ワケあり3人目①
「これは……男爵にしてはずいぶんと立派な屋敷ですね」
「陛下の事だ。どうせすぐに出世するだろうから、最初からデカい屋敷をあてがっておこう……とか考えたんだろうな、きっと」
正式に貴族となる話を聞いた翌日には叙爵式が行われ、俺は晴れて男爵位を授かった。
少し驚いたのは、俺以外にも新たに叙爵される人が何人かいた事と、特にやっかみの視線に晒される事が無かった点だ。
まあ、旧態然とした貴族はクソ親父の件で、あらかた処断されたからなのが主な理由なのだろうけど、それでも無駄にプライドの高い貴族というのは存在するはず。
その辺りは上手く陛下が抑えられているのか、たまたまそういう貴族が出席していなかったのかはわからなかったが。
それから、新たな拠点となる屋敷に、陛下直属の文官が案内してくれたわけだが……その屋敷の立派さに圧倒される。
そして、想像しなくても、陛下がいい顔をしているのが目に浮かぶ。
おそらくは、普通なら伯爵とか侯爵辺りクラスの屋敷をあてがわれたので、文官に本当にこれで合ってるかどうかを2回も確認してしまった。
「お帰りなさいませ」
文官に案内されるまま、屋敷内へと入れば、中ではメイドや執事の方々がお出迎えしてくれる。
この辺りは陛下からも話はされていて、一定期間は国で人員を貸すので、その後の人員は自分で確保するように、と。
一旦は大丈夫だが、冒険者としての人材以外にも、身の回りや屋敷の維持管理をする人材も集めていかないいけないな。
とはいえ、幸いにして期日は明確に定められているわけではないので、そこまで焦って動くほどでもない。
ここ1年以内くらいをイメージして動けばいいのではないだろうか。
「しばらくお世話になります」
「はい、よろしくお願いいたします。男爵様」
一度屋敷の使用人を集めてもらって、俺たちの自己紹介を済ませ、それからは屋敷内を案内してもらう。
ちなみに、3階建ての立派な屋敷で、当主となる俺の寝室と執務室は3階の一番奥にあった。
内装や家具は現状で最低限のシンプルな作りなので、ここから好みにカスタマイズしていけばいいようだ。
まあ、この辺はしばらく放置で構わないだろう。
最低限、とは言っても貴族として恥ずかしくない程度のレベルのものは揃っているしな。
シャルロットとカナエにも自分の部屋を選ばせたら、カナエは俺の寝室の向かい側、シャルロットはその隣を選んだ。
まだまだ空いている部屋もあるのに、わざわざ俺の部屋に近くする必要ある?
なんて思ったりもしたが、逆にまとまった場所の方が色々と楽な部分もあるだろう。
「貴族としての執務なら、私もお手伝いできると思いますので、遠慮無く言って下さいね」
「ああ、頼りにしてる」
現状では、モデルケースの新部署に配属されている事もあって、貴族の仕事らしい仕事は無いのだが、この辺りは陛下なりにまずは地盤を固めなさい、という気遣いをしてくれているのだろう。
……多分。
「それで、状況はお聞きしましたが、どういった方針で動くおつもりでしょうか?」
「まあ、兎にも角にも人員の確保だな。幸い、男爵としての財源も既に陛下が付けてくれてるし。今いる使用人たちは期間限定のお手伝いだから、なるべく早くに俺たちだけでやっていける地盤を固めないと」
俺とシャルロットがああでもないこうでもないと、今後の話をしている中、カナエはマイペースに寛いでいる。
ホント、自由人だよなあ、と思う。
まあ、単純に貴族関係の話に関わっても役に立てないのを弁えている、ってのもあるんだろうが。
「そういうわけで、早速なんだけど、シャルロットには使用人の募集と予算組みをやってもらいたいんだ。使用人はとりあえず屋敷の維持管理メインで、俺たちの身の回りの世話は一旦おいておこう」
幸い、俺たちは自分たちで身の回りの事は一通りできるので、このデカい屋敷をどうにか維持管理するのが第一だ。
料理人だとか、側付きの使用人なんかは後回しでいい。
「かしこまりました。任せて下さい。ちなみに、登用する使用人は身分などの制限を設けますか?」
「犯罪者や人間性に問題のあるやつじゃなきゃ身分はどうでもいい。能力と人間性さえあれば、奴隷だろうが孤児だろうがスラム民だろうが問題じゃないからな。言葉遣いやら知識やらは後からいくらでも教育できる」
俺の方針を聞いて、シャルロットは頼もしい笑みで任せて下さい、と胸を張った。
ホント、こういう話には頼りになるな、シャルロットは。
カナエもカナエで戦闘面においては頼れるんだけど、普段の生活では大食いでややポンコツ寄りなだけだから、まあ適材適所というヤツである。
「俺は俺で冒険者方面の人材を探すよ。俺とカナエだけじゃ手に負えない事態もこれからどんどん増えるだろうからな」
「奴隷探す?」
冒険者方面の人材探し、というう部分にカナエが反応を示す。
まあ、奴隷に関しては鑑定というアドがあるので、あれこれ探すのもアリだ。
資金に関しても、前回のシトランの依頼報酬が総額で白金貨20枚とかなりの高額だったので、懐具合にはかなり余裕がある。
「そうだな。実際にはそれが無難そうだ。ギルドで声かけてもいいんだが、ソロでやってて俺たちと組んでくれるような人材もそういないし、何よりも俺たちは言えない部分が結構多いしな」
陛下との関係だとか、俺自身であれば前世の記憶があるとか鑑定ができるとか。
いっそ機密が多いのなら、その辺りも込みで人材を雇える奴隷の方が諸々と都合もいい。
ましてや、使用人と違って数よりも質を重視したいので、なおの事奴隷の中からいい人材を探すのは悪くない選択のように思う。
「では、私は大枠で予算組みと使用人の募集準備をします。後で確認はしてもらいますが、基本的には私の主導で進めていいんですよね?」
「ああ。貴族的なしきたりだとか、そういう部分は俺よりも詳しいだろうしな。その辺りは全面的に頼らせてもらう」
餅は餅屋って言うしな。
どちらかと言えばマトモな貴族教育を受けていない俺と、キッチリと公爵家で教育を受けたシャルロットでは、その知識も教養も月とスッポンだろう。
そんなわけで、俺はぶん投げられる部分はシャルロットにぶん投げて、カナエを連れて王都に繰り出す。
貴族街を通って移動するのは、俺がダレイス公爵家にいた頃以来なので、久しい感覚だ。
「カナエ、一応聞いてみるが、奴隷仲間とか……」
「いない」
「うん、知ってた」
でしょうね、と思いつつも、一応は聞いてみた。
もしかしたら、万が一くらいの確率で知り合いがいるかも、とか思ったが、そんな事は無かったわけだが。
だが、カナエに備わる勘の良さみたいなのは信頼していもいい気がしている。
ある意味、野生の勘のような感覚が備わっているような気がするし。
「カナエ、どこかピンとくる奴隷商店を教えてくれ。ただ闇雲に探すよりは良さそうだ」
「んー……こっち?」
結構無茶振りをしたはずなのだけど、カナエは首を傾げつつも俺を先導していく。
変に道を曲がりくねったりせず、どこか目的地があるように真っすぐ進んでいった。
「……ここ?」
「疑問形だけど、とりあえずカナエの感覚を信じるよ」
到着するなり、カナエは首を傾げたが、そこには1件の奴隷商店。
これといってランクが高くもなく、低くもないといった感じのザ・中間といった感じの店だが、日本人は困ったら中間品質を買え、と言われるような気がするし、カナエの野生の勘が何かを感じ取ったのかもしれない。
とりあえず、このまま外でぼっ立ちしているわけにもいかないので、意を決して俺は奴隷商店の中へと足を踏み入れていった。




