ワケあり3人目⑨
「ご当主様、宮廷魔術師のモーリア様からお届け物でございます」
モーリア老と会ってから2日。
約束通り、彼は一通の手紙と1つの紙袋を送ってきた。
執務室に持ってきてくれた家令さんにお礼を言って、渡された物の中身を検める。
紙袋よりも先に、まずは手紙の方を開封。
封蝋を開くと、中にあったのは2枚の手紙。
2枚目は、丸々魔術式が記載されており、1枚目は俺に宛てた手紙のようだ。
[リベルヤ男爵へ
仕事の合間を縫っての術式構築だったゆえ、少しばかり遅くなってしまって申し訳ない。
理論上は違法奴隷印と成長阻害の呪いを同時に解呪できるはずじゃ。
本来ならば、もっと術式は簡単なのじゃが、術式を使用する際の
負担を軽減するための式を組み込んだので、少しばかり長くなってしもうた。
それと、高負荷の魔術を行使する際の負担を軽減する薬も一緒に送っておいた。
そちらは陛下からじゃ。
では、無事に解呪できる事を祈っておるぞ。
モーリア・ウィーザーより]
丁寧な字で書かれた手紙を見て、色々と俺の事も心配してくれている事に心が温かくなる。
陛下にも話が行っていたようで、高負荷魔術の負担軽減、なんていう貴重な薬を送ってくる辺り、嫌でも諸々期待されているんだな、と実感してしまう。
ここまでお膳立てされて、ミスしました、というわけにはいかないな。
「ジェーン、解呪ができるようになったけど、すぐにやるか? 準備が必要なら待つぞ」
「こっちはいつでもいい。そっちがよていないならすぐやんぞ」
屋敷内にいても所在無さげなジェーンは、何だかんだで食事と寝る時以外は執務室にいる。
なので、手紙の内容を検めてから、すぐに彼女に声をかけると、やるならすぐに、と返事がきたので、俺はジェーンを連れて屋敷の空き部屋の1つへと移動。
部屋の中の家具を隅に寄せて、広くスペースを取り、部屋の中心にジェーンを立たせ、とりあえずは準備OK。
陛下から、といういかにも毒っぽい紫色の薬品を一息に飲み干し、ルナスヴェートを右手に、モーリア老から渡された魔術式を構築していく。
ちなみに、俺は詠唱はしない派だ。
この世界の魔術は使うに当たって、別段詠唱だとか魔術名を唱える必要性は無い。
一応、魔術式を口に出す事で頭の中を整理できて、術の発動効率が上がる人もいるので、一概に否定する気は無いが、実戦では魔術式を口に出したら相手に何を使うかがバレるので、俺はしないだけである。
ただ、思考を区切るのに魔術名は唱える事が多いか。
その方が、連続で魔術を使用する時は脳内の術式構築を区切りやすい。
魔戦技も一緒だな。
おっと、思考が脇に逸れた。
いかんいかん、失敗できないんだから、術式に集中しろ。
2つの魔術を並列で構築していくうち、完成に近づけば使づくほど、身体が熱を帯びる感覚。
身体に重い負荷が掛かっている証拠だ。
いつもなら、途中で鼻血の1つでも流している所だが、今の所は問題無い。
ただ、身体に負荷が掛かっている感覚自体はあるので、全く負傷しないという事は無いだろう。
最も負荷が高まるのは、魔術発動の瞬間である。
そのタイミングで、どれくらいの負荷になるのか。
どのみち、できる対策はもう全部しているのだ。
あとはもう、野となれ山となれ。
「……奴隷解放・確固たる解呪」
二重魔術発動を実行した瞬間、熱を持っていた身体が、さらに熱くなった。
熱が鼻から溢れる感覚。
多分、鼻血が出ているが、倒れるほどの負荷は無い。
恐らくは、陛下のくれた薬と、モーリア老の負荷軽減術式が効いたのだろう、多分。
「……くっ、ああっ!?」
不意に、ジェーンが苦しそうな声を上げた。
自分の身体を抱くようにしつつ、痛みや負荷に耐えるような呻き声が漏れている。
ここから、俺にできる事は無い。
ジェーンを蝕む呪いと、彼女自身の戦いだ。
逆に言えば、発動した魔術はしっかりと効力を発揮した、という証左でもあるのだが。
「あー……薬がすごかったのか、モーリア老の術式がすごかったのか、あるいは両方か……どちらにせよ、お二方には感謝だな」
急に襲ってきた負荷に耐えるジェーンを見守りつつ、鼻血をハンカチで拭う。
身体の頑丈な竜人族とはいえ、呪いのせいでその身体は幼い。
彼女が耐え切れるのか、何とも言い難いラインだ。
解呪時に負担がかかるという事は、それだけ性質の悪い呪いだという事でもあるのだが。
とはいえ、ここからは見守るより他ない。
一番緊張する段階が終了したからか、少しだけ己の身体の感覚が鋭敏になった気がする。
身体の魔力器官が少し傷付いているのと、若干だが頭痛がするな。
まあ、この程度なら寝て起きれば回復するだろう。
「……くっ、ああああああああっ!」
解呪の効果が出始めてから、5分程度が経った辺りだろうか。
ジェーンが叫び声を上げた瞬間、部屋の中が光に包まれる。
閃光が目を灼き、視界が失われた。
それから、しばしの静寂。
視力が回復したであろうタイミングを見計らって、両目をゆっくりと空けてみれば、部屋の真ん中に倒れ伏す女性の姿が。
「あたしは……助かったのか?」
少しハスキーな声。
よろめきながら女性が立ちあがると、長く伸びた赤い髪が揺れる。
「ジェーン、なのか?」
幼女だった見た目から、すっかりと女性の見た目になっている彼女を見て、俺は思わず目を逸らす。
そう、服が幼女状態の貫頭衣だったせいで、見た目が色々と危ない事になっているのだ。
視線を逸らす前に見えたのは、長く伸びた赤い髪、高い身長、女性らしさもありながら、アスリートのような鍛え上げられた肉体。
そして、竜人族の特徴である、肘と膝から先の四肢の竜鱗と、幼女状態の時には無かった枝分かれした角と立派な尻尾。
とりあえず、このままでは色々と問題だろう。
「とりあえず、人を呼ぶから一旦着替えてくれ。話はそれからだ」
ジェーンを室内に残し、俺は逃げるように部屋を飛び出す。
部屋の外に彼女の叫びが聞こえていたのか、ちょうどすぐそこに何人かの使用人がいたので、メイドさんにジェーンの身の回りの世話をお願いして、俺は一度その場を離れたのだった。




