ワケあり2人目⑨
「久しぶりだな! 聞いたぞ! あの老練の戦鬼殿に一撃当てたそうじゃないか!」
「ちょっと痛いですよギルバートさん」
翌日。
街やギルドでの聞き込みは大した情報が無かったので、午前中はどういう行動をしようか、と考えていた所に、王都からの後続部隊が到着。
その中にはフィティルの面々を始めとした、数パーティーが来ていて、戦力としてもかなりのものだ。
俺たちと同じく竜操車で送られてきたらしい。
で、再会して早々に、ギルバート氏が俺に絡んできたわけである。
ご機嫌にガハハと笑いながら、俺の背中をバシバシと叩くもんだから、普通に痛くて文句を言ってしまった。
「おお、すまんすまん。老練の戦鬼殿は俺の師匠でもあるからな。俺ですらまだ一撃掠らせた事すら無いのに、先を越されてしまった」
「たまたま意表を突けただけですよ。次は絶対掠らせるのも無理です」
「ギル、積もる話もあるだろうが、まずはお仕事といこうぜ?」
周囲の冒険者たちから注目されているのに気付いたカインさんが、注意を入れた所で、ギルバート氏はようやく仕事モードに戻る。
「そうだったな。ではハイト、俺たちに情報の共有を頼む」
周囲からの注目で少し居心地が悪かったが、俺は先行調査をしていた身なので、その成果を共有する義務があるのだ。
領主であるポトン伯爵と話した事や、昨日の聞き込みで得た情報をあれこれかくかくしかじかと共有していく。
周囲の冒険者パーティーからの質疑応答にも答え、情報伝達が終わる頃にはすっかり1時間くらいは経っていた。
顔合わせや情報伝達が終わった頃には、各々ですぐに動き出すなり、宿の確保だったり、準備だったりで散っていったのだが、フィティルの面々と他数パーティはこの場にいる。
「そうだ、カインさんに聞きたい事があるんですが」
無詠唱魔術で防音を施しつつ、カインさんに声をかけると、彼は胡乱げな顔で俺を見る。
防音魔術をかけた事には気付いているようだが、何で俺に声をかけるんだ、と顔が物語っているのが頼もしい。
「恐らく、フィティルの情報収集担当はカインさんですよね?」
「まあ、そりゃあな。ギルとリディアはそもそも天然だし、ローザもまあ、向いているとは言い難い。消去法で俺にお鉢が回ってくんだよ」
あいつらは全く、と文句こそ言っているものの、その方面では全面的に頼りにされているのだろう。
表情には隠しきれない誇らしげな色があった。
「グリド商会について、何か知っている事はありませんか?」
グリド商会の単語を出した所で、カインさんの眉が動く。
そう、俺は情報共有の際にグリド商会の話だけは省いていたのだ。
なぜかと言うと、グリド商会を疑う場合、彼らの息のかかった冒険者パーティーがいる可能性があるから。
その点で言うと、ギルバート氏はそういった癒着のような事は嫌いそうだし、そもそも隠し事に向いているとは言い難い。
必然、そのパーティーであればシロである可能性が非常に高いわけで。
まあ、これで個人的にカインさんがグリド商会と繋がってるとかだったら、俺の見る目が無かったという事だろう。
「何でそこでグリド商会が出て来る? 港町といやあ、そりゃ活動範囲だろうけどよ」
「実はですね、今回の件にグリド商会が関わっている可能性がある気がしまして」
ここでカインさんにポトン伯爵と話した内容と、俺の懸念をあれこれと打ち明ける。
最初こそ怪訝な表情だったカインさんも、話を聞くうちに真剣な表情に変わっていく。
「なるほどな。元貴族ならではの視点ってワケだ。俺たち冒険者には考え付きそうもねえ。で、それを俺に話すって事は、探って来いって事だよな?」
「まあ、端的に言えばそうなります。俺も一応、魔術で隠密はできなくもないですが、魔術対策がしっかりしている場合、絶対に見つかります。そういった技術のある方にお願いするのが一番いいかと思いまして」
先輩を顎で使うのは申し訳なかったので、あくまでその技術を信頼してお任せします、という形を取った。
別に嘘でも何でもないし、事実を述べているのだが、言葉にするのとしないとではやはり違う。
「ま、そういう仕事なら俺が適任だわな。今日の夜辺り、軽く探りを入れてみる」
案の定、カインさんは上機嫌そうにグリド商会の調査を請け負ってくれた。
これでシロと出るかクロと出るかで、やる事が大幅に変わってくる。
あとはどんな魔物が来ているかも調べておきたいな。
俺たちは先にそっちの調査をすべきか。
「それじゃあ、グリド商会の件はお任せしますね。俺はアリバイ作りで皆さんと少し話しますので」
防音魔術を解除しつつ、今度はローザさんに声をかけて、フィティルの面々と旧交を温めているように見せかけておく。
残っているパーティーの面々がグリド商会の手先かはわからないが、違和感がないに越した事はない。
まあ、色々話したいってのも嘘じゃないしな。
「無事に認定試験を突破したようね。推薦しておいてなんだけど、まさかS級冒険者相手に一歩も引かないなんて、話を聞いて驚いたわ」
俺が声をかけると、ローザさんが柔らかな笑みで応えてくれた。
よくよく話を聞いてみれば、フィティルと同じA級冒険者が試験官になると思っていたのに、S級が試験官を務めたのにびっくりしたそうな。
「逆に壁が高すぎたので、心が決まった感じですね。まあ、意表は突けても全然届きもしませんでしたが」
「それでもS級相手に意表を突いて、一撃を掠らせたってだけでも殊勲物よ? 老練の戦鬼殿にはギルだって子ども扱いであしらわれるんだから」
ローザさんが言っている通りの部分もあるが、その辺りは俺の実力的な部分が大きいと思う。
推薦でA級クラスの新人がいると言われていても、実際に相手が子供だったら無意識の内に侮ってしまう部分もあるだろうし。
ギルバート氏のように、ある程度の完成形にある相手ともなれば、心構えからして違うはず。
そもそも、師弟関係であるのなら、細かいクセや引き出しの数なんかにもある程度当たりがついているだろうし、あしらわれるのもしょうがないような。
「頑張ったよねー。よしよしー」
急に横からリディアさんが会話に入ってきて、頭を撫でてくる。
子供じゃないんだが、と思う気持ちもあるものの、リディアさんには恐らく一切の悪気は無い。
邪険にするのも違う気がしたので、気が済むまでそうさせておく事にしておく。
決して視界に入る豊かな胸部装甲が眼福とは思ってないよ?
「そういえば、近くにいる嬢ちゃんは新しいパーティーメンバーか?」
俺がリディアさんにされるがままになっていると、ギルバート氏が近くでボーっとしているカナエに話を振ってきた。
丁度いいから紹介しておくか。
「ええ、最近加入したカナエです。前衛を担ってくれています」
俺がカナエを紹介すると、彼女は無言でぺこりとお辞儀をする。
それっきり、特に発言をしない辺り、彼女らしい。
「がっはっは、俺の顔で怖がらせたかもしれんな。すまんすまん」
カナエが喋らないのが自分のせいだと思っているギルバート氏だったが、こいつは元からこんなです。
とはいえ、カナエに喋る気が無い以上、人見知りとでも思わせておいた方がいいかも。
「すみません、あまり慣れていない人と話すのが苦手みたいで」
「構わんさ。俺の顔見て怖がられるのは良くある話だからな!」
まあ、そう言われてみると、ギルバート氏は顔に傷痕もあるし、体格からして厳ついから、怖がられる要素はあるな。
話は丸く収まりそうだし、勘違いさせておこう。
「それじゃあ、俺たちは一旦砂浜の方の調査に行ってみます。昨日は海方面に回れませんでしたから」
「わかった。俺たちもぼちぼち動き出すとするか」
旧交の温めもそこそこに、俺たちは各々動き出す。
これで割かし、アリバイ作りにはなったかな?
ともあれ、次の目的地に行く前に、カナエに何か食べさせておこう。
万が一戦闘中に腹ペコで動けない、とかになったら面倒だしな。
行先に向かう途中に何か屋台があっただろうか、と昨日の街での聞き込みを思いだしつつ、俺はカナエを引き連れて砂浜の方に向かうのだった。




