ワケあり2人目㉖
「遅れずに来たな、ハイト」
お祝いと称して、少し豪勢な夕食を堪能した翌日。
俺は朝からリアムルド城を訪れていた。
前に来た時よりは兵士や使用人が増えていて、だいぶ活気が戻ったように思う。
相変わらず、すぐに陛下の執務室に通されて、クスティデル近衛騎士団長の立会いの下、陛下との面会となる。
今日はカナエやシャルロットはお留守番だ。
こういう畏まった場はカナエに向いていないし、シャルロットは連れて来ても良かったかもしれないが、特に連れて来る用事があるわけでもなかったので、俺1人になったのだが。
「正直、来たいとは思っていませんけどね」
「はっはっは、相変わらずつれないな。まあ、お前の事だから、余の目論見に気付いてもいるのであろうがな」
「だから来たくなかったって言ったんですよ」
以前よりは少し減ったのだろうが、陛下は同じように執務机で執務をこなしつつの謁見である。
いや、比較的自由に発言できる場だから、謁見というよりは語らいに近いか。
とはいえ、俺の予感は当たっているようだし、向こうも俺がそれに気付いているのが織り込み済みのようだ。
多分、お互いの妥協点を探った上で着地点を決める場になるだろう。
「さて、バレているのに策を弄してもしょうがないから単刀直入に聞こう。今、欲しいものはあるか?」
欲しいもの、ね。
恐らく、陛下の狙いは俺の要望に合わせて、今確定している褒賞を調整する事だろうな。
例えば、爵位や土地がもう内定していて、俺が全く関係無いものを欲しがったら、そこから差っ引いて欲しいものを出す、といった感じか。
とはいえ、領地貴族とかになる気も無いし、どうしたものかね。
「……やはり、領地持ちの貴族になる気は無いか?」
「でなきゃ悩んだりしないですよ」
付き合いも長いからか、俺の考えはすっかりバレているらしい。
さて、どうやって陛下の思惑を外そうか……。
「だが、元はと言えば、余やアトリウスを焚き付けたのはお前だ。余らは焚き付けられたからには、使えるものは全て使ってこの国を建て直さねばならん。お前はいい加減、自分の非凡さに気付け」
かなり久しぶりに見た、陛下の真面目な表情に、俺は反論の言葉を出せなかった。
確かにシャルロットの件でクスティデル近衛騎士団長や、陛下を焚き付けたのは俺だ。
それはより確実に、クソ親父を追い詰めるための方策であったし、シャルロットからの依頼を達成するためでもある。
その過程で、俺の作戦が成功した場合に、国がズタズタになる事もわかってしまったし、いざとなれば国など捨ててしまえばいいと、楽観的に捉えていた所もあるな。
……結局は、自分の身から出た錆、って事かよ。
「……ちなみに、俺の希望を考慮しない場合、今回の褒賞はどのようなご予定で?」
受け取るとは一言も言っていないが、陛下がどんな報酬を出すつもりだったのかはちょっと気になる。
正確には、どういう条件なら俺を懐柔できると思っているのか、になるか。
「こちらの予定としては、爵位を男爵とし、王都内の屋敷を下賜するつもりだった。余も領地を渡すには、まだ時期尚早と思っているのでな。だが、法衣貴族ではなくなるゆえ、国のために働いてもらう必要も出てくる。そこで、ハイトには王命調査隊という事で動いてもらおうと思っておる」
「王命調査隊、ですか」
聞き覚えの無い言葉だ。
少なくとも、俺の知識の中には覚えが無い。
字面からすれば、国王の命令に従って、あれこれ調査を行うという事になるが。
「余がハイトを取り込む手段をあれこれ考えた結果だ。新設の部署となるが、ハイトには余の命に従って、様々な事を調査してもらう。が、常にそういった仕事があるわけでもないし、いまやA級冒険者としての肩書きを持つお前ならば、各地へ飛んでもらうのに都合がいい。まあ要するに、今まで冒険者ギルドで受けていた依頼を出すのがリアムルド王国になる、という話であるな。無論、ギルド側にも承認は得ておるし、協力体制もできておる。早い話が、今までとそう変わらん、という事だ。依頼先が変わるだけで、な」
あれ、これってもしかして外堀埋められてね?
ギルド側も承認している、って辺りが最高に詰んでる気がしてきたぞ。
「これは今後の試験的な運用も含めておる。要するに、国公認の専門冒険者を持つ事にしたのだ。その第一人者がハイト、お前というわけだ。以前から、ギルド側からの打診は受けていたが、今回は色々と利害の一致もあって、それを承認するに至ったわけであるな。お前ならば礼儀もしっかりしておるし、冒険者側の肩書きも申し分無い。何より、余が信頼できる。どうだ? 悪い話ではないと思うのだが」
俺をモデルケースにして、各国に国公認の冒険者を置く、か。
確かに冒険者ってのは、基本的には自己責任で、生きるも死ぬも運次第。
国によっては信頼ができないという理由で、冒険者の入国が断られる場合もある。
ギルドとしては、その辺りの改善もしつつ、新しい販路を開拓したい、といった理由で、この話が出て来たのだろう。
で、俺を国として取り込みたい陛下と利害が一致した……と。
もう冒険者ギルドという外堀が埋まっていて、あとは俺の承認を得られるかどうか……。
この辺りが強制でないのは、恐らく冒険者ギルド側の思惑か。
冒険者は自由である、というのがモットーだしな。
無論、自由である代わりに責任も重いのだが。
「一応確認を取る形になってますけど、拒否権無いですよねこれ」
「そうであるな。ギルド側から本人の意志が必要と言われなければ、強制任命していたのだが」
ここに来て、陛下がしたり顔で笑みを浮かべる。
なるほど、今日ここに顔を出した時点で俺は詰んでたわけか。
しかも、性質が悪い事に、俺が断る理由がほぼ存在しない。
法衣でない貴族位を得る事になってしまうが、これは冒険者をする上で確実にデメリットというわけでもなく、依頼次第では貴族と折衝が必要な場合があるので、そういった点では爵位が有効に働く場合もあるし、何なら今の俺たちが欲している拠点が、屋敷という形で無料で付いてくる。
しかも、冒険者としての仕事そのものは続けられるのだ。
若干自由度が減ってしまう部分もあるかもしれないが、国公認、というのはネームバリューとして強いし、モデルケースとしての試みを成功させる事ができれば、収入も盤石となるだろう。
ますますもって断る理由が無い。
国というバックが付くという事は、シャルロットやカナエたちを守る事にも繋がるし、どう転んでも損になる目は低い。
裏目があるとしたら、リアムルド王国が滅亡する事だが、今の陛下ならば、恐らくは立て直しきるだろう。
すなわち、マイナスの要素が、無い。
「……わかりました。今回の報酬、全て受け取らせて頂きます」
「ハイトよ、よく決断してくれた。お前という有能な人材を繋ぎ止める事ができて、余は嬉しく思う。まだ、国のために尽くせとは言わん。ただ、己の暮らしを守るために全力を尽くしてくれ。それが国のためになり、ひいてはお前のためになるだろう」
喜びの表情で、陛下は執務机から立ち上がると、俺の方へと歩いてくる。
そして、一枚の紙を手渡してきた。
それは、”王命調査隊としてハイト・リベルヤ男爵を任命する”という証明書だ。
俺が提案を蹴らない(蹴れない)とわかってて、先に準備してやがったな。
全く、本気になった陛下は抜け目が無い。
少しくらい手加減してくれてもいいのに。
ともあれ、今日ここに、俺は正式にリアムルド王国の貴族となる事が決定したのだった。
これでワケあり2人目は終了となります。
次回からワケあり3人目に入っていきますので、どんなワケありが出てくるのかお楽しみ下さい。
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