ワケあり2人目⑮
「……そんなわけで、今後の話をできればと思いまして」
シトランの街に来て4日目の昼下がり。
たまたま昼メシ休憩で宿に戻っていたフィティルの面々を見つけたので、食後にカインさんを捕まえて事情説明。
彼もグリド商会関連の話だと理解していたのか、特に何も言う事なくついてきてくれた。
なお、場所は俺の部屋である。
「なるほどな。海運の商会ともなれば、港に倉庫があって当たり前だ。そこに何かがある可能性もあると」
「あとはカインの伝手で人手が増えればと思う所もあります。俺だと知り合いも多くないですし、あまり信用が置ける人物もわかりません」
俺の提案に、カインさんは少し考える素振りをしてから、無言で首を横に振った。
「伝手は無くもないが……今回のヤマについてこれるだけの腕のあるヤツがいねえ。残念だが、しばらくは俺とお前の二人で動く事になるな」
「やっぱりそう簡単にはいきませんよね」
知ってたよ。
世の中そんなに甘くないって。
「ま、そう気落ちする事もないぜ。こっちも新しい情報を仕入れてきたからな」
新しい情報、とな?
商会の方で動きがあったのかもしれない。
「ほれ。どうせ報告はお前が行くんだ。先に渡しとくぜ。無くすなよ」
カインさんが懐から取り出したのは、折り畳まれた紙。
何が書かれているのかと開いてみれば、そこに書かれている内容は、一見では変なものではないように見える。
ただ、グリド商会の判が押されており、商会長のサインもあるので、正式な書類である事は確かだ。
「入荷リストですよね、これ」
「良く見てみな。海運でわざわざ仕入れるようなモンじゃねえのがしれっと混じってやがるぜ」
カインさんに言われるがまま、入荷リストの項目を上から順に眺めていく。
薬草、食糧、武器防具、工芸品、娯楽品……変な物は特に無いような……ん?
「魔物寄せの薬品? 個人発注品って書かれてるけど……」
「それだ。時折、冒険者が効率よく魔物を狩るために使う事もあるが、際限なく周囲の魔物を呼び集めちまうから、危険すぎてB級以上の冒険者にしか使用許可が下りねえ。たまに騎士団なんかで使われる場合もあるが、これも危険だから領主に使用許可を得る必要がある。そんで、使用許可を出した領主は速やかに国へと届け出ないといけねえ。要するに、個人で勝手に使えねえってこった」
その個人が誰かはこのリストだけではわからないが、少なくとも許可を得ている人物かどうかはわからない。
とはいえ、これを証拠にグリド商会に強制監査を入れるというわけにはいかないな。
そもそも、このリストが盗まれた、という話になればこちらが追及されてしまう。
「ちなみにカインさん、このリストはどうやって?」
「昨日の夜に張り込んだ時にちょっろっとな」
あ、やっぱり盗み出してるね。
やりやがったなコイツ、という俺の感情を読み取ったのか、カインさんは悪い顔で笑う。
「なーに、心配しなくても気付かれるようなヘマはしてねえよ。よーく確認されたらバレるだろうが、俺の天才的な複写で代わりを置いてきたからな」
まあ、一応偽装工作はしてきたようなので、ここはカインさんを信じるしかないか。
これで向こうにバレてたら色々面倒だし、考えないでおこう。
それが精神衛生上一番いい。
「そんで、リストの一番下を見てみろ。取引日時が書かれてる」
「今夜、ですか」
「そうだ。普通、商船ってのは明るい時間に来るもんだ。暗いと荷物の積み下ろしに不便でしょうがないからな。それに、夜行性の魔物が襲ってくる場合もある。仮に色々事情があって、到着が暗くなってからの場合、普通は夜が明けてから作業するはずだ。その辺りの観点から見て、この取引に色々裏がある可能性は高いと見てる」
わざわざ暗い中で取引をする時点で、やましい事があります、と言っているようなものではあるか。
現状で有力な証拠も殆ど無いのだから、相手の怪しい行動を張りこむのは現実的だな。
「そこでだ。今日の夜はお前も手伝え。基本的には俺主導で動くが、お前の魔術が役に立つ場面はかなりある。俺を巻き込んだんだ。共犯になった以上はキッチリ働いてもらうぜ?」
「はは、お手柔らかにお願いしますよ」
悪い笑みのカインさんに、手伝えと言われてしまった。
まあ、基本的にはその道のプロにお任せしておけばいいだろうから、俺は指示に従いつつ、できるフォローをすればいいだろう。
「もちろん二人だけで行くんですよね?」
「そのつもりだ。が、場合によっては陽動でギルたちを使う。あいつらなら、最悪荒事になっても心配ないしな」
「それ、絶対に事情説明しないで勝手に巻き込むやつですよね?」
ギルバート氏たちを使う、という発言で勝手に巻き込む気満々なのが透けて見える。
俺の指摘に、彼は否定を一切せず、ニイッ、と悪い笑みを深めるばかりだ。
「いつもはギルのハチャメチャに俺たちが巻き込まれてんだ。たまにはこっちから無茶ぶりしてもバチは当たらん。どうせあいつなら後で事情説明すれば納得するしな」
ギルバート氏にいつも巻き込まれる、と言ったカインさんの表情は、少しだけ呆れていたが、後で事情説明すれば納得する、という部分には仲間に対する全幅の信頼が見てとれたので、気分が少しほっこりした。
どうやら、思っていた以上にフィティルの面々の絆は深いらしいな。
「今日の夜、遅れるんじゃねえぞ?」
「早めに仮眠しておきますよ」
「じゃ、また夜にな」
打ち合わせが終わり、カインさんは用事が済んだとばかりに部屋から出ていった。
さて、とりあえず今日は徹夜になる事がほぼほぼ確定したな。
今の内に少し昼寝でもしておくとしようか。
カナエにはメシ代持たせておいたし、ほっといても帰って来るだろう。
「おやすみ……」
一応、俺が寝ている間にカナエが帰ってきてもいいように、書き置きを残して指示を出しておく。
と言っても、夕方くらいまで砂浜の防衛を手伝って、終わったらメシ食って自由にしていいという簡単な内容だ。
隠密行動にカナエを連れて行くかと言われれば、別に必要も無いだろうし。
奴隷契約してるから、いざカナエの力が必要となれば、呼び出す事自体は簡単だしな。
と、今後の展望を思い描いた所で、俺はベッドに入って禁断の昼寝を決め込む。
何だかんだで朝からポトン伯爵に報告に行ったので、精神的に疲れていたらしく、睡魔に呑み込まれるのに時間は必要無かった。




