ワケあり2人目⑭
「おお、よくいらしてくれました。まずはお掛け下さいませ」
シトランの街に来て4日目。
俺はポトン伯爵邸を訪れていた。
カナエには砂浜の防衛に行ってもらっている。
一応、フィティルを始め、いくつかの高ランクパーティーには確認を取ったのだが、満場一致でお前が言って来い、と言われてしまったのだ。
若干面倒だなあ、という思いはありつつも、ポトン伯爵はそこまで面倒なタイプの貴族ではないので、まだいいか、という所。
以前と同じく応接室に通されてから、伯爵に着席を促され、ソファに腰を降ろす。
今回は俺が門番に声をかけた時点で準備されていたのか、すぐに紅茶とお茶請けが出てきた。
「それで、進捗はどうですかな?」
「まあ、いくつか怪しい点は出てきましたが、それらが線で繋がる所まではいってない、という所でしょうか」
グリド商会の関与の疑い、砂浜の襲撃時に沖にいた船の2点が現状での手がかりなので、その辺りの状況と、王都から来ている各パーティーの調査結果を合わせて報告しておく。
とはいえ、これといって大きな進捗の進みは無いものばかりである。
今の所はグリド商会と沖の船の件が真相に一番近そうな気はしているが。
「なるほど、グリド商会が今回の件に絡んでいる可能性があると……とはいえ、まだ証拠が出ていないのであれば、強制調査というわけにもいきませんね」
「その辺りはこちらの調査を待っていただければと思います。あまり急ぎすぎて勘付かれるにも良くないので」
「確かにそうですね。ですがもしも領主としての私の力が必要でしたら、遠慮なく言って下さい。これでも伯爵位を持っていますから、そこそこ状況を動かす事はできるかと」
あらかたの説明を終えてから、俺はポトン伯爵邸を後にした。
さて、とりあえず報告は終わったけど、こっからどうしようか。
別に砂浜の方は特に問題ないだろうし、他のパーティーの手伝いっていうのも何か違う気がするし。
「……そうだ、港の方に行ってみるか」
まだ行ってない場所があるな、と思い出して、俺は港の方に足を向ける。
普段なら漁師たちや交易船の賑わいがあるのだろうな、という大きな港だったが、俺が行ったタイミングではすっかり静まり返ってしまっていた。
まだ午前中だけど、みんなが漁に出ているとかではないだろうし。
というか日本の頃のイメージだと、漁師の人って早朝の競りに獲った物を出せるように、暗いうちから漁に出て、早朝には戻って来る、みたいな感じ。
まあ、こっちの世界でそうなのかはよくわからない。
何かないか、と手がかりを探しながらうろうろしていると、港に泊めてある船を大小様々見かけるが、その多くが引っ掻き傷のような損傷がある。
「……まだそこまで時間が経ってないな」
手が届く範囲にある損傷を近くで観察してみると、船の木材の具合から見ても、まだ最近のものだというのが一目瞭然だ。
これが今回の魔物騒動で付いた傷、という事なのだろう。
こうして見てみると、港に係留されている船の殆どが、大なり小なりの傷痕がある。
逆に、そうした魔物による傷が無い船は目立つ。
魔物による傷が無い船は、案の定グリド商会のものだ。
「おい、ここで何をしてる」
俺が船の観察に夢中になっていると、後ろから野太い声がかかる。
声の元に振り返ってみれば、日焼けした肌に逞しい肉体を持った、中年の男がこちらを睨み付けていた。
「すみません。領主様からの命で、魔物の異常発生について調査を頼まれていまして、手がかりを探してウロウロしていました」
俺がお辞儀をしながら挨拶をすると、男はフンと鼻を鳴らす。
どうやら、ご機嫌斜めらしい。
「命が惜しけりゃこの辺りには近付くな。ヤツらの機嫌を損ねたら、あっという間に大海蛇の餌だ」
ヤツらの機嫌を損ねたら。
意味深な事を言い残して、男は踵を返して去った。
追いかけようかとも思ったが、恐らくは無理のない範囲で俺にメッセージを伝えてくれたように思う。
もしも俺の感じ方が間違いでないのなら、ここで彼を追い掛けてしまうのは良くない。
それこそ彼の言うヤツら、の機嫌を損ねてしまうかもしれないし。
ともあれ、黒幕がいるという事だけはハッキリしたので、今後の対策を要検討という所だろうな。
まあ、いっそこのままこっちで俺に手を出してきてくれれば、現行犯でとっ捕まえてしまえるので話は早いんだが。
ともあれ、このままここにいても、現状では得られる手がかりは多くなさそうなので、一度退散するとしようか。
もし、カインさんのグリド商会の調査が難航するようなら、港の商会関連施設を調べるのもいいかもしれないな。
「……戻るか」
いっそ隙だらけにしてたら誰か襲ってきたりしないかな、とか思ってたら、そんな気配を微塵も感じないので、大人しく戻る事にする。
一度カインさんとも打ち合わせをしたいしな。
とはいえ、カインさんが捕まるかはわからないので、一度宿に戻って、フィティルの面々を探すとしよう。
カインさんのような斥候タイプの人がいれば、巻き込んで人手を増やしてもいいんだけど、現状だと信頼できる人がいるかがわからない。
その辺りもカインさんに伝手があるなら頼ってみてもいいかもしれないし。
ともあれ、今は一度宿の方に戻って方策を練り直すとしようか。




