ワケあり0人目⑥
「ふぃ~、食った食った。これはこの宿にして正解だったな」
家を追い出された翌日。
昨日の夕食も、今朝の朝食も、量・味共に満足のいくものだった。
食事代の占める割合が高いだけあるな、と思う質と量だ。
むしろ、料金の割にいい素材とか味付けをしているくらいで。
一応、腐っても公爵家の出身だから、この世界で金のかかった食事の味も知っているが、それとは方向性は違うものの、タメを張れるくらいのものだろうと思える。
想像以上のものを味わう事ができて、ブライアンさんの紹介に感謝しつつ、俺は早朝の冒険者ギルドへと向かっていた。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「おはようございます。今日は新人で受けられる仕事を探しに来ました」
冒険者ギルドに着いてからは、昨日とは違う入口の受付嬢と挨拶を交わし、依頼のカウンターへと向かう。
依頼カウンターには、初心者向け仕事と、それ以外が分けられた上で、それぞれの仕事ごとに想定される難易度が記載されている。
なるべく身の丈に合わない仕事はするな、という事なんだろう。
「おはようございます。昨日、初回講習を受けたばかりですが、俺でも受けられる仕事はありますか?」
依頼カウンターの受付は、イケオジという感じの落ち着いた中年男性が行っていた。
何となく雰囲気のある人で、実力者っぽい気がする。
「おはようございます。それでは、冒険者証をご提示下さい」
俺の挨拶に、見た目に違わず渋カッコイイ声で受付のイケオジが答える。
俺は言われた通りに昨日受け取ったばかりの冒険者証を手渡す。
「ハイト様ですね。昨日初回講習を終え、まだ依頼経験は無し、と。いくつか依頼はございますが、得手不得手や、どういった依頼がいいかのご希望はございますか?」
どうやら、選べる程度には仕事があるらしい。
とはいえ、いきなり命掛けになるような仕事をするのは危ない気がするし、最初は簡単なおつかい系依頼をこなす方がいいかもな。
それである程度、王都周辺の地理とかも覚えて、経験を積んだ上で難しい依頼にいくべきだろう。
「一応、戦闘含め苦手な分野はないです。戦闘も前衛後衛どちらもできます。まだ経験がないので、一人でこなせるレベルのものだと嬉しいです」
いきなり他人と組んで仕事、というのも荷が重い。
そもそも自分の実力がどの程度のレベルかもわかっていないし。
実力が上の相手と組むのなら、フォローしてもらえるかもしれないからいいが、下の相手と組むとなると、俺がフォローできるかが不安だ。
そもそも、まだ依頼を受けた事の無い初心者と組まされる相手も可哀想である。
「なるほど、ハイト様の希望を踏まえると、ご紹介できるのはこの三つの依頼ですね」
そう言って、イケオジ受付が差し出してきたのは、3枚の依頼書。
1枚目は、王都近郊での巡回依頼。
王都警備兵にくっついての巡回警備を行うもので、場合によっては魔物と戦闘があるかもしれないが、王都周辺は頻繁に巡回を行っているので、そこまで魔物は多くない。
警備兵もいるので危険度は低く、巡回時間も1時間~2時間程度なので、1巡回につき銀貨2枚。
2枚目は、王都近郊での薬草集め。
薬の材料として常に需要があるため、特に期間が定められておらず、薬草の納品で出来高が決まるタイプの仕事だ。
下級回復薬の材料は1つで銅貨1枚、中級回復薬の材料は1つで銅貨5枚、上級回復薬の材料は1つで銀貨一枚。
とはいえ、あまり上級回復薬の素材は生えていないらしいので、量が確保できないなら割は良くないか。
下級回復薬の素材は雑草レベルで生えているようだが、相当頑張らないと実入りは良くないな。
いっそ、自分で素材を集めて回復薬を作った方が儲かる可能性すらある。
最後の3枚目は、他の冒険者パーティの雑用係。
今回の依頼は、王都近郊に出没した、危険度の高い魔物を狩りに行くパーティの雑用をするというもの。
期間は対象を魔物を倒して王都に戻るまで。
成功報酬として銀貨5枚、それ以外に1日かかるごとに銀貨4枚が追加される。
初日で討伐成功して戻ってきたら、銀貨9枚の収入だ。
雑用依頼が一番実入りはいいな。
一日の宿代に対して黒字ではないが、収入は一番いい。
ただ、そのパーティーが挑む魔物によっては俺も危険に晒されるので、一番リスクも高いか。
「……ん?」
依頼ごとの期間や収入など、内容を読み込んでいると、雑用依頼の依頼人が、昨日の初回講習担当だったギルバート氏であった。
彼の所属パーティーであれば、そうそう危険も無い気がするし、人脈も作れそうだ。
とりあえず、この雑用仕事を受けるのが一番メリットがあるな。
「この雑用依頼を受けようと思います」
「かしこまりました。それでは、こちらの依頼を受理させていただきます。出発は本日昼との事ですので、準備をして、昼にギルド集合と言付かっております。遅刻の無いようお願いいたします」
依頼表に俺の名前を記載し、手続きを終えてから、俺はギルド内の雑貨屋へ向かう。
昨日は雑貨方面の準備は全く準備してなかったからな。
最低限、回復薬とか常備薬的なものは準備しておかないと。
自分の面倒を自分で見れないのは、さすがにマズイ。
幸い、昨日のうちに荷造りはしておいたし、雑貨方面の準備さえできればそのまま出発できる。
「各種回復薬に、保存食、あと足りないものは……」
あれこれと支度を進めているうちに、気付けば昼前近い時間になってしまっていた。
何とか金貨一枚以内で物資の準備も終えて、俺はギルド内食堂で休憩をする事に。
果実水を注文して席に着くと、ホッと一息。
椅子の横にリュックを下ろすと、ちょうど注文した果実水が運ばれてくる。
「ぷは~……生きかえる~……」
ちょっとおっさんくさいか、と思いつつも、果実水で喉を潤した快感に負けてしまう。
はたと気づけば、知らないうちに緊張していた事に気付く。
身体に入っていた変な力を意図して抜き、椅子の背もたれに体重をかける。
少しだけ緊張がほぐれたかな、と思っていると、見覚えのある厳つい顔の中年が、人を連れてギルド内に入ってくるのが見たので、俺は急いで残りの果実水を飲み干してから、代金ちょうどをテーブルに置き、荷物を持ってその人物の方に移動する。
「本日依頼を受けさせていただきました、ハイトです。よろしくお願いします」
「時間厳守だな。偉いぞ、坊主」
厳つい顔の中年――ギルバート氏は、厳つい顔に快活な笑みを浮かべ、大きな手で俺の頭をぐしぐしと撫でた。