幕間 老練の戦鬼と呼ばれる男 前編
コメントで希望がありましたので、老練の戦鬼の幕間を入れてみました。
反応を見て、今後にこういった幕間を設けるか判断していきたいと思います。
良かったら高評価やいいねやコメントやブクマして頂ければ幸いです。
ちょっとだけ続きます。
「全武器使いが国に弓を引いた。さすがにもう看過できない状況だ。よって、老練の戦鬼と奇異の魔術師の二人に全武器使いの捕縛、ないしは討伐を命じる」
時を遡る事1日。
儂と奇異の魔術師は、冒険者ギルド王都支部長に、急ぎ呼び出された。
内容としては、報酬に釣られた全武器使いが、国主導の依頼を邪魔する依頼を受け、リアムルド王国への謀反を助長している、と判断されたとの事。
まあ、いつかはこうなるやもしれぬ、と思ってはいたが、存外に早かったように思う。
ともあれ、同じS級からでた錆は、儂らで拭わねばならぬ。
「委細承知した」
「はぁ~……全武器使いさんもやってくれましたねえ。尻拭いをさせられるの、面倒なんですけど」
奇異の魔術師の方は嫌々ながらも、といった様相じゃが、まあこやつは大概の依頼に文句を言うので平常運転であろう。
それよりも、全武器使いの行先や状況を先に知っておかねばならぬな。
いかにS級2人がかりで挑むとはいえ、実力だけは間違いのない相手ゆえに、優位を保てる情報があるなら、知っておくに越した事は無かろうて。
「して、全武器使いのやつはどこに?」
「港町シトランだ。今、ここにはフィティルを始めとした、王都支部の冒険者たちが何パーティーも派遣されている。すぐに殺し合いになるような事は無いだろうが、あまり時間を置くと状況が良くないだろう」
ギル坊であれば、真正面から全武器使いと対峙する事は無かろうが、他の冒険者たちがそうできるとも限らん。
それに、全武器使いが無法を働けば、正義感の強いギル坊は喧嘩を売るやも知れんな。
やはり、時間をかけるわけにはいかぬか。
「特別竜操車を手配してある。1日あればシトランに着くだろう」
特別竜操車を準備しておるとは、ギルド側も今回の件は重く見ているという事じゃの。
まあ、無理も無いか。
ともあれ、早くヤツを止めねばな。
「行くぞ、奇異の魔術師よ。一刻も早く全武器使いの暴走を止めるぞ」
「は~い」
不承不承、といった様相ではあるものの、奇異の魔術師は儂に合わせてくれるようじゃ。
まあ、何だかんだでそれなりに付き合いも長い。
儂に文句を言っても無駄であるのをわかっているのであろう。
「……老練の戦鬼殿、いえ、エラント殿。妙に気合いが入っていませんか?」
特別竜操車に乗り込み、シトランに向かう道中、奇異の魔術師から声がかかる。
あやつが儂を名で呼ぶという事は、色々と思う所があるのであろうな。
「そうさな。ギル坊はまあ、放っておいても問題ないであろう。そういう風にあやつを育てたし、周囲を導けるだけの実力は付けさせた。だがなあ……気にかかる新人がおるのでな。聞けば、今回の依頼も真っ先に現地入りし、貴族とのやり取りを任されていると聞く」
「ああ、リベルヤ準男爵ですね。認定試験でエラント殿に一撃を入れた」
奇異の魔術師は少しからかうような表情をしながらも、儂が一撃入れられた事を馬鹿にするような声色は無い。
こやつなりに儂をどれだけからかったら、逆鱗に触れるかを覚えておるのであろう。
ともあれ、こうして話題の槍玉に挙げるという事は、儂が積極的に動く理由が知りたいという事じゃな。
まあ、あれこれと秘密を言いふらすような男でもなし、話しても問題は無いか。
「……似ているんじゃよ。あの少年が、死んだ孫にな。生きておれば、ちょうどあのくらいの年頃であろう。贔屓目かもしれぬが、儂や息子に似ず、利発で賢い子じゃった」
先ほどまで少しからかうような色のあった奇異の魔術師の顔が、温かい目線になりおった。
こやつ、儂を爺馬鹿と思っておるな?
「何となく理由はわかりました。ちなみに、お孫さんが亡くなった理由を聞いても?」
「聞いてどうする?」
あまり思い出したくない話でもあるし、わざわざ興味を持つような話でもないと思うがの。
「まあ、半分は興味本位ですが、もう半分は老練の戦鬼の異名を持つほどのお方が、似ているからという理由で、そこまで個人に入れ込むものかな、と」
「……まあ、現地に着くまでの話のタネとして、話してやっても良いぞ。ただ、あまりいい話ではないし、むしろ気分の悪くなる話じゃ」
どう頑張っても、現地に着く時間はこれ以上短縮できぬ。
別に各々で時間を潰しても良いが、このように奇異の魔術師と話す機会というのも珍しい。
恐らくは、あやつもそういった部分がいくらかはあるのであろうな。
「逆に気になりますね」
「ふん、気分を悪くしても知らんぞ」
いい話ではない、と前置きをしても、奇異の魔術師はいつも通りの胡散臭い笑みを浮かべるのみ。
まあ、こういう時は変に配慮する必要もない、か。
「そうさな。儂は昔、とある国の将軍を務めておった。不器用ながら、嫁を取り、息子が生まれ、孫にも恵まれた。この頃は、成功者の人生であったのであろうな。しかし、国が戦争に巻き込まれた。儂は最前線で戦い続け、他国の侵攻を防ぎ続けたが……儂のいる場所以外は押し込まれておったようでな。気付けば、後退を余儀なくされ、ついには国都を残す所まで追い込まれておった」
あの頃に戻れるのなら、儂は嫁を、息子を、孫を、救えたであろうか?
……いや、過去のたらればを考えても、詮無き事よな。
「敵国に敗れれば、ロクな目に遭わんのはわかっておったのでな。徹底抗戦をしたのじゃ。包囲されてから半年間、儂らは抵抗を続けた。敵の士気も落ち始め、光明が見えたかに思えたのじゃが……民の方が保たなかったのであろうな。気付けば、内側から反乱が起こり、国防の要となっていた儂の元には、家族の首が届けられた。首だけになった家族を見せられて、儂は世界を呪い、敵国を呪い、民を呪った。その後は、ただがむしゃらに槍を振るい続け……家族を殺した仇を突き殺し、敵国の将軍を打ち破り、ただただ敵兵を屠り続けるうちに、戦鬼の異名を取ったのじゃ。それが巡り巡って、今の異名に繋がったのであろうな。家族を守れなかった哀れな男の、妥当な末路よ」
「……申し訳ありません、興味本位で聞くような話ではありませんでしたね」
ひとしきり、過去について語ってみれば、奇異の魔術師は、気まずそうに謝罪をしてきおった。
だから、気分の悪くなる話だと言ったであろうに。
「ふん、最初に言ったであろう。気分の悪い話だと」
「まさかここまでとは思わず。雰囲気からして、普通の人生は送っていないと思いましたが、まさかここまでとは……」
「まあ、そういった事情があるのでな。今、こうして老体に鞭打って、より多くの人を救おうとしておるのも、1つの贖罪よ。そんな中で、あの少年……ハイトを見ておるとな、どうしても思い出すんじゃ。黒髪に賢そうな顔立ち……孫が生まれ変わったのではないかと思うくらいにそっくりでな。あまりに似ているものだから、息子や息子の嫁の血筋ではないかと調べたりもしたが、血の繋がりなぞ欠片もなかったわい」
他人の空似、とはよく言ったものよ。
世界には自分と同じ顔が何人かいるとも言うが、本当に生まれ変わりではなかろうかというほどに、あの少年は似ておる。
「エラント殿の意気込みはわかりました。こんな事情を聞いてしまっては、文句なんて言えませんよ」
「ふん、普段からそうして殊勝に働けばいいものを」
「はは、それは無理な相談です。僕から文句と皮肉を取ったら、ただの天才魔術師になってしまいます」
全く、こやつときたら。
この後、いくらか語らい合った後に、車内で仮眠を取り、あの現場に間に合ったわけじゃが……あとほんの少しでも早く到着できなかったものかと後悔してしまうのう。
奇異の魔術師曰く、単純な魔術や薬で治るような状況ではないらしい。
「いかんな。歳を取ると感傷的になっていかん。今は、少年のために不死の心臓を手に入れる事だけを考えねば」
馬に鞭打ち、目的地へ向かって駆ける。
啖呵を切ったのだから、2日で不死の心臓を手に入れねばな。
待っておれ、少年。
儂が必ず、お主を助けるぞ。




