ワケあり2人目⑫
「すみません、私はハイト・リベルヤという者なのですが」
グリド商会に入り、受付の人に名乗ってみる。
受付にいたのは綺麗めな女性で、特に表情を崩す事なく、まじまじと俺を観察しているようだ。
「何かお約束はおありでしょうか?」
「いえ、特にお約束はしていませんが、こうして港町シトランに来る事になり、この国の海運を担うグリド商会にご挨拶でも、と」
そう言って、貴族の身分の示す短剣を受付の女性に提示する。
失礼します、と受付の女性がその短剣を検めた後、ありがとうございます、と返された。
「上の者の細かい予定がどうなっているか私は知りませんので、少し確認のお時間を頂いてもいいですか? 時間に空きがあれば、ご対応させていただく事も可能かと思いますので」
「構いません。こちらで待たせて頂いても?」
「はい。5分もあれば戻って来られると思いますので、少々お待ち下さいませ」
そう言って、受付の女性が奥に引っ込んだ。
待っている間、俺は受付周りの店舗内を見回す。
内装は特別な所が無く、強いて言うのなら、船に関連するような装飾が多いくらいだろうか。
空いたスペースに舵取りのハンドルや、船の絵が飾ってある感じ。
海運がメインの商会なので、特段おかしな所はないな。
「お待たせいたしました。商会長がお会いになられるとの事でしたので、ご案内いたします」
戻って来た受付の女性は、特に表情を変える事もなく、淡々と仕事をこなす感じだ。
感情が読み取りにくいが、洗脳がどうとか、そういう感じではなさそうかな?
別に目が虚ろとかでもないし。
「わざわざ商会長にお会いいただけるなんて幸運ですね」
「たまたま予定の隙間で空きがあっただけなので、あまり長い時間のお話はできないそうですが」
少し受付の女性に話を振ってみるも、変わらず事務的な対応である。
まあ、彼女からしたらいきなりやってきて、ただ仕事を増やしやがって、みたいな感じなのかもしれない。
申し訳ない、と思う反面、おたくの商会が胡散臭い事してるかもしれないからなんだよなあ、と考えると女性に運がないなあ、とも思う。
「こちらへどうぞ。すぐに商会長が参りますので」
小さな会議室のような部屋に案内され、座っているように言われたので、俺は素直に備えてあるソファーに腰を降ろす。
ポトン伯爵邸のものに比べると、やや品質は下がるが、充分に品質のいいものだ。
適度な柔らかさと弾力で、長時間座っていても大丈夫そうである。
「お待たせいたしました」
2分くらい待った辺りで、部屋に入ってきたのは初老の男性。
50代くらいで、やや痩せぎすだが、野心の強そうなギラついた目をしている。
さすがに有名な商会を束ねる者とあって、妙な迫力があるな。
「わたくしはアヴィドゥス・グリドと申します。グリド商会の2代目商会長を務めさせていただいております」
「ハイト・リベルヤ準男爵です。まだ領地を持つには至っておりませんが、領地を持った暁には、良い取引ができればと思い、ご挨拶に伺った次第です」
自己紹介をしつつ、身分証明となる短剣と冒険者証を取り出し、テーブルの上に置く。
商会長はしげしげとそれを眺めてから、俺の目を見ると、ニコリと笑みを浮かべた。
「ダレイス元公爵の罪を暴き、国の腐敗を正した若き英雄がいると聞いておりましたが、まさかこうして直接お会いできるとは光栄ですな。まだお若いのにC級冒険者としての資格もお持ちとは」
「英雄だなんてまさか。私は自分の親がしでかした悪事を清算しただけにすぎません」
商会長が二つの身分証を確認したのを見てから、懐にしまい直しつつ、自分がダレイス公爵家の血縁者である事は先に言ってしまう。
これに関しては調べれば簡単にわかる事だし、自ら口に出す事でそれは弱みじゃないとアピールするためでもある。
俺の思惑が通じたかどうかはわからないが、商会長は相槌を打った以外の反応は示さなかった。
とりあえず前哨戦は上手く乗り切ったというところだろうか。
「さてさて、将来的に我が商会との取引をご希望との事ですが、どういった商品をご希望ですかな? 国内の商品であれば大概のものはご用意できますが」
「そうですね……まだ領地を持っているわけでもありませんし、そこまで資産があるわけでもないので、完全に契約を結べるわけでもありません。ですが、現段階では海産物と各地の調味料を取引できればと思っています。海辺の領地を賜れば話は変わってきますが、恐らくは内地の領地が多いでしょうから。取引としては、領地の特産品と金銭での取引がメインになるかなと考えています。まあ、まだ将来的な話ですから、そこまで具体的な話に進めるのは難しいでしょうね」
あくまで将来的な話であるので、無難な想定で話を進めておく。
別にいまから契約を結ぶつもりなんてこれっぽっちも無いし。
「確かにそうですな。あくまで現段階では土台も無いでしょうし。ですが、ご希望でしたらある程度は小規模な取引もできますぞ。例えば、冒険者活動で得た魔物の素材なんかを持ちこんで頂けるのなら、ギルドよりは多少の色を付けられます」
あー、なるほど。
魔物素材と言えば、基本的には冒険者ギルドを通しての取引になるから、ギルドにある程度は利益を持っていかれるもんな。
そこをすっ飛ばして商材を確保できるなら、安上がりかつ利幅も大きい。
俺が冒険者やってるからこその提案だ。
とはいえ、俺が素材を確保できたらの話だよな。
「なるほど、そういった考え方もあるんですね。であれば、王都のグリド商会の拠点に持ち込めば取引して頂けると?」
「ええ、ご希望でしたら現地の者に言付けておきましょう」
別に魔物素材を自分で採取して売ったりしても問題は無いんだよな。
ただ、獲物次第ではそもそも回収素材が大きすぎて運搬が大変だったりとかがあるから、多少の手数料を払ってでもギルドに任せた方が楽だったりする。
先にギルドに素材が欲しい旨を伝えておけば、いくらかの手数料は取られるけど、安全かつ簡単に素材を得られるし、そもそも金に余裕があるなら依頼として素材の納品を出せばいい。
あんまりグリド商会に素材を卸す利点は無いが、とりあえずは話は合わせておく。
商会長の話を聞いている感じ、そっち方面の仕事は現状ではあまり無いっぽいし。
「素材の件は考えておきますね。そういえば、今回私はポトン伯爵からの依頼でこの街に来ているのですが、グリド商会もかなり被害が出ているのではないですか?」
ちょっとした世間話のつもりで現在の状況を訪ねてみると、一瞬だけ商会長の目つきが変わった。
しかし、すぐに笑顔に戻る。
「確かに我々グリド商会もそうですが、街の漁師の方が被害が大きいですな。我々は優秀な護衛がいますし、長年海運業でのし上がってきたノウハウもあるので、そこまで大した被害は出ておりません。せいぜい、護衛を増やす人件費が増えた程度です」
「なるほど、危険な状況でも航海ができる技術をお持ちなんですね。やはり国内の海運業で有名なだけはあります」
「ええ。この辺りは我々グリド商会の強みですな。ですので、近々国外へも事業を拡げたいと思っているのですよ。とはいえ、恥ずかしながら国外への伝手がありませんので、販路を広げるにはかなりの資金が必要となり、今は足踏み状態となっております。いやはや、商売は一筋縄ではいきませんな」
はっはっは、と笑いながら言外に国外の伝手か資金提供をしてくれないか、と商会長に問われるも、俺は笑いながら受け流す。
こちとら法衣貴族なりたてで、そんな資金なんてありませんのでね。
そもそも、自分ら3人で暮らすのもやっとなんですわ。
まあ、少しずつ貯蓄できる程度には稼いでるけど。
「今日は興味深いお話をしていただき、ありがとうございました。将来的な部分がもう少し確定すれば、もっと具体的なお話が進められるのですが」
「いえいえ、こちらこそリベルヤ準男爵様と関わりを得られて良かったです。今は魔物騒ぎで物騒ですし、お気を付けてお帰り下さいませ」
タイミングを見て、挨拶をしてからグリド商会を後にする。
こっそりと商会長を鑑定してみたのだが……。
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アヴィドゥス・グリド
53歳
種族:人間
身長:174センチ
体重:60キロ
状態:健康
生命力:25
精神力:15
持久力:15
体力:15
筋力:15
技術:30
信念:4
魔力:10
神秘:10
運:20
特殊技能
・武器熟練:短剣
・話術
・算術
・劇物調合
・操船術
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どことなく、商人にしては怪しい項目が一つある。
劇物調合の項目だ。
海運商会の長であるので、話術や算術、操船術に関しては別段不思議じゃないし、海に出れば戦闘をする機会もあるだろうから、短剣の扱いに慣れている、というのもまだ不自然じゃない。
しかし、どう頑張っても劇物調合というのは、普通じゃないだろう。
これが例えば、海に散布して魔物避けになるような薬品を作れる、という事であれば、安全に海を渡るノウハウとして考える事はできる。
しかし、劇物という括りに入るのかどうかと言われると疑問が残る所だな。
うーん、これはキナ臭い感じになってきたなあ……。




