ワケあり3人目⑮
「お? どっか行ってたのか?」
ギルド食堂で1時間ほど暇を潰して戻ってみれば、ブライアンさんが戻ってきていた。
悪びれもしない辺り、この人も相当だな。
「そりゃ、ちょっと待ってろで小1時間待たされたらな」
「すまん、色々と夢中になってな」
ちょっとだけ意地悪な言い方をしたら、彼は素直に頭を下げてきた。
まあ、悪いと思っているならいいか。
「で、待たされただけのものはできたのか?」
「おう、まだ机上の設計だが悪くないと思うぞ。見てくれ」
そう言って、ブライアンさんがカウンターに設計図を広げる。
特大剣に、何かしらの機構を加えたもののようだが、専門用語やら走り書きのようなものが多く、俺には内容がさっぱり理解できない。
理解できるのは、かなりテンションの上がった状態でこれを書き上げた、という事くらいだ。
「素人に見てわかるものなのか? これ」
「悪い、ほとんど俺のメモ書きみたいなもんだ。とりあえず、試作型魔導特大剣、とでもしておくか。基礎構想は――」
未だ熱が冷めず、といった様相のブライアンさんの説明は、なかなかに勢いが強かったが、理解できたのは次の3点。
・刃の部分と腹の部分は違う金属を使い、刃の部分は強度と魔力伝導率を両立できる素材を用いる。
・芯となる中央部分も違う素材を使用し、剣先に魔力の放出口を設ける。
・魔力の放出口は普段閉じていて、刃の部分が横にスライドする事で露出する。
他の説明は、聞いた所でちんぷんかんぷんで、全く頭に入って来なかった。
情熱がすごいという事以外、てんでわからん。
「とりあえず、武器はそれで進めてくれるって事でいいんだな?」
「おう、任せろ! とりあえず2日もあれば試作の試作はできると思うから、明後日にもっかい来てくれ。そこで実際に使って貰って、最後の調整をする」
「だそうだが、ジェーンはそれでいいか?」
「ん? ああ、大丈夫だ」
途中からブライアンさんの熱量に引いていたジェーンが、急に話を振られて戸惑った表情を浮かべている。
どうやら、距離感がバグった感じでグイグイ来るタイプは苦手らしい。
「防具も見繕っておいたから、今持ってくる」
ブライアンさんが一度カウンター裏に引っ込んで、色々と装備を持ってきてくれた。
あれこれあるが、鑑定しつつジェーンに合うものを選ぶとしよう。
「あたしなんかに、ここまで金かけていいのかと思っちまうな」
カウンターに並べられた装備を見比べながら、ジェーンはぽつりと呟く。
「そう思うなら、投資して良かったと思うくらい働いてくれればいいさ」
言葉遣いが結構荒っぽい割には、そんな所を気にするんだな、と思いつつも、彼女は発破をかけた方が頑張るタイプのような気がしたので、軽く発破をかけてみる。
「ああ、お前の期待に恥じないように頑張る」
うん、予想通り。
発破をかけたら、やっぱり気合を入れ直したな。
もともとは次期里長というだけあって、責任感は強いのかもしれない。
気合を入れ直したジェーンは、先ほどとはうって変わって、装備選びにも積極的に参加するようになった。
ブライアンさんを交えて、あれこれと議論しながら選んだ装備は以下の通り。
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稲妻のブーツ
魔術金属と魔物の皮を組み合わせたブーツ。
着用者の動きと反応速度を速める。
軽く、それでいて防御力も並以上にあるが、扱いにコツがいるため、使用者を選ぶ。
魔力を籠める事により、基礎性能から、さらに強烈な加速性能を得る事ができる。
速さを極めんとするならば、その身を稲妻とすればいい。
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穿つ竜爪の籠手
指の先が鋭利に尖った籠手。
貫手による攻撃が可能な他、僅かだが着用者の筋力を高める。
指先の素材は金属すら貫けるほど固く、使い方次第で大きな武器となる。
防具でありながら武器でもあるこれは、暗殺者が好んで使用したという。
竜の爪に穿てぬものなし、と宣伝されたが、指先の素材が竜の爪かどうかは、作成者のみぞ知る。
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真紅の竜女鎧
丁寧に鞣された真紅の竜革に耐刃処理を施し、さらに耐魔術コーティングを加えた竜革のレザーアーマー。
驚くほどの軽さながら、高い防御性能を誇る女性用防具。
伸縮性に富み、水や油、汚れすらも弾く。
過去に竜女と呼ばれた女傑が用いた逸品。
このレザーアーマーを纏った女傑は、ただ一代で戦乱の世を纏め上げたという。
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古竜爪の首飾り
古い竜の爪を加工した首飾り。
着用者の持久力と生命力を高める。
持ち主が死してなお、永久に朽ちる事の無い古竜の爪には、確かに永遠が宿っている。
古い竜は、生涯ただ一人の友に己の爪を託した。
友の助けになるように、と想いを籠めたその爪が、友に死を与えるきっかけになろうとは、その当時は想像もしなかっただろう。
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「これなら動きも重くならなくていい感じだ」
「真紅の竜女鎧がジェーンの鱗の色に合ってていい感じだな。見た目もバッチリだ」
「よせやい、照れるじゃねえか」
見繕った装備一式を纏ったジェーンを褒めてみたら、彼女はぷいとそっぽを向いた。
僅かにだが、頬が赤いので、普通に照れているようだ。
もしかして、言動の割に結構繊細だったりするやつ?
「あとは武器の方が仕上がれば完璧だな。とりあえず、今日の所はこんなもんだろう」
「何か急ぎの用事でもあるのか?」
俺が珍しく時間を気にする発言をした事から、不思議に思ったのだろう。
ブライアンさんが珍しいものを見る顔で俺を見ている。
「一応、これでも貴族なんだ。まだ男爵になったばっかだし、そんなに政務があるわけじゃないけどさ。それに、陛下から仕事の依頼が入ってて、近いうちに遠征するんだ」
「それでやたらと時間を気にしてたのか。そういう事なら、なるべく早く仕上げるように頑張らせてもらおう」
懐から取り出した手帳に何かを書き込むブライアンさんを見て、俺はあまり急いで粗悪品を渡されてもな、と思ってしまう。
おそらく、彼に限ってそんな事は無いだろうけど、ちょっとだけ心配になる。
「変に急いで安全性の無い武器を作られる方が困るぞ」
「なーに、仕事の優先順位を上げるだけだ。それほど大きく時間が変わるわけじゃねえ。どっちみち、試作の試作が仕上がるのは明後日にはなる」
「そういう事ならいいけどな。頼むから安全性はちゃんと担保してくれよ」
「あったりまえだ。使用者を危険に晒す武器になんて、命を預けられねえだろうが」
一番大事な所はわかっているようだったので、心配はしなくてもいいかもしれない。
ともあれ、今日はこの場での用事は済んだな。
「それじゃ、また明後日」
「おう、待ってるぜ。もし期日が伸びそうなら、手紙で知らせる」
「頼んだ」
必要なやり取りや支払いを済ませ、俺たちは冒険者ギルドを後にする。
街中を歩いていると、不思議そうな顔でジェーンがこちらを伺っているのが目に入った。
「どうした?」
「いや、さっきの職人と随分と親しいんだと思ってな」
「ま、駆け出しの頃から色々と世話になってるからな。お互い気楽に言いたい事を言える仲だよ」
「何だかいいな、そういうの」
そう言って、ジェーンは笑みを浮かべたが、どこか寂しそうに見えたのは、気のせいではないのだろう。
想像にはなってしまうが、10歳になるかどうかくらいから呪いと奴隷の二重苦で、友人と言える存在などおらず、それが羨ましかったんじゃないか、と。
「そのうちジェーンにも、いい友人ができるさ」
「だといいがな」
月並みな言葉だが、励ますような声をかけたら、彼女はプイとそっぽを向いてしまった。
耳が少し赤い辺り、これも照れ隠しなんだろう。
これはあれか、繊細というよりはただの照れ屋なのかもしれないな。
そんなジェーンが可愛く思えてきて、俺は足取りも軽く屋敷へと戻ったのだった。




