ワケあり2人目㉕
「ただいま~……」
冒険者ギルドで昇格の話を受けて、手続きもあれこれしてから、その足で燕の休息地に帰ってみれば。
昼下がりくらいだというのに、えらく憔悴した様子のシャルロットが部屋にいた。
俺の姿を見るなり、こちらに突撃してくるのだが、既に涙腺が崩壊している。
「バイドざん……心配、じまじだよぅ……」
見事にタックルをかまされつつも、それを受け止めれば、俺の胸元でさめざめと泣き始める始末。
これ、もしかして俺の様子が連絡入ってたか?
「私もハイトも無事。心配ない」
入口でシャルロットに捕まった俺の後ろを通り抜けて、カナエが一声かければ、良かったです~、とまた泣く。
なんだかシャルロットが幼児退行しているような気がするが、心配をかけたのは間違いないので、甘んじて受け入れる。
しかしこうしてみると、ここも手狭になったなあ。
俺とシャルロットだけでも割かしいっぱいだけど、カナエもいるからもう寝るスペースがギリギリだ。
しかし、今回の報酬がかなりの額になるのが確定しているので、拠点移動もすぐだろう。
何なら額が膨らみすぎて、用意に時間がかかると言われてしまったのだ。
ギルドからの報酬と、ポトン伯爵からの報酬と、国からの報酬がそれぞれ入るので、かなり懐が潤う。
そういえば、国からの報酬については、明日受け取りに行かないとだったな……。
シャルロットが落ち着くまで、と思って現実逃避をしていたら、嫌な事を思い出してしまった。
「……すみません、取り乱してしまいまして」
たっぷり10分くらい泣きまくった後、羞恥心からか顔を赤くしたシャルロットがゆっくりと俺から離れていく。
まあ、冒険者稼業をやってたら、長期の依頼なんかもこれからは入ってくるだろう。
その度にこんなんやられてたらキリが無いと言えばそうなんだが、それでも彼女がこうして弱みを曝け出せるような存在が、俺なのは少し嬉しい。
というか、ある意味では俺のせいで彼女の人生は狂ってしまったのだ。
そういう点では、彼女の人生に責任を持つのも俺の役目のような気がする。
これ、口に出したら絶対に怒られるけどな。
「状況はカナエさんから手紙で伺っていましたので、完全に把握していたんです。一時はハイトさんが生死の境を彷徨ったと知って、ついつい取り乱してしまった次第でして……」
そう言って、シャルロットはばつが悪そうに俯く。
というか、カナエが手紙を出していただって?
俺、全く知らなかったんだが?
「仲間に情報共有、大事」
何を勝手な事を、と思ってカナエを見れば、悪い事はしていない、と立派な胸を張る。
最近環境に慣れたせいか、だいぶ地を出すようになってきたな。
とはいえ、今はまだ3人だし、そこまで大規模な物資管理なんかは必要ないが、これが規模が大きくなってくると諸々と話が変わってくるのだが、なんだかちょっとドヤ顔してる雰囲気のカナエを認めたくない。
「それで、今日は今までどちらに? 様子を見るに、着いたばかりというわけでもありませんよね?」
カナエと視線でちょっとしたバトルを繰り広げている間に、シャルロットから質問が入った。
ああ、ちょうどいいから昇格する話とか報酬の受け取りの話とか、諸々済ませようか。
「朝にはこっちに着いてたんだが、急ぎでギルドの方に呼ばれててな。細かい話は省くけど、俺がA級、カナエがB級に昇格する事になった。あと、今回の依頼の報酬関連で、明日リアムルド城に行く必要がある」
「一気にA級昇格なんて、すごいじゃないですか! 今日はお祝いしないとですね!」
まるで自分の事かのように、俺とカナエの昇格を喜んでくれるシャルロットを見て、ええ子や……と父性を刺激されてしまう。
慣れてくると割と自由人なカナエとは月とすっぽんである。
とはいえ、カナエの食事量と、今の財布事情を考えると、あまり散財している状況でもないんだよなあ。
「いや、何だかんだでそんなに資金がない。依頼の達成に時間がかかったし、その分額が膨れたせいで報酬がすぐに出なくて手元は結構寂しいんだ。お祝いしたい気持ちはやまやまなんだけど、な」
なんやかんやで旅費や宿泊費はポトン伯爵や国、ギルドで持ってくれてたが、やはりカナエの食費がかなり嵩んだし、手元の資金は若干心許ない。
一人でそこまで使うわけでもないとはいえ、シャルロットも俺が置いていった資金で生活をやりくりしていたのだ。
直近で大きく金がかかるようなイベントは無いはずだが、やはり金を使うなら収入が確定してから、と思ってしまうのは、俺の根が小市民なせいろうか。
「ふっふっふ、そんなハイトさんに朗報ですよ」
ちょっと勿体ぶった言い方をしつつ、シャルロットが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
朗報、という事は臨時収入があったとか、そんな所なんだろうけども。
「実は私、お2人が留守の間に、ちょっと投資をしたんですよ。そのせいで一時的にちょっとだけ節約する事になりましたが……なんと! 今は手元に金貨が500枚もあります!」
そう言って、俺たちに見えないよう隠していた巾着袋をベッドの下から取り出し、部屋に備え付けのテーブルの上にドン、と置く。
その重量感のある音は、彼女の言葉に嘘が無い事を示して……いや待て。
「一応確認するが、借金したりはしてないんだよな?」
真面目な表情でシャルロットを見るが、彼女は目を逸らす事なく、ドヤ顔である。
「そんな事するわけないじゃないですか。これでも宿の部屋代と食費は向こう2ヶ月分くらいは残してましたから。たまたまいい投資先が見つかって、それが上手く当たったんですよ」
ドヤ顔のまま、彼女が取り出したのは、1枚の書類。
手渡されるままに見てみれば、そこには今回の投資に関わる内容が書かれている。
”可変型武器の製作及び流通に関する取り決め”と書かれたそれは、綺麗なシャルロットの文字と、見覚えのある力強い字。
署名の欄を見れば、シャルロットの名前とブライアンさんの名前があるではないか。
どうやら、俺がモニター役で使っている可変武器が一部の物好きの目に留まり、密かなブームが起きたようだ。
それで注文が増えたものの、製作コストがかかるので、ブライアンさんは出資者を募ったらしい。
それに目を付けたのがシャルロットで、他に競合する出資者もいなかったので、そこまで巨額の投資でなくともかなりの利益が上がったそうな。
それがこのテーブルの上にある金貨500枚、というわけか。
「一度だけお会いしましたが、まさかハイトさんのお知り合いだとは思いませんでした」
「まあ、色々と世話になってる人だからな。巡り巡って、少し恩返しができた気分だよ」
意外と世間は狭いものだなあ、と思いながら会話に加わってこないカナエに視線を移せば、座ったまま眠りこけていた。
こいつ、自分が関わらない時はホントに自由だな。
「そういうわけですから、今夜はちょっと豪勢に食事をしましょう。ね?」
「そうだな。そういう事なら俺も反対する理由はない。シャルロットは何か食べたいものはあるか?」
「もう、ハイトさんとカナエさんのお祝いなんですから、お2人の好きなものにしましょうよ。それでは私がお祝いされる側じゃないですか!」
「別に好き嫌いが特に無いしな。美味けりゃ何でもいい」
「もう、それじゃお祝いのし甲斐が無いじゃないですか!」
やいのやいのと騒いでいると、眠りこけていたカナエも目を覚まし、彼女が何を食べたいか、という話題にシフトしていく。
もっとも、カナエはたくさん食べられればそれでいい、という俺と似たような返答をしたので、シャルロットは頭を抱えたのだが。
最終的に、一般的にお祝い事をする際の料理を食べに行こう、という話になったので、俺たちは身だしなみを整えてから、3人で町へと繰り出すのだった。




