ワケあり2人目⑧
「とりあえず、最悪の想定は無かったみたいだな」
翌朝。
カナエと共に宿の食堂で朝食を摂りつつ、今回の件について考えを巡らせる。
とはいえ、現状では情報そのものが全くと言っていいほど足りない。
一応、この港町に来る事がそもそも罠、という事を考慮して、夜は必ず俺かカナエが起きている状況を作ったわけだが、それに関しては取り越し苦労だった。
とりあえずは一旦、ポトン伯爵に話を聞いて情報を集める必要があるか。
「昨夜は良く眠れましたかな?」
「ええ、おかげ様で」
朝食を終えた頃合いに、ポトン伯爵からの遣いが宿にやってきて、俺たちはポトン伯爵の屋敷へと招かれた。
客間には既にポトン伯爵本人が待っており、簡単な挨拶を済ませてから設置されているソファに腰を降ろす。
沈み込むような柔らかさを一瞬感じるも、適度な所で反発感が伝わってきて、かなり上質なものだとわかる。
室内の調度品も雰囲気を保ちつつ、嫌味にならない程度に整えられているし、伯爵のセンスの良さが伺えるな。
「それでは、改めて今回の依頼についてのお話をしましょうか。少々長くなりますので、お茶を淹れさせましょう」
「お気遣い、痛み入ります」
ポトン伯爵の合図で、側仕えの男性が部屋の外にいるであろう使用人に声をかけに行く。
そんな状況を尻目に、伯爵は今回の依頼について語り出す。
「異常が起き始めたのは、大体1ヶ月前くらいからでしょうか。海の魔物が砂浜に押し寄せてくるようになったのです。それに付随して、シトラン近海でも魔物の被害が頻発するようになりました。領軍を手配し、大規模な討伐を行いましたが、一向に数が減る機会がありません。まるで、このシトランに魔物が引き寄せられているかのようで……」
魔物が引き寄せられている、ねえ。
何かしら、魔物を誘引する要素でもあるのだろうか。
「魔物の種類や襲撃に法則性はありませんか?」
「ありません。その辺りはこの地の冒険者ギルドとも連携して確認しましたが、魔物の種類も襲撃タイミングもてんでバラバラでして。特別、新しい事業が始まったわけでもありませんので、魔物を誘引するような何かにも心当たりがありません」
とりあえず現状で調べられるものは調べてお手上げだから、国にも報告を上げて早急に手を打ちたい、といった所だな。
現状だと、襲撃の状況とかを一度見てみたいか。
あとは冒険者ギルドでも情報集めだ。
新しい情報があるかはわからないが、現地で直接戦った人間の方がわかる何かもあるだろう。
「現状の状況は把握しましたが、ポトン伯爵としてはどういった方策をご要望でしょうか?」
話しているうちに、俺たちの前に紅茶と少量のお茶請けが出される。
カナエが早速とばかりにお茶請けに喰い付いたので、俺の分も渡しつつ伯爵と話を進めていく。
伯爵はカナエの行動には特に興味が無いようで、お咎めもなくて少し安心だ。
「現状維持であればこの街の冒険者と領軍で問題ありませんので、ハイト様を含めた応援部隊にはとにかく原因の究明を進めて頂きたいと考えております。このままでは交易船や商船が遠からず減ってしまいますので、可能な限り早急に」
「なるほど、ポトン伯爵のお考えは理解しました。もう一つ質問ですが、身の回りでのトラブルや、街の中でのいざこざのようなもので気になる事はありませんか?」
俺の質問に、伯爵は首を傾げるも、真面目に考えてくれているようだ。
彼が答えを出すまでの間に、俺は目の前にある紅茶を口に含む。
いい香りと僅かな苦みが口の中に広がり、いい茶葉を使っているのがわかる。
雑味やエグみもないので、淹れ方もかなりしっかりしているっぽい。
「……あまり心当たりがありませんが、強いて言うのであれば、このシトランの街を代表する商会である、グリド商会から融資の話があったくらいですな。打診そのものは2ヶ月前くらいなものですが」
商会が貴族に融資を持ち掛けるのは珍しい事ではない。
むしろ融資をきっかけに、貴族の子飼いになる商会もあるくらいだ。
その話そのものは特に不自然な点は無いな。
「失礼でなければ、どのようなお話がお聞きしても?」
俺の追加の問いかけに、ポトン伯爵は紅茶で口を潤してから、ぽつぽつと語り始める。
「グリド商会は主に国内の海運業を生業にしておりましてな。販路を国外にも拡大したいというお話だったので、少々考えましたが、国内が荒れている状況で、国外からのトラブルを持ちこむ可能性を広げるのも良くないと思い、融資を断ったのです。話はそれからも何度か持ちかけられましたが、全て断りました。融資を行うにしても、国内が安定してからだと思いますので」
「なるほど、参考になりました。ありがとうございます」
「いえいえ、あまり大した情報がなくて申し訳ないくらいです」
とりあえず、ここで得られるであろう情報はもう無さそうだ。
このまま屋敷を出て、街や冒険者ギルドでの聞き込みに回るか。
カナエはこういう仕事は向いてなさそうだから、護衛役で横に置いとくか。
「それでは、私たちは冒険者ギルドと街の方で聞き込みをしてみようと思います。現場の人間しかわからない情報もありそうですので」
「わかりました。何か進展がありましたら、こちらの屋敷までお知らせ下さいませ。仮に私が外出していても、家令に言付けて下されば大丈夫でございますので」
状況把握と伯爵からの事情確認が済んだので、俺たちは伯爵の屋敷を辞した。
そのまま街の方へと歩きつつ、こっそりと俺とカナエの周囲に防音の魔術を張り巡らせる。
「カナエ、屋敷で何か感じる事はあったか?」
俺の問いかけに、カナエは少し首を傾げるも、無言で首を横に振った。
基本的に無言で、何も考えてないように見えるが、カナエは妙に鋭い時がある、というのをこの街に移動してくる道中での会話で何度か感じたので、確認してみたんだが、特に収穫ナシ、と。
まあ、特に屋敷内の空気が悪いとかも無かったし、使用人の教育もキチンとされていそうだったし、現状の判断ではポトン伯爵はシロ、かな。
今回の魔物騒動が人為的であるなら、次に怪しいのはグリド商会だろう。
とはいえ、いきなり探りを入れるのも怪しまれるだろうから、まずは無難な聞き込みからだな。
「手分けして聞き込み――」
「無理」
「はしないよな。オーケー、了解。人には向き不向きってあるもんな」
手分けして聞き込みをしよう、というダメ元な提案を、俺の発言を喰って即座に断る辺り、カナエ自身も自分がそういった役割に向いていないという自覚があるようだ。
ある意味、奴隷としてはどうなんだ、って話にもなってくるのだが、俺としては彼女が人間らしく感じられるので、全然アリである。
見た目とかは全然いいのに、諸々で損するタイプの人間だなあ、と思う。
主に無表情さとか、口数の少なさとか、食費とか。
それを補って余りあるくらい、得意な面が飛び抜けてるんだけどな。
それでいて、自己表現そのものはしっかりしている。
今回のように、嫌な事やできない事はハッキリと伝えてくれるので、雇用している側もわかりやすくてありがたい。
「適当に屋台巡りでもしながら、聞き込みをしていくか」
「美味しいのあると嬉しい」
さっきのお茶請けを即座に食べに行った辺り、既に小腹は空いていそうだな、と思って屋台巡りを提案してみれば、爆速で喰い付いてきた辺り、わかりやすいな。
無表情なのに、犬が尻尾振ってついてきてる感じがする。
ある意味、食い物というニンジンをぶら下げれば、簡単に釣れそうなのが心配な所でもあり、安心できる所でもあるな。
カナエについて、そんな事を考えながら、俺は防音魔術を解除しつつ街へと繰り出すのだった。




