ワケあり2人目⑳
「……やるのか? こんな荒唐無稽なチャレンジを」
襲い来る剣や槍、連続で射られる矢を防ぎつつ、1人呟く。
猛烈な攻撃の嵐に晒され、致命傷こそないものの、掠り傷は数えきれないくらいできて、このまま耐えるだけでは長くない事も理解している。
今はカナエと2人でおおよそ半分の負担のはずなのに、この様だ。
考えに考えた結果、奇跡を起こすしか勝ち目は無い、と結論付いてしまった。
2人がかりでさえ、生存時間を延ばすので精一杯だと言うのに、この負担をカナエ1人に押し付けようというのは、さすがに夢見がすぎるのではないだろうか。
それなら、カナエだけでも逃がしてやった方が、彼女のためになるだろう。
主が死んだなら、奴隷は自由となるだけだ。
元より命の保証など無い仕事である。
思ったよりも早い年貢の納め時になった、というだけの話。
「カナエ」
「私は逃げない」
俺を置いて逃げろ、と言おうとした瞬間に、彼女から否定の言葉が飛んできてしまう。
図星を突かれて、俺は続きを飲み込んだ。
とはいえ、俺の荒唐無稽なチャレンジをするかと言われれば、それはどうなんだ、という話である。
ある程度具体的な時間稼ぎとか、そういう指示ができるならまだマシだが、それ以前の問題。
さすがにこれだけ逼迫した状況で、どれだけかかるかわからない時間を稼げなどと言えるはずもない。
「勝てる手段があるなら何とかして」
「そんなモンがあれば、苦労しねえよ」
カナエがどれだけ俺の事を理解しているかは知らないが、この状況を何とかしろとは無茶を仰る。
いやまあ、何とかできんと死ぬだけなんだけどもさ。
「……この状況、しばらく1人で何とか防げって言ったら、何とかできるのか?」
大盾がある分、俺ほどではないものの、カナエもいくつも傷を負っている。
今すぐにどうこうという負傷ではないにしろ、長く維持できる状況でもないのは、彼女にも理解できるはず。
「何とかする。それが私の仕事」
ガキン、と大盾から駆動音がして、カナエが大盾に仕込まれた杭打ち機構を解き放つ。
轟音と共に、全武器使いの剣が砕け散った。
一つ武器は減ったが、状況が好転するかと言われれば、また別の話である。
「テメエ、よくもオレの剣を! 切り刻んで魔物の餌にしてやる!」
武器が減ったはずなのに、攻撃がさらに激しさを増す。
どうやら、カナエに剣を破壊されたのが相当頭に来たらしい。
「本気で信じていいのか? もし、俺に全てを委ねるつもりなら、いつ終わるかもわからない、無限の時間稼ぎをしないといけないぞ。その間、俺は一歩も動けないし、防御もできない。怪我はまあ、死ななきゃいいか。俺を死なせない程度に、守り続けられるか? 30分かかるかもしれないし、1時間以上かかるかもしれない。その間に、カナエが死ぬかもしれない。それでもやるのか?」
これは脅しでも何でもなく、純然たる事実である。
この場を乗り切るのに必要な方法は、俺がぶっつけ本番でゼロから魔戦技を作り上げる事だ。
当然、術式も無ければ、どれだけ魔力がかかるかもわからない。
そもそも、成功するかもわからない。
1時間どころか、半日や1日かかるかもしれない。
やるからには命を懸けねばならないが、それをカナエにも強要する事になる。
むしろ、カナエの方が高確率で死ぬだろう。
「やる」
それを理解できないはずは無いのに、カナエは一瞬の迷いも無く、やると言い切った。
全く、そんな真っ直ぐに答えられたら、俺も応えないといけないじゃないか。
後で後悔しても、知らないからな。
「わかった。それなら、俺の命をカナエに預ける。どれだけ時間がかかるかわからんが、カナエが俺の事を守り通す限り、俺は絶対に勝利をもたらそう」
「任せて」
またしても何の迷いも無く、任せて、か。
敵わないな。
とはいえ、カナエがやるって言ったんだ。
俺だって、手は抜けない。
「よし、後は任せた」
俺は数歩後ろに下がり、カナエがそのカバーに入るように、移動したのを見届けてから、両目を閉じた。
どっちみち動けないし、変にヤキモキしたりするくらいなら、何も見ずに集中して、少しでも早く魔戦技を仕上げるべきだろう。
時折、身体を何かが掠め、鈍い痛みが走り抜けるが、死ななけりゃ何とでもなる。
全てをカナエに任せた以上、あとは彼女を信じるだけだ。
◆――――――――――◇
「よし、後は任せた」
驚いた。
まだそれほど長い時を一緒にしたわけでもないのに、ハイトは私に命を預けた。
両目を閉じて、本気で動かないつもりだ。
私が少しでも防御をサボったら、簡単に死ぬ。
ハイトをワザと死なせて、奴隷から逃れようとしてる可能性だってあるのに。
さっきだって、先に口を封じたけど、きっと私に逃げろって言おうとしてた。
色々と装備を揃えてくれたのもそうだけど、ハイトは今まで私を買った人とは違う。
最低限、餓死しない程度の食糧だけ与えて、戦わせようとした人たちとも、私の事を買い叩いて、半ば詐欺のように売り付けた人とも違う。
お腹いっぱい食べさせてくれて、ちゃんと私の事を人として見てくれてる。
時々、財布の中身を見て困った顔をしている時もあるけど、私にはそんな顔を見せないようにしてる。
きっと、私の食費で頭を悩ませているんだと思うけど、絶対にそんな事は口に出さない。
それに、私が力加減を間違えて、魔物を粉々に粉砕しても、絶対に怒らない。
薄い記憶だけど、両親といた時に感じた、温かい気持ち。
ハイトと一緒にいると、そんな気持ちが湧いてくる。
私にとって、ハイトは家族のような大事な存在。
絶対に、死なせない。
「っ……」
顔を短剣が掠めていった。
大丈夫。
私はちょっとやそっとじゃ死なない。
溜めた大盾の力は使い切った。
今の攻撃だと、1時間あっても杭打ち機構は使えない。
浜で戦ってた大海蛇くらいの力があれば、あと5分もあればまた使えると思うけど。
無い物ねだりをしてもしょうがない。
今はただ、ひたすら耐える。
…
……
………
「いい加減、死ね!」
「まだ……まだっ」
防具に守られていない、肩口や太腿、二の腕なんかに何本も矢が刺さった。
毒とかが塗られてないから、特に問題は無い。
少し動きが制限されてるような感覚があるけど、まだ動くのに支障は無い。
もうどれくらい時間が経っただろう。
少なくとも、6000秒は数えたけど、もうそこから先はわからない。
何だか、このままやられっぱなしなのも少し癪に思えてきた。
何となく、ハイトの準備がもうすぐ終わりそうな気がするし、目の前のいけ好かない男に、一泡くらいは吹かせてやりたい。
「何だ? わざわざ鎧と武器を捨てて……ッ!?」
邪魔な篭手と鎧、大盾と重力の大鎚斧を放り出して、重りを外した状態でいけ好かない男の目の前に肉薄。
拳を突き出せば、大剣の腹で受け止められる。
続いて蹴りを繰り出せば、槍が盾代わりとなった。
再び右の拳を握って、今籠められる全ての力を籠めて、思いっきり振り抜く。
思っていたよりは軽いが、いけ好かない男の顔面を殴り飛ばす事に成功した。
よし、スッキリ。
「やりやがったなクソが……その位置から、クソガキを守れねえだろ!」
しまった。
一発やり返して、満足している場合じゃなかった。
全力でハイトの元に戻るも、武器と防具を拾う時間なんて無い。
しょうがない。
多分、死なないで受け切れる。
「い……ったい……」
私の背中に突き刺さる武器と無数の矢。
幸い、私の身体を貫通するものは無かったし、全部急所には届いてない。
けど、さすがに……少し血を流しすぎたかも。
「ハイト、後は、よろしく」
両目を開いたハイトと目が合ったので、私ができる精一杯の笑顔で、送り出す。
私の表情筋がどれだけの仕事をしたかわからないけど、そこで私の意識は途切れた。
今回は前半がハイト視点、後半がカナエ視点となっております。
次回、VS全武器使いは決着です。




