ワケあり3人目⑥
「先ほどはすまぬな。だが、貴族となった以上、お前も逃れられぬ責務だ」
文官の案内で陛下の執務室に入れば、今日はクスティデル近衛騎士団長がいない。
珍しい事もあるものだ、と思いつつ、陛下の元へと歩いていけば、先ほどの茶番の謝罪があった。
貴族になった上に、陛下は俺を取り込む気満々だ。
いっその事、早いうちからガッツリと中枢に関わらせてしまおう、とか考えてそうだな。
「何となく意図は読めてますし、それに関してはいいです。ですが、今回の件に関わるに当たって、報酬というか、陛下の協力が欲しい事が1つ」
「ほう? お前が余を頼るのは珍しいな。良い、申してみよ」
決済した書類を脇に避けて、次の書類を流し読みしながら、陛下は興味深そうな表情に。
確かに、俺が自分から陛下を頼ったのは、ダレイス公爵家から絶縁してもらうために協力してもらったきりだ。
珍しいと言えば珍しいのかもしれない。
「ちょっとワケありな人材を拾いまして。二重に呪いがかかっているので、解呪の腕がいい人か、解呪に関する魔術書なんかを融通してもらったりとかしてもらえたらなと」
「呪いか。宮廷魔術師の手に負える代物かどうかわからんが、手配しておこう。彼の手に負えないようなら、その後の対応策も考えようではないか」
どう反応するものか、と思っていたら、陛下は二つ返事で解呪関連の手続きを受けてくれた。
多少渋ると思ってたから少し意外だ。
とはいえ、それで話が円滑に進むのなら、悪い事ではないしな。
「ずいぶんと簡単に認めてくれるんですね」
「なに、お前が悪さのために解呪を願い出るとは思っておらぬし、そもそも余に協力を仰ぐというのなら、それはハイト自身の手には余るという事よ。違うか?」
「信頼に涙が出そうですね。その分面倒も背負わされそうですが」
「ハッハッハ、よくわかっているではないか」
勝手知ったるとばかりの軽い会話。
俺の思惑も、陛下の思惑も、お互いに大きなズレは無いと確認するための、じゃれ合いのようなものだ。
これが人によっては挑発のし合いだったりもするので、貴族というのは面倒な生き物である。
あくまで俺と陛下の関係性が特殊なだけで、普通はただの男爵と一国の王がこんなやり取りをしているなどあり得ないのだが。
「宮廷魔術師の手配については追って連絡しよう。なるべく早く手配するが、さすがにそうホイホイと動かせるような役職でもないのでな」
「それだけでも助かります。どうにも最近の教会には任せられそうにもなさそうですし」
「そうさな。教会についても色々と問題があるのだが、今は国内の安定が先だ。そのためにも、お前の所の戦力や人材が増えるのは、こちらとしても願ったり叶ったりよ」
「面倒な貴族には目を付けられそうですがね」
「なに、そういう手合いはただの無能だ。お前の有能さに気付けぬような愚物に貴族は務まらん。適当に潰しておけばよかろう。既に公爵家すら潰しているのだ。今さら貴族の1つや2つ、潰した所で何も変わらん」
あーらら。
焚き付けたのは俺だけど、ずいぶんと陛下の覚悟がキマってるなあ。
まあ、元々は辣腕の政治屋だ。
それに覚悟が伴えば、化ける。
そう思ったからこそ、焚き付けもしたのだが。
まさかそのツケを自分が払う事になるとは、思ってもみなかった。
とはいえ、信頼されるのは悪い気分ではないし、今の陛下ならこの国を立て直した上で、発展させられるだろう。
陛下が大丈夫な限りは、俺も焚き付けた責任を負う事も吝かではない。
「さて、それではこちらの用事についても触れて良いか?」
「はい。俺がどうにかできる問題かはわかりませんが」
閑話休題。
話を切換えた陛下が、真面目な表情と雰囲気を纏ったので、結構難しい、もとい面倒な話になりそうである。
「先ほど一緒に謁見させた2人の侯爵についてだ。どちらも軍部に大きな影響力を持っていてな。初めはタイラン侯爵を軍の総帥に据え、アーミル侯爵を補佐に付けるつもりだったのだが……ダレイス元公爵の勢力を取り込んだ途端に、タイラン侯爵が野心を露わにし出してな。未だ国内が安定していないというのに、しきりに侵略戦争を仕掛けるべきだと主張し始めておる」
「自国の利益がどうこうよりも、ただ戦争をしたいだけでしょうね、あの男は。戦争屋とでも言うべきでしょうか。領土を広げる時には頼もしい存在でしょうが、国の安定を取る時には邪魔になる。そんな厄介者ですね」
何というか、タイラン侯爵が某戦争屋に思えてきたな。
ところがぎっちょん、なんて言い出したらいよいよ爆笑する自信があるぞ俺は。
「うむ、お前の言う通りよ。ゆえに、余はアーミル侯爵に軍の全権を任せる方針に変更した。が、今の状況で無理にそれを推し進めれば、軍部が真っ二つに割れ、内乱が起きるのは目に見えておる」
「陛下としては、タイラン侯爵を落とす理由が欲しいんですよね? 彼の求心力を落とすような何かが。だから国内の治安維持を任せて、何かミスをするように仕向けたと」
「すっかりお見通しではないか。そうさな、このまま国王になる気はないか?」
少しおどけるようにして、陛下からとんでもない提案が飛び出す。
まあ、一考の余地も無く却下なんだがな。
「それだけは断固拒否させてもらいます。俺が貴族になる事を受け入れたのは、陛下だからです。無論、陛下がこの国を治めるに足りぬと思えば、俺はすぐにこの国を去ります」
「手厳しいな。だが、お前の信頼を得られている事は嬉しく思うぞ」
そう言って、陛下は微笑む。
付き合いの濃さでこの言葉に裏が無いのがわかるだけに、どう返答したものか悩む。
まあ、気になるポイントだけ伝えておくか。
「タイラン侯爵が何かしらボロを出してくれればいいですが、いきなり陛下の喉笛に噛み付くような真似をする可能性もあります。充分に警戒をした方がよろしいかと」
「うむ。それについては既に手の者を潜り込ませておる。何かしらの不正の証拠でも出てくれば話は早いが、あやつは戦争がしたいだけで、それ以外は不正を嫌う真っ当な人間なのが悩ましい」
へー。
戦争したがる以外はマトモなんだな。
だからか、クソ親父と一緒に処断されなかったのは。
もっとも、さっき言ってたように軍部関連の問題があるのも確かなんだろうけど。
「そういえば、クスティデル近衛騎士団長がいないようですが?」
「ああ、あやつは久方ぶりの休暇よ。いい加減に嫁と娘たちに愛想を尽かされそうだと泣き付かれたのでな」
あー、なるほど。
家族サービス中か。
近衛騎士団長という立場まで上り詰めようとも、家に帰れば1人の父親なんだな。
「さて、まだ何か話があるか?」
「いえ、今の所は特には。こっちで何か掴めたら知らせます」
「そうしてくれ。現状はお前に動いてもらうような案件は無いから、今の内に人員の補強や足元の強化を進めるように」
お互いに必要な事項のやり取りもできたので、俺は陛下の執務室を後にした。
行きとは違う文官に案内されながら、出口へ向かって歩く事しばし。
不意に何かを感じ、足を止めた。
「……相変わらず、いい勘をしていますね」
背後から、感情の籠もらない、冷たい女性の声が聞こえる。
ああ、この人か。
そう思った時には、目の前に黒装束に身を包んだ1人の女性がいた。
相変わらず、底知れぬ実力者だ。
S級冒険者を含めたとしても、この国で最強を名乗れるんじゃないかと思う。
「珍しいですね、あなたが陛下の傍を離れるなんて」
「必要があれば、あの人から離れる時だってあります」
王の守護者。
冷徹なる仕事人。
黒衣の影。
異名はいくつかあれど、そもそも彼女の存在を知る者は少ないし、その中でもこの女性が王妃だと知る人はもっと少ない。
このお方がいるから、陛下が放蕩王の異名を取れたというのもあるのだが。
さて、俺は何か目を付けられる事をしてしまったのだろうか?
問答無用で殺されていない辺り、要警戒、くらいに収まっていそうだけども。
ともあれ、油断できる状況でないのは確かで。
ちなみに、文官さんは立ち止まった俺に気付かずに先に行ってしまった。
恐らくは、俺の目の前にいる黒装束の王妃様の差配なのだが。
差し当たっては、この場を無事に切り抜ける必要がある、というのは間違いのない事実だ。




