ワケあり3人目④
「し、失礼いたしました。それでは手続きの方に移りましょうか」
俺の圧が効いたのかは不明だが、店主は少し青い顔になって話を進め始めた。
値段も特にぼったくりのような価格でもなく、これといって問題の無い範疇だったので、契約書にサインをして、手続きを進めていく。
首輪外しの契約も快く引き受けてくれたので、今日はいい買い物をできたと思う。
残る問題は、見た目幼女の呪いの件だけだな。
人数がそこそこいたので、首輪外しに結構時間がかかったものの、何とか昼前には帰路に着く事ができた。
街中を奴隷10人引き連れて歩く子供、という割かしヤバめな絵面なのだが、特に警備兵に呼び止められたりする事も無く、無事に屋敷へと帰り着く事に成功する。
本来なら、貴族らしく馬車とかの移動手段を使うのだが、いかんせん急な昇爵だったため、諸々の準備が間に合っていないのだ。
馬車も何台かを業者に発注しているものの、まだ納品待ちなので、今は徒歩か有料の馬車を使うしかない。
そんな新興貴族の辛さを内心で嘆きつつ、屋敷に戻ってすぐにシャルロットを呼び出す。
「おかえりなさいませ、ハイトさん。いい人材は見つかりましたか?」
急な呼び出しにも、シャルロットは嫌な顔1つせずに応じてくれて、ありがたい限りだ。
あまり彼女に頼り切りになるのも良くない、とは頭でわかっているものの、ついつい頼ってしまう。
「とりあえず警備兵が5人、ハウスキーパーが4人、ワケありが1人だ」
「なるほど、いい人材を見つけられたのですね」
連れてきた奴隷たちを、シャルロットが各部署の使用人に教育するように振り分け、俺とシャルロット、カナエと見た目幼女のみが執務室に残る。
「で、この子がワケあり、ですか」
「うるせー、あたしはこれでも18だ」
シャルロットが頭を撫でようとしたので、見た目幼女のジェーンはそれを振り払う。
シャルロットはと言えば、苦笑いをしつつ、本当ですか、と視線を向けてきた。
「それが事実でな。呪いにかけられてて、子供の姿のままみたいなんだ。結構ややこしい呪いにかかってるみたいだから、解呪に手間はかかりそうなんだが、解呪さえできれば即戦力になってくれそうだったから、買ってきた」
「呪い、ですか」
シャルロットは色々な角度からジェーンを見回して、ふむ、とおとがいに手を当てて、考える仕草をする。
「うっせー、じろじろみんじゃねえ」
「口が悪い」
威嚇するように、シャルロットを睨むジェーンを見て、ぼそりとカナエが呟く。
耳聡くそれを聞き取ったのか、ジェーンはぐるりと矛先をカナエへと変更し、がるるる、と威嚇を始める始末。
とはいえ、当の本人は柳に風とばかり受け流し、お腹空いた、と腹の音を鳴らしている。
相変わらずの腹ペコキャラだなあ、と思いつつ、そういえば昼時だったな、と思い直す。
「カナエ、先にメシ食ってきていいぞ」
「やった」
この場で俺とシャルロットの相談を見ているだけというのもヒマそうだったので、一足先にカナエを食堂に送り出し、シャルロットとジェーンについて考える事に。
「呪いと言えば、竜教会に寄進を行って解呪するのが一般的ですが……話を聞く限りだと、一般の司祭やシスターには手に負えなさそうですね」
「そうなんだよな。少なくとも、最上位の聖職者か、聖女クラスの能力じゃないと手に負えない気がするんだ。とはいえ、最近の竜教会は足元を見てくるからな。できれば頼りたくはない」
竜教会。
正式は竜然教と言い、リアムルド国だけでなく、この大陸全土で広く信仰される宗教で、特別難しい戒律などがあるわけでもなく、朝と夕方に祈りを捧げ、自然を大切にしましょう、という程度の経典があるくらいの緩い宗教だ。
起源はかなり古く、この大陸の土着信仰と言われている。
その昔、竜という大いなる存在に感銘を受けた1人の人物が、その生き方を参考にすれば心穏やかに長生きできる、として説法を説いたのが始まりだとか。
公爵家にいた頃に教育された程度の知識だが、いつからか魔術や祈術による回復や解呪といった分野を専門にし始め、治療のために寄進という名の代金を取るようになったそうな。
まあ、それそのものは各地の病院のようなものだし、善意だけでは色々と運営できないのは確かなので、料金を取る事自体は間違っていないと思う。
しかし、ここ最近は寄進という名の料金が値上がりする一方で、貴族から多く料金を取るのは良しとしても、平民以下からの料金も値上がりが止まらない。
そのせいで、各国の死者も増えてきている、というのが俺の習った内容だ。
今はどうか知らないが、その辺りが大きく緩和される事などがあれば、そこいらでニュースになるはずなので、話題として聞いた事が無いという事は、そういう事なのだろう。
「確かに、最近の教会は治療の質そのものも下がっていると聞きます。教会を当てにするべきではないかもしれませんね。そうなると、陛下を頼るのが1番いいかと思います。もしかすると、王家なら何かしらの方法を知っているかもしれませんし、陛下の人脈から、解呪に詳しい人物を紹介して貰えるかもしれません」
「あとは俺が魔術なり祈術なりで解呪を覚えるかのどっちかだな。ま、とりあえずは陛下に相談するのが早そうか。もう貴族にさせられた以上、こっちが遠慮する意味も薄いしな」
というか、今の陛下なら俺に貸しを作れるなら喜んで作りそうな気がするし。
そっちの方向性で進めるとするか。
「私も知り合いの伝手を辿ってみますね。使用人候補の採用や予算組みの片手間にはなってしまいますが」
「悪いけど頼むわ。俺は早速、明日から陛下に会えないか掛け合ってみるよ」
シャルロットと今後の動向を決めつつ、俺は陛下への手紙を認める。
もちろん、内容は面会の取り付けだ。
使用人に城へと届けるようにお願いして、シャルロットが仮組みした予算案に目を通し、書類の決裁を進めていく。
「なあ、あたしはなにすりゃいいんだ?」
完全にほったらかしにしていたジェーンに声をかけられ、俺は仕事に没頭してしまっていた事に気付く。
ついでに、昼メシがまだなのにも気付いてしまった。
おっと、いかんいかん。
集中しだすと他が疎かになるのは、前世から続く俺の悪いクセだ。
「今はその身体じゃ何もできないでしょうから、のんびりしていていいですよ。あ、もし良かったら呪いをかけられたり違法奴隷印を付けられた経緯を語ってくれてもいいですが」
執務机の向こうから、こちらを見上げるようにしているジェーンは、少し退屈そうではあるが、まだ警戒の色が強い。
あれか、やっぱりロリコンだと思われて警戒されてるんだろうか?
「……あたしにけいごなんて、つかわなくていい。きもちわりいんだよ」
それだけを言い残して、ジェーンはぷいっとそっぽを向くと、とてとてと来客用ソファーに歩いていき、すとんとそこに腰を降ろした。
本来なら、仕事を割り振らないといけないんだが、さすがに実年齢が18歳とはいえ、見た目が10歳に満たない幼女に仕事をさせるのは罪悪感が勝る。
彼女には申し訳ないが、解呪できるまではこのままかなと思う。
とはいえ、そもそも俺は彼女の解呪をできるのか。
そんな不安を若干感じつつも、俺は手元の仕事を進めていくのだった。




