ワケあり2人目㉔
「王都に戻ったら支部長によろしく言っておいてくれ」
「申し訳ありません、後処理を任せる形になってしまって」
聴取が終わってから更に1週間後。
俺の身体は完全に回復し、各所に挨拶回りをしたりしているうちに、王都支部の方から呼び出しがかかった。
早馬で事態の収拾自体は何日も前に伝わっており、その上で俺を名指しで呼び出す指令が来たので、その指令を届けに来た特別竜操車に乗って、俺は王都に急行する事になったのだ。
見送りに来てくれたフィティルの面々と、S級の2人に礼を述べてから、俺たちはシトランを発ち、一路王都を目指す。
特別竜操車なら、たったの1日で王都に着く。
中で丸1日過ごす事になるとはいえ、クッション性も高く、横になって寝られるように車内が工夫されているため、長い旅路でも苦にならないのはすごい。
ちなみに、まだ公爵邸にいた頃に、特別竜操車のお値段を聞いた事があるのだが、それはそれは目玉が飛び出るようなお値段だった。
「呼び出し、大丈夫?」
「どうだろうな。まあ、大まかな事情は向こうも知ってるだろうから、主に事実確認とか、そういう話だと思うぞ」
少し昔の記憶を懐かしんでいたら、カナエが若干不安そうな雰囲気だったので、心配しなくていいと声をかける。
何だろう、俺が倒れてからというもの、カナエがやたらと心配性になった気がするな。
まあ、俺が死んだらおまんま食いっぱぐれるからではあるんだろうけど。
とはいえ、生死の境を彷徨った挙句、2週間近くマトモに動けなくなるくらいの重傷を負った仲間がいたら、俺も過保護になるだろうから、とやかく言えない。
それだけ心配をかけたって事なので、甘んじて受け入れるしかないだろう。
しかし、ここから今回のあらましをシャルロットに話すと考えると……憂鬱だなあ。
絶対泣いて心配するだろうし、何ならお説教待った無しなのが容易に想像できる。
「だといいけど」
「ま、ヤバくなったらリアムルド王国を出るさ。その時は色々と頼らせてもらうからな」
「うん、頑張る」
俺がカナエを頼りにしている、と声をかければ、若干得意げに彼女は頷く。
ホント、無表情ではあるけど、慣れてくると変化が微細なだけで、結構感情表現は豊かなんだよなあ。
そういえば、あの日……俺が倒れた日に、一度だけしっかりとした彼女の笑顔を見た気がする。
切羽詰まっていたせいで、表情筋が仕事をしたのだろうか?
まあ、その辺りは無理に矯正するようなものでもないし、レアなものを見れてラッキーと思っておく事にしようか。
…
……
………
「着いたな……」
特別竜操車内で一晩を明かし、およそ1ヶ月ぶりに王都に戻って来た。
何だか、実家に戻ったかのような安心感がある。
ともあれ、まずはギルドに行かないとな。
「お帰りなさいませ、ハイト様。支部長がお待ちです」
俺の担当になったっぽいイケオジに出迎えられ、カナエ共々支部長の部屋へと案内される。
「ご苦労様。あとは私の方で引き取ろう」
「かしこまりました」
支部長がイケオジを退出させ、室内には俺とカナエと支部長だけとなる。
「さあ、遠慮せずにかけたまえ。立ったまま話すのも疲れるだろう?」
支部長に言われるまま、俺たちは室内の応接用ソファに腰を降ろす。
お、ここのソファもいいものだな。
見た目こそ普通のソファに見えるけど、しっかりとした作りで、適度なクッション性と弾力を兼ね備えているようだ。
さすがは偉い人の部屋にある家具といったところか。
「お茶をお持ちしました」
「ご苦労様。置いたら下がっていい」
俺たちがソファに腰を降ろしてから、間髪入れずに支部長も腰を降ろし、そのタイミングを見計らったように女性職員が人数分の紅茶を持って室内に入ってきた。
それぞれの目の前に紅茶を配って、女性職員は部屋を後にする。
ちらりと横目にカナエを見てみれば、お茶請けが無いので若干がっかりしている雰囲気だ。
相変わらず、食い気に素直だなあ、と思いつつ、紅茶に手を伸ばそうとすると、隣から細い手が伸びてきて、俺のカップを取った。
「ん、大丈夫」
カナエはちろりと舐めるように紅茶を含み、頷いてから俺のカップをソーサーに戻す。
これはあれか、毒見をしたのか?
確かにカナエは毒とかを防ぐ装備をさせているけども。
「おやおや、随分と警戒しているね。心配しなくても、薬を盛ったりなんてしない」
「すみません、私が一度倒れてから過敏になっているようで」
一応カナエのフォローをしておくが、内心ではドキドキしている。
偉い人の前でやる事じゃないだろうに。
これはカナエに後で言っておく必要があるな。
「まあ、今回の件は身内から敵が出たようなものだからね。無理も無い。君たちを呼び出したのも、その件だ」
幸いというべきか、支部長は苦笑いをしつつも、カナエの行為を見逃してくれた。
ホント、ドッキリしすぎて寿命が縮んだっての。
心臓に悪いな。
俺が後でカナエにどう説教しようかと考慮しているうちに、支部長がコホンと咳払いをしたので、俺も姿勢を正す。
「さて、君たちを呼び出したのは他でもない。奇異の魔術師からの伝文で君たちが全武器使いを退けたとあってね。その時の状況を詳しく聞きたい。もちろん、後々に報告書も上がってくるだろうけど、生の声を聞きたいんだ」
改めて事情を聞きたい、という事らしいが……隣のカナエを見れば、どうするかは任せる、という視線が返ってきたので、一旦脳内で話す内容を軽く纏めておく。
とはいえ、S級2人に話した事と同じ内容を話すだけなのだが。
「……ふむ。新たな魔戦技をその場で構築し、その効果で全武器使いを退けたと、そういうわけだね」
「はい」
俺の説明を聞き、支部長は顎に手を当て、少しの間考える素振りをしてから、おもむろに俺を見た。
「たとえば、その魔戦技を再現してほしいと言ったら……それは可能かな?」
純粋な興味なのか、何かしらの判断材料なのか、よくわからないが、支部長からの問い掛けに、どう答えたものかと思考を巡らす。
再現するとなると、今この場ですぐには無理……だと思う。
よしんばできたとて、また2週間近くぶっ倒れるのは勘弁だし、そもそも死ぬ可能性すらある。
今後のために研究の余地はあるかもしれないが、急いでやるものでもない。
「……現状では不可能と言わざるを得ませんね。今後の研究と研鑽次第では可能かもしれませんが、きっと10年単位で時間がかかります。そもそも、無理矢理したせいで2週間近く寝たきりになってしまったほどですし、奇異の魔術師様が治療をしてくれなければ死んでいたかもしれません」
事実を述べつつも、警戒した返事を返すと、支部長は苦笑いを零す。
まあ、実際は集中して取り組めば、10年単位と言わず、10年くらいで完成する可能性はあるが、俺には現状あの魔戦技を再現する気は無い。
あれを自在に使えるようになってしまうと、もはや人外の何かになってしまう気がするのだ。
もうそれしか方法が無い、という状況ならまた使うかもしれないが、それ以外であまりあれの事を考えたくない。
「……今後次第では可能になるかもしれない、か。いや、すまない。別に君に敵意があるかどうかとかを気にしたわけではなくてね。何かしらの制限があっても、それを自在に扱えるというのなら、君の昇格の材料になり得ると思ったんだよ」
は?
俺の昇格?
ちょっと待って。
俺、まだC級に昇格して1ヶ月も経ってないんですけども。
「ハイト君、今回君は貴族との折衝もしっかりと務めた上に、ある程度は事件の真相に行きついていた。少なくとも、シトランの冒険者たちだけでは1ヶ月あっても解決できなかった事件を、5日程度でほとんど核心に迫る所まで持っていったのは、とんでもない功績だよ。それでいて、仲間と一緒とはいえ、少なくとも本気のS級冒険者を相手に時間稼ぎができて、あわよくば倒してしまうくらいの実力があるとくれば、もはやC級冒険者などとは呼べない」
支部長が諭すように言ってくるものの、俺自身はあまり納得がいっていない。
そもそも、俺がグリド商会の件に気付いたのはたまたまだし、ちょうど動きが大きくなる時期に重なっただけだ。
開始のもう1ヶ月前から現地に飛んでいたとしても、同じだけの速度で解決に向かえたかは甚だ疑問である。
「この際だから言ってしまうが、今、王都支部はあまり上位の冒険者の質が良くない。全武器使いをS級として置いておかなければならなかった、と言えばどの程度我々が困っていたかは想像して貰えるかな?」
……そう言われてしまうと、確かに全武器使いは実力こそS級に相応しかっただろうけど、人格とか性格はクズそのものだ。
A級冒険者も、フィティルの面々以外はあまり噂を聞かない気がする。
というか、フィティル以外にA級パーティーがいるのだろうか?
「そんなわけで、まだ経験が浅いからといって、有能な人材を低ランクに留めておけるほど、うちに余裕は無いんだ。老練の戦鬼はもう数年もすれば引退してしまうだろうし、そうなるとうちのS級は奇異の魔術師のみとなってしまう。S級とはいわずとも、A級とB級にもう少し人材が増えてくれないと、難しい依頼が回せなくなってしまうんだ。ただでさえ今はS級2人がかなり過密労働状態だから、改善していきたい。そこで、今回の件でハイト君はA級に、カナエ君はB級に昇格させたいと思っている。もし、先ほどの魔戦技を扱えるのなら、ハイト君は特A級に任命するつもりだった」
一気に情報が出てきすぎて、軽く眩暈がした。
飛び級で昇格もそうだが、王都支部の現状なんて聞きたくなかったよ。
まあ、一応俺は冒険者ギルドに雇われてる社員みたいなものだから、功績を上げたら偉くなるのはしょうがないんだけど、これで飛び級昇格なんてして、やっかみを受けるのは御免なんだよなあ。
とはいえ、支部長の言い分からして、これは確定事項なんだろうなあ、と遠い目になってしまう。
「拒否権は……」
「無いな。王都支部にいる以上は。無論、逃がすつもりも無いが」
「デスヨネー」
きっと、どうにかこうにか俺が納得する条件を付け加えて、昇格させて王都支部に置いておこうとするだろうな。
支部長の強い意志の灯った目を見て、俺は早々に諦める事にした。
一瞬他国に逃げる事も考えたが、内情をわざわざぶっちゃけてまで、無理矢理にでも手元に置こうとするという事は、それを納得させるだけの厚遇をしてくれる、という事なのだろう。
「……わかりました。昇格の件はお受けさせて頂きます。ですが、見ての通り、まだ2人パーティーですし、フィティルの皆さんほどの働きはできませんよ?」
「わかっているとも。その辺りはおいおいで構わない。無論、我々も全力でサポートするし、君たちの実力に見合った依頼を回していくつもりだ」
俺が観念して昇格の話を飲んだのが嬉しかったのか、支部長は満面の笑みを浮かべていた。
面倒なやっかみとか、ちゃんとしてくれるんだろうな?
そんな不安がよぎりつつも、間違いなく収入は爆増するだろうから、夢の拠点入手までは大きく早まるはずだ。
何事も前向きに考えようじゃないか。
じゃないと、精神衛生上良くなさそうだし。




