ワケあり3人目⑦
「あの人との話は聞いていました。これを」
何を言われるのか、と内心で身構えていたら、黒装束の王妃様から手帳を手渡される。
陛下との話を聞いていた、という事は、ジェーンの解呪関連か?
「この場で拝見した方がいいですか?」
「あなたに差し上げます。役に立てば良いですが」
この場で確認すべきかを聞いてみれば、手帳はくれてやる、と。
役に立てばいい、という事は、確実に役立つかはわからないって事だな。
とはいえ、手がかりは1つでも多い方がいいな。
「では、ありがたく頂戴いたします」
一礼をしてから、受け取った手帳をポケットにしまう。
これで用事は済んだかな、と思えば、王妃様は動かない。
俺の方から勝手に下がるわけにもいかないので、少し様子を窺おう。
「時に、今すぐにとは言いませんが、うちの娘を娶る気はありませんか?」
今度は娘を嫁に貰う気はないか、と問われ、俺は硬直してしまう。
確か、陛下と王妃様の間には、5人の子供がいたっけ。
その他に側妃様との間に3人の子供がいて、全部で8人の子供がいる。
一番上はもうすぐ成人するくらいだっただろうか?
男女両方いるので、一概に娘と言われても誰の事かわからないし、そもそも俺のような男爵と王女殿下では身分が違いすぎるぞ。
まあ、その辺りも込みで将来的な話だから、今すぐにとは言わない、という話なのだろうけども。
「ええと、そもそも私とは身分が違いすぎると思うんですが」
とりあえずは、お茶を濁す方向で行こう。
貴族になったとはいえ、男爵ならそこまで政略結婚を意識するほどではないはず。
「あなたなら、2年もあれば伯爵くらいには昇爵するでしょう。その頃には結婚適齢期ですし、もっと昇爵が早ければ婚約を早めても構いません。最低限伯爵まで昇爵すれば、養子経由で降嫁させられます」
あー、やっぱそうだよな。
王家としては、俺と繋がりを深くしたい、って事で意見の一致があるって事か。
いや、こうして王妃様単独で声を掛けてきているって事は、現時点では王妃様の独断?
とはいえ、変に断るのも印象が良くないだろうし、かといって王族を娶るとなると、色々と大変だ。
どうにか現時点でお茶を濁せないものかね。
「ええと、恥ずかしながら元々は貴族籍に戻るつもりが無かったので、王女殿下の誰かも検討が付かなくてですね……不勉強で申し訳ありません」
とりあえず、誰が相手かもわからないし、そもそも王女殿下が何人いて、それぞれ何歳なのかもわからない。
そんな状態で婚約がどうかと話してもな、と思う。
「末の娘は今6歳ですから、さすがにしばらくは婚約状態で待ってもらう事にはなりますが、真ん中の娘は今10歳ですし、上の娘は13歳です。年齢で言うなら真ん中か上の娘がちょうどいいとは思いますが」
あ、ご丁寧に年齢教えてくれるのね。
これはかなり本気の打診っぽいな。
しかも、末の娘は6歳って、年齢差婚としてあり得ないほどじゃないが、さすがにそれはどうなんだ。
いかに王族だから政略結婚の形になりやすいとはいえ、6歳のうちから将来の相手を決められても、可哀想すぎる。
「正直な所を申し上げますと、私は王女殿下方の事を何一つとして知りません。人となりも知らずに婚約というのも、お互いに幸せになれない可能性があります。無論、王妃様からの提案は嬉しく思いますが、今から話を進めるのは些か性急すぎると思うのです。無理に関係を縛らずとも、私は陛下に忠誠を誓っておりますし、せめて成人の頃に顔合わせを済ませてからでも遅くはないかと」
この国での成人年齢は16歳。
あと1年半と少しだが、とりあえず問題を先送りにする作戦。
また同じ話を1年半後くらいに持ってこられると、それはそれで困るわけだが。
「……確かに、少し性急すぎたかもしれませんね。ですが、頭の片隅には置いておいて下さい。あの人も、私も、それだけあなたを買っているのです」
どうやら王妃様は今回の話を考え直してくれたようだったが、諦めたというわけではないようだ。
本当に先送りにしただけだが、今はとりあえずこれで良しとすべきだろう。
「では、また機会を見て話しましょう」
そう言って、王妃様は一瞬で姿を消した。
多分、陛下の元に戻ったのだろう。
というか、子供が5人もいて、あれだけ強いって、軽く人間辞めてないか?
あくまで体感だが、老練の戦鬼と比べても、王妃様の方が強い気がするぞ。
あるいは、彼が若い頃なら同等くらいなのだろうか?
とりあえずわかっているのは、王妃様が一握りの中の上澄みにいる強さをしている、という事だ。
「……帰るか」
そもそも王妃様っていくつだ?
なんて余計な事を考えもしたが、世の中には知らない方が幸せな事も大いにある。
とりあえず、差し当たっては王妃様を敵に回してはいけない、という事だけは間違いない。
…
……
………
「ただいまー……って、これどういう状況?」
城から屋敷に戻ってきて、たまたま訓練場を通りかかると、死屍累々といった様相になっていて、思わず足を止めてしまう。
今日購入してきた奴隷の皆さんが、みんな訓練場に転がっている。
追加で屋敷の警備兵も転がっている中で、カナエが1人だけ立っている辺り、何となくオチが見えている気もするが。
「訓練してた。みんなやる気満々」
「ええと、みんなが怪我とかしないようにな?」
まあ、冷静に考えりゃそりゃそうだよな、と思う。
そもそも素手で魔物を殴り飛ばせるフィジカルお化けが、対人戦において弱いわけが無い。
滅茶苦茶強いかと言われれば、それは違うかもしれないが、一般的な兵士や冒険者なんかが束になっても、カナエには敵わないだろうし。
まあ、逆にカナエくらい理不尽な強さに馴れておいてくれた方が、みんなメンタルが鍛えられるんじゃないだろうか?
ともあれ、気絶している人とかもいたものの、大きな怪我をしてる人はいなかったようなので、その場をカナエに任せて屋敷内に入る。
「おかえりなさいませ」
家令さんが出迎えてくれたので、軽く俺がいなかった間の話を聞きながら、執務室へと移動。
執務室内には、書類を作るシャルロットと、所在無さげにしているジェーンがいた。
「ハイトさん、お疲れ様です。早速明日の午前中なんですが、追加の使用人候補と面談をして下さい。それと、予算案の改善をしたので、空いた時間でチェックを。今日雇い入れた奴隷の皆さんには、要望通り一通りの戦闘訓練を。明日からは戦闘訓練以外にも各仕事の研修を入れていきます。何か問題はありますか?」
「……何も無いよ」
シャルロットさん、仕事早いっすね。
とりあえずで投げた仕事全部終わってるじゃん。
予算案も、確認してくれと言われちゃいるが、今日の昼くらいには叩き台ができてて、その時点で修正は少しだけだったから、多分ほぼ修正なんて無いよ。
元々仕事できるタイプだと思ってはいたけど、これは予想以上だ。
「陛下との面会はいかがでしたか?」
「とりあえず宮廷魔術師を手配してくれる事になったから、予定が付き次第、ジェーンを連れてもっかい城に行く事になると思う。あとは呪いと解呪に関しての資料を貰ったから、これの内容の精査だな」
王妃様に貰った手帳をポケットから取り出し、ひらひらと振ってから、執務机に座る。
机には既に修正の終わった予算案の紙と、今日購入した奴隷たちとの契約書。
奴隷とはいえ、労働契約はしっかりするべきだという俺の宣言に従って、シャルロットが用意してくれたものだ。
とりあえずはこれらに目を通すかな。
「予定が決まるまでは暇だろうけど、我慢してくれ」
書類仕事に取り掛かる前に、ジェーンに一声だけ掛けておく。
当の本人は、興味無さげにりょーかい、と返事をくれた。
「ちなみにシャルロットは何を作ってるんだ? 頼んだ仕事は終わっただろ?」
机の上に頼んだ書類はあったな、と思い、作業をしているシャルロットに声をかける。
「これは今後の手続きや、城への提出に使うであろう書類を先行作成してるんです。書式は父の仕事を見て覚えていますから。先に大枠を作成しておけば、使う時に必要な部分を記載するだけでいいですし」
マジでシャルロットが有能すぎる件。
俺もう一生彼女に頭が上がらない気がするよ。
今の仕事がまだ少ない段階でこれだと、これから仕事が増えた時に彼女がいないともう回らない気さえしてくるぞ。
「無理は……」
「していませんよ。別に今日中に全部終わらせるつもりでもないですし。どの道やる事が無いのなら、先の事に備えておけば時間の有効活用です」
無理はしなくていいぞ、と言いかけた俺の言葉を遮り、シャルロットは笑みを浮かべた。
何だろう、暗にもっと仕事をよこせって言われてるような気がする。
きっと気のせいだよね……ははは。
そこはかとなく、今後俺は貴族家当主としてやっていけるのだろうか、という不安が……。
いつまでもシャルロットが俺の元にいるとも限らないから、彼女がいなくなった時の事もちゃんと考えておかないとな。




