任せでお願いします」
渡された取り皿を給仕の女性に手渡し、料理を取り分けてもらう。
薄着かつ露出が多いので、目のやり場に困るな……。
変にいちゃもんを付けられても面倒なので、基本的にはプロテをじーっと見ておく事にする。
横に女性を侍らせて、料理を取らせたり飲み物を注がせたりしている以外、特に不審な点は無さそうだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
色々な料理の種類を少量ずつ取り分けられた取り皿を受け取り、それを一度カナエに渡す。
彼女は心得たとばかりに、それぞれ一口ずつの毒見を行う。
プロテからはちゃんと先に食べて見せたというのに、不快に思われそうだが、これはこれでカナエが譲らないのでしょうがない。
「すみません、護衛が過保護なもので」
「貴族ともなると、色々な面倒があると聞く。そういうものだろう?」
「ご理解いただき助かります」
一応、カナエが過保護だから、と理由を付けて誤魔化してみれば、プロテは特に気にした風でもなく、鷹揚に頷く。
堅苦しいのは苦手、と言われていたから、その辺りの作法もあまりうるさくないのかもしれないな。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
しばし食事を楽しんだ所で、プロテから声がかかった。
ちなみに、料理は毒や薬を盛られたりはしておらず、普通に美味しい。
特にスパイシーな辛めの料理が多く、身体がぽかぽかしてくる。
季節はもう夏に入りかけている所だが、冬に食べるとより身体が温まっていい気がするな。
「そちらの国で奴隷は入用かな?」
「奴隷、ですか。確かに奴隷商はいますし、流通もあります。しかし、新たに販路を広げるほどかと言われれば、否と言わざるを得ないですね」
いきなり奴隷の話ときたか。
どういうつもりだ?
表情も特別何か含む所があるようには見えないし、意図が全く読めん。
何を求めてこの話をしている?
「販路自体はあるのだね。竜人族の中でも罪を犯した者を奴隷として償わせるのが目的なのだけど、生憎と里では需要が無くてね。増える一方なのさ」
「奴隷の取引をしたい、という事であれば国としての取引ではなく、奴隷商個人との取引になりますね。こちらから奴隷商を紹介する事はできますが、商談自体をこの場で締結するのは無理です」
とはいえ、奴隷の取引が話題に上がる事も陛下と相談して、対応を事前に決めていたので、俺はそれを打ち合わせた通りに伝えるだけだ。
相手がどう出てくるか……。
「なるほど、あくまで奴隷商の活動を許可しているだけで、国としての商売ではない、と」
「対外的にはそうなります。中には国で奴隷関連を取り仕切る所もありますが、少なくともリアムルド王国では完全に個人に任せる形ですね。各国共通の奴隷に関する法律がありますので、それさえ守っていれば自由にしていい、というのが我が国の対応です」
「なら、何人か奴隷商の仲介を頼めるかな? 気付いているかもしれないけれど、実は隠れ里からは脱却したくてね」
隠れ里から脱却したい、と。
そう言われると、森に囲まれていたであろう場所が切り開かれていて、それが最近の痕跡だったのは気のせいではなかったようだ。
奴隷を売るのが産業というのもどうかと思うが、実際に竜人族ともなれば、好事家や戦闘関連の奴隷が欲しい人に需要はあるだろう。
そうして外貨を獲得して、何かしらの産業を始める、とか?
情報が少なすぎて憶測の域を出ない。
「わかりました。調査を終えましたら、信頼の置ける奴隷商にこちらの里を斡旋しておきます」
「助かるよ。まあ、まだ上手くいくとは限らないけどね」
微笑みを浮かべる糸目の男、プロテ。
本当に何を考えてるのか、全然読めない。
下手な貴族よりも手ごわいぞ、これ。
「さてさて、食事中に無粋な話をしてすまない。まだまだ料理はある。満足いくまで楽しんでくれたまえ」
複数人の女性たちが俺たちにあれこれと料理を持ってくる。
最初は遠慮したのだが、カナエにもと料理を取り分けてくれて、その食いっぷりにプロテが気を良くして、追加を作らせたりもした。
俺がまだ子供なのがわかっているのか、酒の類は無いものの、歓待の宴は夜が更けても続く。
一応未成年なんだけどなあ……。
あんまり夜更かしして、これ以上身長が伸びなくなったらどうしてくれようか。
そんな益体もない事を考えつつ、警戒もしながら歓待の宴を過ごすのだった。




