ワケあり2人目㉑
耳に入る風切音。
時々何かが身体を掠める鈍い痛み。
金属がぶつかる音。
両目を閉じて視覚を封じた今、触覚と聴覚のみが戦場の状況を伝えてくる。
嗅覚は、よくわからない。
まあ、嗅覚に来るくらいの血の匂いがしたのなら、それはすなわち俺かカナエのどちらかが死ぬ時だろう。
【俺が今回求めるものは何か?】
これについては全武器使いを倒す事、だ。
とはいえ、ただ倒すだけなら別に小難しい事は必要無い。
眼前の一切合切を全て消し去ればいいのだから。
とはいえ、周囲への被害を考えずに、というわけにはいかない。
そうなると、規模や威力の調整が必要になってくる。
【求める結果を得るために必要な事は?】
まずは威力の調整。
全武器使いを倒す必要はあるが、周囲に影響をなるべく出さないようにしたい。
これでカナエやフィティルの面々を巻き込んだ、なんて結果になったら立ち直れない自信がある。
一番簡単なのは、単純に全武器使いの首を落とす事か。
まあ、距離もあるし、そもそも実力差もあるから、物理的な方法じゃ達成できやしないんだけど。
次に使う魔力は……正直死んだり後遺症が残らない程度に残ればいくら使ったっていい。
【何の戦技に魔術式を乗せる?】
これに関しては、今回の使用武器が剣であるため、剣で扱える戦技となる。
逆に言えば、剣で扱える戦技であれば何でもいい。
とはいえ、回避されれば意味がないので、素早く繰り出せるものがいいだろう。
そうなると、コンパクトなもので……。
いや、こんなありきたりな考え方で勝てるような相手じゃない。
人類の中でも規格外の一握り。
それがS級冒険者だ。
常識が通用する相手じゃない。
勝利条件は、俺たちが生きて全武器使いを倒す事。
それさえ達成できればいい。
ならば、過程も何もかもをすっ飛ばして、その結果だけ作ればいいんだ。
結果のみを具現化する魔戦技……実現できれば、最強の切り札足り得る。
実現できれば、の話だが。
「術式構築……」
ただ結果のみを具現化する、そんな馬鹿げた術式が存在するはずもない。
イチから作成だ。
この際、とりあえず形だけの魔術式だけでいい。
消費魔力だの整合性だのは後でいくらでも弄れる。
まずは結果から逆算して発動に必要な式を組み立てなければ、そもそも発動すらできん。
「まだ……まだっ」
苦しそうなカナエの声が聞こえる。
もうどれだけ時間が経ったかわからないが、終わりの見えない耐久ほど辛いものはないだろう。
そんな行為を強いる事になってしまったのは申し訳ないと思うが、俺の奴隷になった時点で受け入れてもらうしかないし、そもそも自分からそうしたのはカナエだ。
とはいえ、その期待には応えられなければならない。
気合いの入れ所である。
100、300、500……2579節? ああもう、やればいいんだろ、クソったれ。
全脳細胞を総動員して、即席ながら組み上げた術式の全節が、合計2579節。
ちなみに、最上級魔術で500節、失われた禁断の魔術で1000節を越えると言われるが、そのどれもを越えるアホみたいな量。
こんなモン、毎回ゼロから組み上げてたら命がいくらあっても足りん。
使うのは、今回きりだ。
「い……ったい……」
恐らく、限界なのであろう、カナエの声。
あと少し。
数秒。
よし、できた。
思い描いた魔戦技が、完成した。
その瞬間に目を開けると、俺を庇っているカナエと目が合う。
「ハイト、後は、よろしく」
そう言って、カナエはニコリと笑った。
そして、そのまま倒れた。
彼女の安否確認は後だ。
でも、カナエなら、きっと生きてる。
そう信じて、俺は自分の役割をこなす。
組み上げた術式から要求される魔力を、ルナスヴェートを通して送り込む。
脳細胞を端から端まで酷使したせいか、その負荷に身体が悲鳴を上げるように、口から、鼻から、目から、血が溢れ出す。
死ななきゃいい。
身体は魔術でいくらでも後から治せる。
カナエが命を張ったんだ。
俺だって、このくらいの負荷でガタガタ言っていられねえ。
「勝利の奇跡!」
全身全霊を篭めて、剣をその場で横に一閃。
その一つの動作だけで、俺は全身から力が抜け落ち、地面に膝を付いた。
右手のルナスヴェートを地面に突き立てて杖代わりにしつつ、どうにか倒れる事は避けるものの、視界も霞んでいるので、時間の問題か。
「ハッ、そんなところで素振りなんかして、気が狂ったか! 死ね!」
全武器使いが威勢良く声を上げるものの、何も起こらない。
俺の魔戦技発動を許した時点で、お前は終わってるんだよ。
「……は? 何で、オレの、腕が?」
そう。
俺の放った1回こっきりのスペシャルな魔戦技は、全武器使いの両腕を切断したのだ。
本来はヤツの首を落とすはずだったのだが、どうやらその結果を得るには魔力が足りなかったか、術式が間違っていたか、はたまたその両方か。
とにかく足りないものがあった。
それでも、全武器使いのデタラメな攻撃は封じられので、実質的には俺たちの勝ちである。
理解できないのは、切断された全武器使いの両腕の断面から、血が一切出ていない事なのだが、まあ、それくらいはどうでもいいか。
だいぶ、意識も薄らいできた。
トドメは……無理だな。
この場から一歩も動けそうにない。
「良くぞ耐え切った。後は儂に任せて休め、少年」
聞き覚えのある、老騎士の声。
老練の戦鬼、か?
死にかけて夢でも見てるのかもな。
……いや、そんな事は今はどうでもいい。
今は、カナエを助けないと。
「……完全復元」
ほぼほぼ空になったはずの身体から、どうにかこうにか魔力を絞り出し、倒れ伏したカナエに、俺が扱える最大の回復魔術をかける。
魔術が効力を発揮し、彼女の身体に突き刺さっていた矢やら武器やらが押し出されるようにして抜け、負傷が元に戻っていく。
これが効いたという事は、カナエは生きている、という事だ。
良かった。
これで死なせたりしたら、後味、悪すぎ、だよな……。
◆――――――――――◇
「……奇異の魔術師よ。少年は助かるか?」
ギルドマスターから話を聞いた時には、あの男ならやりかねんと思っていたが、まさかここまで外道だったとは。
しかし驚くべきは少年の底力よな。
最速で儂らがここに着く頃には、相当に格上のはずの全武器使いを、戦闘不能にまで追い込んでおった。
儂や奇異の魔術師とて、あやつと真正面からやり合うとなれば、生死をかけた激戦となるであろうに。
一体何をどうすればそうなるのか、儂には理解は及ばぬが、奇異の魔術師のやつならば、何かしらの手がかりは見つけ出すであろう。
しかし気になるのは少年の容体よ。
身体中から血を流し、既に限界を越えていたであろうに、最大の回復魔術を仲間であろう女子に使って見せたが、そのまま意識を失ってしもうた。
儂がたまらず回復用の薬を使おうとすれば、同行していた奇異の魔術師から待ったがかかったのじゃが……。
「……一刻を争います。どんな無茶をすれば、こんなに身体がボロボロになるのかはわかりませんが、空気中の魔素を探れば、彼がとんでもない何かをした事で、全武器使いの両腕を斬り落としたのはわかりますから」
奇異の魔術師でも、顔を顰めるという事は、少年の容体は相当以上に酷いのであろうな……。
しかし、儂よりも若き才能を、この場で死なすわけにはいなぬ。
儂の命と引き換えに助けられるのなら、迷わずに儂の命を差し出すのじゃが。
「治療には何がいる?」
「霊樹の雫と竜血芯石と不死の心臓、ですね」
要求されたのは、どれもこれも馬鹿みたいな素材ばかり。
S級冒険者ですら、そうそう持ち得るものではないわ。
しかし、幸運にも、儂の手持ちに2つはストックがある。
あと1つはすぐに調達に行かねば。
「あいわかった。不死の心臓は今すぐに取りに行くゆえ、必ず少年を延命させよ。今ここで、少年を失うわけにはいかぬ」
「もちろんです。僕も全力を尽くしましょう。先に2つの素材を頂いても?」
後で纏めて渡すつもりであったが、催促されては叶わぬ。
魔術鞄に入れておいた素材2つを、奇異の魔術師に放り投げておく。
「儂はもう行って良いな?」
「ええ、ありがとうございます。3日……いえ、4日は必ず保たせます。それまでに、不死の心臓を」
「わかっておる。3日と言わず、2日で届けてくれるわ」
待っておれ、少年。
絶対に、お主を死なせはせんからな……!
これでVS全武器使いは終了です。
この後は本筋から外れないように色々と今回の件の顛末の内容になりますが、もし希望があれば、このエピソード後の老練の戦鬼の動きなんかも書きたいと思いますので、希望があれば感想やコメント等頂ければ幸いです。
単純に需要があるかどうかを知りたいので、読者の皆様にご協力いただければ幸いです。
今後の参考にさせていただきますので。




