ワケあり3人目⑱
書状の返事を待つ事およそ1時間。
馬車内で待機していると、外から馬車をノックする音が。
「待たせてすまない」
馬車から降りてみれば、外には書状を渡した門番。
その手に何も持っていない所を見ると、どうやら上に取り次いでくれたらしい。
「長がお会いになるそうだ。今からでも大丈夫か?」
意外な事に、会ってくれるという。
裏があるかどうかはわからないが、警戒は必要か。
「少し準備の時間を頂ければと。ちなみに、里に入れるのは私だけですか?」
「もし護衛や側仕えがいるなら同行させても構わないとの事だ。ただ、あまり多い人数は遠慮してくれ」
「わかりました。少々お待ち下さい」
連絡に来た門番は一度待たせ、再び馬車内に入ると、カナエとジェーンの2人がこちらをジッと見つめている。
「里に入れる事になった。とりあえず、俺とカナエで行ってくるから、ジェーンには馬車の守りを頼みたい」
俺の指示を聞いて、ジェーンはあからさまに不満の表情を浮かべた。
とはいえ、諸々の安全性とかを考慮するなら、いきなりジェーンを中に入れるのは危険だと思うんだよな。
「一応言っておくけど、ジェーンが役に立たないとか、そういうんじゃないからな。もし、この里がジェーンの故郷だった場合、中に闇奴隷商と繋がってる敵がいる事になる。さすがにジェーンが遅れを取るとは思わないが、搦手で攻められた時にどうしてもこっちは動きにくい。カナエなら毒や薬に耐性のある装備をしてるし、守りという点においては適任だ」
「そうかもだが……」
「それに、もし万が一にでも、ジェーンを陥れた因縁の相手を見かけたら、我慢できずに突っ込むだろ?」
直情径行な彼女の事だ。
敵を見つけたら、速攻で襲い掛かりかねない。
明確な証拠があるわけでもないのに、襲い掛かったりしたらある種の国際問題に発展してしまう。
まあ、向こうから手を出してきたなら話は別だが。
「……わかった。今回は待ってる」
俺の言う事に反論する余地が無かったのだろう。
不承不承、といった感じではあるが、馬車の守りを担うという事で納得してくれた。
「まあ里の中は気になるだろうから、魔術で俺の感覚を共有できるようにしておく。そうすれば中に入らなくても何かわかるはずだ……って言っても、俺が移動しながら見れる範囲内にはなるけどな」
「悪い、気を遣わせたみてえだな」
「元々そうするつもりだったから問題ない。それじゃ、感覚共有の魔術をかけるな。感覚の共有」
とりあえずは納得してもらえたので、ジェーンに感覚共有の魔術をかけ、具合を確認してもらう。
「どうだ? 俺の視覚と聴覚は繋がったか?」
「ああ、自分で自分を見てるのが少し変な感じがするけど大丈夫だ」
両目を閉じたジェーンが、少し苦い顔をしているが、感覚共有の魔術がかかると独特な感じがする。
まして、今のジェーンは俺よりも背が高いので、視点が低くなったのも変な感じがする要因だろう。
「その辺は感覚共有独特のものだから、慣れてくれとしか言えないな。それと、何かあったらそっち側からも共有を切れるようにしてあるから、そっちから共有を切ったら緊急事態だとこっちにも伝わる」
「わかった……あ、やめときゃ良かった。脳味噌が酔いそうだ」
片目を開けて、俺の視覚と自分の視覚を両方見ようとしたジェーンは、顔をしかめた。
そんな事したら、普段の倍の視覚情報を処理しなきゃなんだから、脳に負担がかかるに決まっている。
もしかしたら、シャルロットなら並列思考の特殊技能があるから、両方の情報を一気見しても大丈夫かもしれないが、わざわざ実験するほどの事でも無いだろうな。
「そんじゃ、こっちは頼むな。もし、手を出してきた不届き者がいれば、容赦はしなくていい。なるべく生け捕りにしてくれると助かるが」
「その辺は相手の実力次第だな。ま、頭の片隅には置いとく」
いろいろと話も纏まった所で、俺とカナエは馬車を降りた。
外で待たせていた門番はイラついたりした様子はなく、ただこちらを見ているだけだ。
「お待たせしました。中に入るのは私と護衛の2人だけです」
「わかった。それじゃ、着いてきてくれ」
ガタイのいい男の竜人族の後ろにくっついて歩きながら、交代したであろう新たな門番を含めた2人に見られながら、俺たちは里の門をくぐる。
遅れない程度になるべくゆっくりと歩きながら、不審に見えない程度に周囲の様子を伺う。
里の内部では、木造と石造りの家が混在しており、道は土が踏み固められた状態だ。
石で舗装したりはしていないようで、先を歩く男の竜人族は時折こちらを振り返りながら、黙々と先へと進んでいく。
里の規模としてはおおよそ200~250人規模といった所だろうか。
家の数からの逆算にはなるが、隠れ里としてはかなり大きい部類と言える。
俺たち外部の人間が立ち入る事が先に伝わっているのか、外に他の竜人族の姿は見受けられない。
「ここが長の家だ。失礼の無いようにな」
里の一番奥、山の麓の切り立った崖に長の家はあった。
石造りで、他の家よりも数段大きい。
失礼がないようにと注意をしてから、男の竜人族が扉を開け、俺たちを招き入れる。
「カナエはしゃべらなくていいからな」
「わかった」
小声でカナエに黙っているよう伝えつつ、俺たちは案内に従って歩く。
長の家の内部は、質実剛健を地でいくようなもので、恐らく仕留めたものであろう、大きな魔物の毛皮や、骨、武器といった物が飾られている以外は簡素なものだ。
家の中のさらに一番奥にある部屋の前で、男の竜人族は立ち止まる。
「長、客人をお連れしました」
「入ってもらってくれ」
呼びかけに室内から応答があり、男の竜人族が扉を開けて中に入っていく。
俺たちも促されて後に続けば、広い部屋の中に大きな敷物が敷かれており、部屋の奥には若い竜人族の女性を何人も侍らせた、糸目の竜人族の男が座っていた。
いかにも胡散臭い見た目であるが、果たしてどう出てくるか……ッ!?
「おや? どうかされたかな、お客人」
「いえ、初めて見るものが多かったので、少し面食らってしまいまして」
感覚共有の魔術を通して、ジェーンの激情が伝わってくる。
あまりの勢いに、思わず体をびくりとさせてしまったため、長であろう糸目の竜人族に声をかけられてしまう。
咄嗟に誤魔化しつつ、俺は咳払いをしてから挨拶の口上を述べる事に。
「改めまして、私はリアムルド王国国王から、こちらの里の調査を命じられました、ハイト・リベルヤと申します。陛下からは男爵の位を賜っております。どうぞよしなに。こちらは護衛のカナエです」
軽くカナエについて触れると、彼女は無言で会釈。
そのまま置物になってくれている。
「これはご丁寧に。僕はこの里の長を務めるプロテ・ドミニアンだ」
侍らせた若い女性と戯れつつ、この里の長――プロテは、意味ありげに微笑む。
ここまで外見で胡散臭さしかない人も珍しいな。
線が細めだし、あまり荒事は得意じゃなさそうに見えるが、よく見ると鍛えられたしなやかさがある。
面倒そうな切れ者、という印象だな。
「早速ですが、書状はご覧いただけたでしょうか?」
「ああ、拝見させてもらったよ。我々は国に保護は求めない」
あくまで独立した状態を望む、と。
まあ、この辺は相手の希望を聞くだけだし、それをそのまま陛下に報告すればいいだけだ。
あとは調査に協力してくれるかどうかが問題だな。
「里の調査に関しては、監視を付けさせてもらうけど、それで良ければ構わないよ。監視に止められたら、それ以上は深入りしないと約束してくれるかな?」
「ご協力に感謝いたします。調査に関しては人口や主な産業などを調べさせていただければと思っておりますが、もちろん明かせない部分もあるかとは思いますので、その点におきましては、そちらの思うようにしていただければと」
「話が早くて助かるよ。ちなみに、交易や商談は君に話せばいいのかな? 書状では君に裁量を任せているとあったけれど」
糸目を僅かに見開き、こちらを見透かすような視線を送ってくる竜人族の男に、俺は蛇のような印象を受けた。
用心深く、それでいて執念深くて狡猾な感じ。
「内容にもよります。あまりに巨額の取引となると、私の裁量だけでは決定できませんので。基本的には私の裁量で決められる範囲であれば、仮の条項を決めた上で一度持ち帰らせていただき、後日正式な調印を行う、という形になるかと」
「なるほど。それでは今日の夜、歓待も兼ねて話をさせてもらいたい。予定は大丈夫かな?」
歓待、ね。
毒やら薬やらを盛られる可能性も考慮には入れておくべきか。
とはいえ、そういった席に誘われる事は元々考慮していたし、断る理由もないか。
「過分なお気遣いをいただきまして、感謝に堪えません。お手数をおかけしますが、ご相伴に預からせていただきます」
「こちらこそ、外からの客人は珍しいからね。可能な限りの歓待をさせてもらうよ」
はっはっは、とお互いに笑いながらも、既に腹の探り合いは始まっている。
表情や仕草に感情が出ないように細心の注意を払いつつ、俺はプロテと対峙するのだった。




