ワケあり3人目⑭
「よう、昨日ぶりだな。見積もりは見てくれたか?」
見積もりを貰った翌日。
午前中は予定があったので、午後からブライアンさんの元を訪ねてみれば、彼は機嫌良さそうにこちらを出迎えた。
恐らく、大口の依頼になるのでホクホクなのだろう。
まあ、その見積もりは通らないんですけどね。
「見たけど、却下だ」
「これでも結構抑えたんだぞ? そもそも特大剣に付与魔術って時点で、どうしても値段が上がっちまう」
付与魔術は素材のとなる武器の強度や、魔力の伝導率によって効率が変わってくる。
そもそも、質量が大きい物に付与魔術をかける事自体、術者に負担が大きいのだが。
その辺り、ジェーンはかなり高い魔力を持っているので、負担に関しては無視してもいいのだろう。
「これに関しては俺も素人な部分があるけど、金属の混ぜ合わせで強度と魔力の伝導率を調整したりできないのか?」
基本的に魔力伝導率と金属自体の強度はトレードオフの関係にある。
例えば、頑丈な事で有名な黒重鋼は、頑丈で重い代わりに魔力をあまり通さない。
逆に魔力伝導率の高い事で有名な白魔銀は、高い魔力伝導率の代わりに強度はイマイチ。
合金を作るにしても、素材同士の相性だとかもあるから、一概に両立できるとは言えないのかもしれないが。
「無理だな。普通の剣ならともかく、特大剣の質量を同じ材質でやったら、剣そのものの自重で強度が足りなくなっちまう。そのために配合を弄るにしても、完成まで時間がかかるな」
「ジェーン、普通の剣とかじゃダメなのか?」
「並の武器じゃあたしの魔力に耐えられねえからな。デカい武器の方が長持ちするぜ?」
なるほど、単純に筋力があるから特大剣を使うってわけじゃなくて、付与魔術を併用して戦う事になった場合に、武器そのものが長持ちするって事か。
それに、最悪は剣そのものの切れ味が落ちたとしても、ある程度は付与魔術で補える、という事なんだろう。
まだ彼女の戦い方を見た事がないので、どういう装備が効率的かわからないな。
「一旦武器は置いておこう。防具はどうする?」
「重いのはナシだな。というか、防具がそもそも邪魔だ」
防具をどうするか、と聞いてみたところ、返ってきた答えは完全にスピード型戦士のそれである。
得物が特大剣という所と全力で矛盾しているので、俺は完全に宇宙猫状態だ。
ブライアンさんも似た状況で、何言ってるんだこいつ、みたいな顔。
「あー、ごめん。ジェーンの戦闘スタイルが全く想像できない」
「いっそのこと、1回試した方がいいかもしれねえな」
「わかった、訓練場を借りてくる」
俺がジェーンの戦い方がわからない、と言った所、一度試した方がわかりやすい、という返答が来て、それを聞いたブライアンさんが訓練場を借りに行く、というよくわからん状況になってしまった。
はて、ブライアンさんは店番しなくていいんだろうか?
「ちょうど空いてたから、訓練用の武器も借りといた。早いとこ試すぞ」
驚きのフットワークの軽さで、ブライアンさんは訓練場を借りてきてしまい、なし崩し的に俺たちは訓練場に向かう事に。
なんでブライアンさんが一番ノリノリなんですかね?
「話だけじゃ想像も付かないって事は、何か新しい機構のひらめきになるかもしれない。いいから行くぞ!」
あ、なるほど。
単純に自分の欲を満たしたいだけだこの人。
とはいえ、俺もジェーンのスタイルがよくわからないから、それを知っておくのも大事かと思い直す。
いきなりぶっつけ本番で、というのもよろしくない。
「よし、そんじゃいくぞ?」
「おう、怪我しない程度にな」
訓練場に到着してから、刃を潰してある、模擬戦用の特大剣を右手で握ったジェーンが、腰を低くして構える。
対する俺は、刃を潰した訓練用の直剣を右手に握り、ジェーンの出方を伺う構え。
「当たったら、痛えぞ?」
地面を踏み砕きながら、矢の如き勢いで真っ直ぐに距離を詰めてきたジェーンが、凶悪な笑みを浮かべた。
3メートルくらいあった距離を、ほとんど一瞬で埋め、その勢いのままに特大剣を突き出してくる。
なんつー瞬発力だ。
少なくとも10キロは余裕で超える鉄塊を持っててこれかい!
「さすがに、そんな真っ直ぐには当たらないっての!」
横にずれて突きを躱し、反撃を叩き込もうと右手の剣を振るう。
しかし、そこにはジェーンの姿はもう無い。
まるでバネ仕掛けのおもちゃのように、真上に跳び上がったジェーンが、今度は落下の勢いのままに特大剣を叩き付けんと落下してくる。
何であんな鉄塊担いだ状態で、4メートルくらい平気でジャンプできてんだよ……。
「なんつー無茶苦茶な動きだ!」
まともに打ち合えば、武器の重量差と膂力の差で負けるのが明白なので、俺は剣が空を切った勢いを利用し、身体を回転させながらその場を飛び退く。
直後、俺のいた辺りに重々しい音と主に、ジェーンの特大剣が振り下ろされた。
凄まじい威力を物語る、大量の砂埃が舞う中で、一瞬だけ身体を捻っているジェーンの姿が見えたため、俺は慌てて横に身体を投げ出すようにして、地面を転がる。
ちょうど、俺が地面に身体を投げ出した辺りで、身体を回転させながらの横薙ぎの一撃が風切り音と共に振り抜かれていく。
あっぶね、あんなん喰らったら骨なんて一瞬で砕けるぞ。
「さすがに身体が鈍ってんな。ちゃんと勘戻しとかねえと」
横薙ぎを空振りして、ジェーンは少しよろけたようだが、久し振りに動いてそれかよ、と思う。
俺は正直、避けるだけで精一杯だったんだが。
「なあ、ちなみに使う武器は斧とかじゃダメなのか?」
こういう戦い方なら大斧なんかの武器も向いている気がする。
超スピードで突っ込んで、その勢いのままに高威力の一撃を叩き付ける、強烈な一撃が出せるはずだ。
「やれなくはないけど、特大剣が一番動きを制御しやすいんだよ。いざって時には盾の代わりにもできるしな」
確かに、防御面を考えた時、特大剣なら身体を隠す面積が多い。
あとは比較的均等な重心なのも関係しているのかもな。
大斧だとか大鎚といった武器は頭の方に重心が片寄ってるし。
ともあれ、とりあえずジェーンが一撃急襲型なのはわかった。
普通に斬り合いもできはするんだろうけど、彼女の持ち味は強烈な瞬発力だ。
確かに重い防具で持ち味を殺してしまうのはマイナスだろう。
「とりあえずは大体わかったから、一度戻るか」
「そうだな」
軽く動きの確認もできたので、俺たちはショップの方に戻る事にした。
戻る道すがら、ぶつぶつと独り言をつぶやいているブライアンさんが不気味だったが、恐らくは何かしらいいアイデアを思い付いたのだろう。
「ちょっと待ってろ。とりあえず防具関連を持ってくる」
ある程度の方針は見えたのだろう。
ショップの方に戻るなり、ブライアンさんはカウンター奥に消えていった。
あとは任せておけばいい感じの装備を見繕ってくれる事だろう。
「…………戻ってこねえな?」
「多分、気分が乗ったんだろうなー」
クリエイター職の人とか職人肌の人とかにありがちなんだけど、ちょっとメモ書きとか、仮作りのつもりの作業に、いつの間にか没頭しちゃう事。
俺もそっち側の人間だから、何となくわかっちゃうんだよな。
ともあれ、こうなったら待つしかない。
変に声をかけて失敗された方が面倒になりそうだ。
「しばらく時間かかるだろうし、食堂で軽く腹ごしらえをしとこう」
一度、ブライアンさんは放置して、俺たちはギルドの食堂で時間を潰す事にした。




