ワケあり2人目⑯
「お待たせしました」
「時間ぴったりだな」
シトランの街に来てから4日目の夜。
カインさんと宿の外で落ち会ってから、港の方に向かう。
昼間に仮眠をたっぷりと取っておいたので、頭はスッキリ、眠気は欠片も無い。
まあ、寝過ごして夕食を食い損ねたが、それは自業自得という事で。
「隠密に向いた魔術は何がある?」
「音消しと迷彩の魔術が。あとは離れた場所に音を発生させる魔術ですかね」
「上等。魔術に関してはローザより上じゃねえか?」
「どうでしょう? 俺の場合は手札を増やしたくて、片っ端から使える魔術を覚えただけですし。間違いなく、魔術の習熟度に関しては年季が負けてますよ」
小声で他愛のない会話をしつつも、周囲への警戒は怠らず、俺たちは港の方に近付いていく。
王都と違い、夜間はあまり人が出歩いていない。
一応、夜の店なんかもあるにはあるが、王都と違って数は少ないので、歓楽街ができるほどではないっぽいな。
漁師は夜暗い時間から漁に出たりするだろうから、むしろ夕方くらいには寝ているのかも。
「音消しと迷彩はお前とどのくらい離れても持続する?」
「そうですね……俺がその存在を感知できる範囲ならどこでも。でも、あんまり離れると精度は落ちるでしょうから、実用範囲なのは普通に喋って声が届く距離くらいでしょうか」
「それは結構だが、建物なんかで隔てられると効果が落ちるみたいだな」
「ですね。効果を維持したいのであれば極力同じ行動をすべきかと」
「了解だ。そこの脇道に入って人がいなかったら、迷彩の魔術だけかけてくれ」
カインさんの指示に従い、人のいない脇道に入ってから迷彩の魔術をかけた。
お互いにすっかりと姿を消したように見えるが、よーく見ると人の形に周囲が歪んで見えるので、実は完全に姿を隠せるわけではなかったりする。
「こりゃすげえな。パッと見じゃわからねえわ。なるべくゆっくりめに動くが、遅れるなよ」
「はい」
なるべく音を立てないように注意しつつ、カインさんの後ろにくっついて港の中に入っていく。
夜も深い時間とあって、明かりも無く、視界は良くないが、明かりを点ければ目立ってしまうので、どうにか感覚で歩くしかなかった。
カインさんは夜目が効くのか、すいすいと進んでいってしまうので、頑張って遅れないようついて行くのでやっとだ。
幸い、魔力の反応でカインさんの位置が特定できるため、よほど遠くに離れなければ見失う事はないだろう。
しばし移動を続けていくと、カインさんが足を止めたようなので、すぐ後ろで俺も止まる。
「……いるか?」
「はい」
かなり小さな声で確認があったので、俺も同じくらいの声量で返事を返す。
何となく、カインさんが頷いたような気がしたが、うっすらと人型の輪郭が、背景をぼやけさせているような感じで見えているので、確信はできない。
「誰かいる」
カインさんの言葉に、俺は遠くに目線を移す。
少し遠目に、人が2人いるのが見えた。
何かを話しているような気がしたので、音拾いの魔術を無詠唱で発動。
声が拾えるようにしておく。
なお、この魔術は人にかけられないので、俺だけが聞こえる形になる。
「魔術で会話を拾ってみます」
「気付かれんなよ」
一応、カインさんにも事後承諾で声をかけると、特にお咎めも無かったので、各種魔術を維持しつつ、そのまま耳に入る会話に集中。
どうやら、声からして男2人組のようだ。
「……は無理ですぜ。ありゃあバケモンだ」
「うちの始末屋でも無理か?」
「暴れ海亀の甲羅を真正面から粉砕するようなバケモン、いくら人がいても一瞬でミンチにされまさあ。暗殺の類も厳しいんじゃねえかと」
「ふむ、始末するとなれば、相応の相手が必要という事か。そちらは考えておかねばならんな」
途中から会話を広い始めたので、一部は聞き取れなかったが、2人の男のうち、片方は聞き覚えがある。
間違いなく、グリド商会長だ。
そして、内容からして、恐らくはカナエの事を排除しているような気がするな。
少なくとも、俺の知る限りでは暴れ海亀の甲羅を真正面から粉砕できるのは、カナエくらいしかいない。
まあ、ギルバート氏辺りなら、首を一撃で落とすくらいはやりそうだが。
「さて、そろそろ船が来るぞ。例のブツはすぐに倉庫に入れるんだ」
「へい、そろそろ部下たちが集まってくる頃でさあ」
急に、港の一部に明かりが灯る。
恐らく、船が入ってくる場所なのだろう。
その光に照らされるようにして、2人の姿が浮かび上がるように視界に入ってきた。
やはり、グリド商会長と……もう一人の男は見た事ないな。
話の内容から察するに、裏方の統括みたいな人物だろうか。
「人が増えるみたいです」
「ここで待つ。ジッとしてりゃあこんだけ暗い所で見つかる事はねえ」
単純に人が増えるみたいなので、カインさんに報告してみれば、とりあえず待機の命令。
まあ、こっちは距離が離れているし、迷彩もかけている。
よほど鼻の利く魔術師でもいない限りはバレもしないだろう。
息を潜めるようにして、その後の動きを見守っていると、港に大きな帆船が入ってくきた。
帆と船体にはグリド商会のマークが大きく描かれており、商会の所有物なのは明らかだ。
船の入港に少し遅れて、ぞろぞろと作業員であろう男たちが集まってくる。
人数はおよそ、30人くらいだろうか。
「貨物船、到着ー!」
動きが止まった帆船の方から、男の号令が響く。
これはカインさんにも聞こえたはずだ。
「作業開始だ! 遅れるんじゃねえぞ!!」
統括っぽい男の掛け声で、作業員たちが手慣れた動きで貨物を降ろし始める。
港に下ろした荷物は、作業員たちがバケツリレーのように倉庫へ向けて移動していく。
意外だったのは、全ての荷物を降ろすわけではなく、ごく一部を運び出して終わりとなったため、そこまで時間がかからなかった事だ。
荷物の運搬が終わると、グリド商会長含め、作業員たちは解散していった。
「……どう見ます?」
まだ人がいるとも限らないので、小声でカインさんに問いかけてみる。
「船の中を見たいトコだが……不測の事態があった場合に逃げ場がねえ。今はまだ、そこまでの危険を冒す段階じゃねえな。様子を見て、確認できそうなら倉庫の方を確認する。無理そうならまた別の機会に出直すぞ」
ある程度はゴリ押しもできなくはないが、まだ確実な証拠が不十分な段階で、相手の警戒を引き上げてしまうのは良くない、という判断のようだ。
仮に今の行動がバレてしまうと、証拠をより厳重に隠されてしまうだろうしな。
「よし、行くぞ」
念には念を重ね、5分ほど待機してから、再びカインさんの先導で移動していく。
移動していくうち、倉庫であろう建物群がある区画に入っていったが、夜間独特の不気味な雰囲気が漂っている。
足音の反響に気を付けながら、ゆっくりと進んで行けば、目当てのグリド商会の倉庫が見えてきた。
「こりゃまた厳重だな」
「何かあると言っているようなものですね」
念のために物陰から様子を窺っているが、見てわかるほどに倉庫の周りに人がいる。
しっかりと武装しているし、相当に厳重な警備だ。
「帰るぞ。こりゃあ無理だ」
先ほど、まだ危険を冒す段階じゃない、と言っていたカインさんは、あっさりと今日の捜索を切り上げるのだった。
しばらくは迷彩の魔術を解かずに移動し、人気の無い路地に入った後は、魔術を解除してから各々でバラバラで宿に戻る。
まだ夜は開けていないが、地平線の端がうっすらと明るくなり始めている辺り、そこそこ時間はかかったのだろう。
細かい話はまたタイミングを見て打ち合わせるとの事で、今日は完全に解散だ。
部屋に戻ってみれば、俺が扉を閉めたタイミングでむくりと寝ていたはずのカナエが起き上がる。
「無事?」
相変わらず、無表情ではあるのだが、少し目がトロンとしているような気がするな。
まあ、半端な時間に起きたから、眠いという事なんだろう。
とはいえ、まさか俺の事を心配してくれていたとはな。
予想外のカナエの気遣いに、心がほっこりする。
「何も危険な事はしてないからな。掠り傷もないよ」
「良かった。おやすみ」
俺が無事だと確認した途端、カナエは再び横になって寝息を立て始めた。
相変わらず寝つきがいいな。
さて、朝まで少しだろうけど、いくらか俺も寝ておくか。
仮眠したとはいえ、暗い時間は寝るものだしな。
幸い、魔術の維持や隠密行動で神経を使ったからか、眠くならないという事は無かったが、しばらくは感覚が過敏になっていた気はする。
気付けば眠ってはいたものの、何だかんだで、朝まで寝られたのは1時間かそこら程度だろう。




