ワケあり2人目⑰
「ふぁ……ねむ……」
つい1時間前くらいまで起きていたせいで、今朝はかなり目覚めが悪い。
目がしょぼしょぼする。
いっそ昼くらいまで寝ていようか、なんて思ってしまうが、他の冒険者パーティーがいる手前、サボるわけにもいかない。
しかも、俺が一番に到着したので、ポトン伯爵との折衝が俺の担当になってしまったので、うかつにサボれないという。
閉じたくなる瞼に喝を入れて、気合いでベッドから出る。
「何か騒がしい?」
先に食堂に出ようとしていたカナエが、部屋の扉を開けた所で動きを止めた。
どうやら、何か普段とは違う事があったらしい。
「どうした?」
「こっち」
ちょいちょい、と手招きをされ、俺は働かない頭のまま、扉の方に向かう。
「ギルドに全武器使いが来てるぞ! 何やら俺たちに話があるらしいから集合しろって!」
「こうしちゃいられねえ! 皆急げ!」
バタバタとあちこちで冒険者たちが慌てて支度をさいているようだ。
全武器使いといえば、数少ないS級冒険者の1人で、俺が見た事のある3人の中で唯一、好きになれないであろう人種だったヤツか。
んで、外の騒動を聞いている感じだと、そいつがここに来てる冒険者をギルドに集合させている、と。
サボりたい気持ちでいっぱいだが、ポトン伯爵との折衝役を任されている俺がサボると色々問題になりそうだな。
「……しょうがない。カナエ、先にメシ食ってていいぞ。呼び出しは俺1人で行ってくるから」
「いいの?」
「ああ。その代わり、メシ食い終わったら部屋で待機しててくれ」
「わかった」
回らない頭で、場合によっては朝メシを食いっぱぐれるなあ、と思いつつも、俺はとりあえず全武器使いの招集に応じる事にした。
カナエを残して行くのは、単純に彼女の腹を空かせておくのもな、というのと、全武器使いと問題を起こしそうな気がするからだ。
全武器使いの細かな性格は知らないが、前の態度の印象からして、自分の気に喰わない事があればすぐにキレるタイプだろうし、自分の権力を自分の欲望のために使う事を厭わないだろう。
さすがに見えている地雷を踏むのはアホのやる事なので、回避できる危険は回避しよう、というわけである。
「面倒くさいな……」
どう考えてもロクな事がないだろうなあ、と考えつつ、俺はシトランの街の冒険者ギルドへと向かう。
なるべくゆっくり歩いたが、結局は10分程度で到着してしまう距離なので、5分も時間を伸ばせずに到着してしまった。
呼び出しに応じたのだろう冒険者で内部はごった返していたが、終わったらすぐに帰る気だったので、俺はなるべく出入口に近くて、それでいて邪魔にならなさそうな壁際に背中を預け、なるべく壁と一体化するかのように気配を消す。
そのまま10分程度が経った頃だろうか。
ギルドの中央ホールの辺りに、全武器使いが姿を現したのだろう。
近くにいるであろう冒険者たちがザワつく。
「良く聞け!」
全武器使いが声を張り上げた瞬間、内部がしんと静まり返る。
場が整ったとばかりに、全武器使いが語り始めた。
「今回、オレはグリド商会の調査に当たる事になった! 邪魔をするヤツは、強制的に叩き出すから覚悟しておけ!」
全武器使いが、グリド商会の調査……?
確かに今回の調査には高ランクの冒険者が絡むという話は聞いていたが、S級が絡むとは聞いていない。
そもそも、S級冒険者が出張ってくるなんて、かなりの事件だ。
なにせ、王都にはS級冒険者が3人しかいない。
常に予定があるわけでもないだろうが、事件の全容がハッキリしていない段階でわざわざ出張ってくる意味がないだろう。
仮にS級冒険者が必要な事態だったとしても、その状況が確定していなければ無駄になる可能性があるし、仮にポトン伯爵が真面目にS級冒険者に要請を出したとして、絶対に全武器使いは選ばないはず。
他の2人に予定が入っていた場合はしょうがないだろうけど。
どうにも辻褄が合わないような気がするが……相手が相手だけに、変に反論すると面倒になるだけだ。
そもそも、あの全武器使いの様子からすると、そもそも最初から関わっているなら自分が指揮を取ろうとするだろうし、状況がよくわからない。
「あとは今まで調べた成果をオレに寄越せ! S級冒険者たるオレが来たからには、オレが全体の指揮を執るのが筋だからな!」
冗談じゃない。
今までの成果を全部渡せだって?
寝言は寝てから言ってくれよ。
他人の成果を自分のものにするなんて、あの男には良心というものは……無いだろうな。
じゃなきゃこんな頭おかしい発言はしないだろうし。
とりあえず、話を聞く価値も無い。
このままここにいるだけ時間の無駄だな。
無詠唱魔術で迷彩を纏い、ゆっくりとギルドを出る。
S級冒険者なら気付かれるかもしれない、と思ったものの、特別待ったがかかる事も無かったので、そのまま抜け出す事には成功した。
一応、伯爵の所に顔を出してみるか。
「領主様はS級冒険者への要請を出した覚えは無いそうです」
「わかりました。ありがとうございます」
最初こそ伯爵に問い合わせを出そうと思ったものの、前の報告からさして状況も変わっておらず、中に入っても大して滞在するわけでもないのに、使用人の方々に面倒をかけるのも申し訳ない。
そう思い、門番の人を通して簡単な伝言越しに問い合わせを済ませ、俺は宿の方に戻った。
やはりというか、ポトン伯爵はS級冒険者への要請なんて出していなかったし、この件、もしかしたらグリド商会が自ら仕組んでないか?
そう考えると、あの全武器使いが汚い仕事も報酬次第で受けそうな気がしてくるから不思議だ。
何か俗っぽいし、それこそ大金と酒と女、みたいな報酬で仕事を受けていそうなのが何とも言えないな。
ともあれ、恐らくはしばらく全武器使いがグリド商会周りにいるみたいだし、そうなってくると調査が難航する事になる。
ようやくグリド商会が怪しいであろう状況を見つけたのに、このままだと事件解決は遠のく一方だ。
「ただいま……って寝てるし」
宿の部屋に戻ってみれば、カナエがすやすやと眠りについていた。
朝メシ食って寝てるなんて、何という怠惰。
とはいえ、俺も頭が回りきっていないし、全武器使いの話でやる気が削がれた所だ。
今日はもう仕事したくないかもしれん。
いや、したくない。
よし、とりあえず今日はサボるか!
朝メシは食いっぱぐれたが、寝る方が先だ。
モヤモヤした時は気分転換した方がいいしな!
自分の中でそんな盛大な言い訳をしてから、俺は再びベッドに潜り込むのだった。




