ワケあり2人目⑬
「お疲れ。何か変な事は無かったか?」
グリド商会を出た後、砂浜の方にカナエを迎えに行くと、俺に気付いた他の冒険者たちの視線が一気に俺に向く。
マイナスの感情が籠もった視線ではないものの、少し居心地が悪い。
「何もなかった」
他の冒険者たちを気にする事も無く、彼女はこちらに歩いてくる。
特段疲れた様子も無く、顔色が悪かったりもしない。
まあ、そもそも襲撃があったかどうかも不明なのだが。
「なあ、この娘とパーティーを組んでるなら、頼みがあるんだが」
冒険者の男の一人が、少し緊張した面持ちで声をかけてきた。
なぜそんなに緊張しているのか、と思ったが、カナエの戦闘を実際に見たのだとしたら、組んでるヤツもやべーヤツでは、と思われたのかもしれないな。
ともあれ、話を聞くかどうかは内容次第かね。
「内容によるが、聞くだけは聞こうか」
相手の冒険者ランクとかはわからないが、変にへりくだる必要はないと判断し、少し強気の態度で応対すると、少しだけたじろぐような感じがあったが、冒険者の男は踏みとどまる。
「今回の依頼が終わるまでの間でいい。なるべくここの襲撃防衛に彼女を回してくれないか? 暴れ海亀の甲羅を一撃で粉砕するような戦力は、とても魅力的なんだ。ヤツらは頑丈なせいで、動きこそ止められるが、仕留めるのは苦労する。彼女がいれば、みんなの負担が大きく減るんだ。もちろん、可能な限りで構わない。どうしてもパーティーで纏まって動く事もあるだろうしな」
なるほど、と内心で納得する。
カナエのイカレたパワーをもってすれば、物理耐性持ちだろうと大概の魔物は一撃だ。
暴れ海亀も例外ではないらしい。
そんで、ぼちぼち数が出てくる暴れ海亀の対策に、カナエを借りたいと。
まあ、調査に関してはカナエの手がいるような場面は多くなさそうだし、空いてる時間に防衛側の戦力に回すのは問題ないか。
カナエなら、武器さえ持っていれば先日の大海蛇すら、一撃で屠りそうだし。
まあ、あとは本人の意志次第かね。
「だそうだが、カナエはどうしたい?」
俺がカナエの意志に委ねる、というスタンスを取ったので、冒険者たちの視線が一気にカナエに向く。
どうやら、よほどカナエの戦力が魅力的らしいな。
「任せる」
彼女自身は、あくまで俺の指示に従う、という事らしい。
なんというか、自分のできない事や嫌な事に関しては自己主張するけど、普段は基本的に俺に判断を委ねる事が多いな。
それが信用されているからなのか、彼女自身が判断するのを面倒がっているのかは不明だが。
「わかった。それなら、俺が頼んだ時はここの防衛に参加してくれ」
特にここの冒険者たちを嫌がっているとかではなさそうだし、向こうは歓迎ムードだ。
だったら問題ないだろう。
俺が許可を出した事で、冒険者たちが沸く。
カナエがよっぽど重要な戦力になるんだな。
「ああ、そうだ。もし変な勧誘とか手を出されるような事があれば、半殺しまでは許可するけど、力加減間違ってミンチにするような事だけは気を付けてくれ」
「わかった」
結構男の割合が多いし、余計なちょっかいをかけたら、わかってるね?
という脅しを言外にかけてみると、沸いていた冒険者たちは一瞬で静まった。
まあ、優秀な人材がいたら勧誘とかしたくはなるだろうけど、俺はカナエを手放す気なんてさらさらない。
仮に他の冒険者とパーティーを組んだとしても、彼女の食費におったまげる事うけあいだが。
「それじゃ、今日はもう俺たちは宿に戻るから、またよろしく」
カナエを引き取って、俺たちは宿の方へと戻った。
夕方より少し前だったが、色々と情報を整理したいし、ちょうどいいだろう。
「ここの冒険者たちに勧誘とかされたか?」
一応釘刺しはしてきたけど、既に声をかけられた可能性はある。
厳つい装備してなければ、見た目も人形みたいに美人だし、そっち目当てで声を掛けられているかもしれないし。
「何人かにパーティー勧誘されたけど断った」
あ、やっぱり勧誘はされたのね。
そりゃあそうか。
あんだけ戦力として欲しがられてたもんな。
「カナエは、将来的にどうしたい? このまま俺と組んでくれると嬉しいけど、独立したいとか要望があるなら考えるよ」
一応、今回の依頼を達成してしまえば、カナエの購入代金と装備とかにかけたお金はほぼ回収できてしまう。
あと何回か追加で依頼を達成すれば、奴隷解放もすぐだ。
「ご飯がお腹いっぱい食べられるなら、このままでいい。今の時点では自分でやりたい事も無いから」
珍しく、カナエが長文を喋ったな。
とりあえずは、現状維持でいいって事か。
ともあれ、将来はわからないし、とりあえずは彼女が満足のいく職場環境の維持に努めるとしよう。
そして将来、カナエにやりたい事ができたら、笑顔で送り出してあげられるようにしないと。
「そっか。もし、やりたい事とかができたら、遠慮なく言ってくれ。なるべく要望に応えられるようにするからさ」
「わかった」
ちょっとだけ将来的な話をしながら、俺たちは宿に帰りつく。
部屋に戻り、交代でシャワーを浴びてから、まだ少し先の夕食の時間までに、情報の整理なんかをしておこう。
「そういえば、昨日の船に乗ってた人物の顔は見たか?」
あの謎の人物の顔をわかるなら、そこから調査を広げれば効率的だと思い立ったものの、カナエは首を横に振った。
「男なのは見た。けど、ほとんど一瞬だったから細かくは見れてない」
「そっか。性別だけじゃ調査するにも手がかりが無さすぎるな。他に何か特徴とかは思い出せないか? 例えば服装とか装備とか」
うーん、と考える仕草をするものの、彼女は無言で首を横に振る。
どうやら、特徴的な何かがあるような男ではなかったらしい。
こっちの方面から調査を進めるのは、少し難しそうだな。
「ごめん」
「いや、もしかしたらくらいだから気にしなくていい。地道に調査を進めるさ。もし何か思い出したりとかしたら、遠慮しないで言ってくれ」
グリド商会との接触と、昨日の謎の小舟の男。
何かしらの接点があればいいのだが、現状ではそのようなものは無い。
いくつかの怪しい要素が点で見つかってはいるが、それを繋ぐ線が見えない状態だ。
どこかが繋がってくれると大いに進展があるんだけどな。
明日は一度、ポトン伯爵に報告に行くか。
そこまで進展はしてないけど、経過報告は必要だろう。
……いや、そもそも俺が行く必要があるのか?
そもそもフィティルの面々とか、俺よりもランクの高い冒険者もいるだろうし、そっちに任せた方がいいんじゃ?
そんな事を考えたものの、そもそも伯爵と最初に接触したのは俺だし、折衝という点では、そのまま俺がやるように言われてしまうような気がする。
ましてや貴族絡みの案件だしな。
まあいいや。
明日、ギルバート氏に確認を入れてみて、対応を投げられたら俺が報告に行く事にしよう。
先輩に相談して意見聞くの大事。
これ社会人の鉄則。
「お腹空いた」
俺が物思いに耽っている間に、カナエのお腹が空腹を激しく主張し出したので、苦笑いを浮かべつつ考え事を中断し、彼女を連れて宿の食堂に向かう。
少し時間が早いが、席を取って何を食べるか考えさせておけば、カナエの気も少し紛れるはず。
そんな事を考えながら、俺はカナエを伴って部屋を出るのだった。




