ワケあり2人目⑦
「おいおい、マジかよ」
準備を整えて、ギルドで送り迎えをしてくれる国の担当者を待っていた所、まさかの竜操車がやってきた。
竜操車とは、飼い慣らした小型の地竜によって牽く馬車のようなものだが、馬車よりも戦闘向きに作られており、主に戦争や魔物との戦闘に用いられるものだ。
馬力と速力は馬車の比ではなく、今回の目的地は馬車なら1週間くらいかかる距離だが、竜操車であれば3日あれば到着するだろう。
こんな物まで投入している辺り、国がどれだけ今回の件に本気かが伝わってくる。
「ハイト様ですね。要請を受けてお迎えに上がりました」
停まった竜操車から出てきたのは、見覚えのある男性。
確か、近衛騎士団にいた人だった気がするな。
異動になったのか、人手不足で近衛騎士団が動いているのかは不明だが、どちらにしろかなりの力の入れ様だ。
「お久しぶりです」
やはり見覚えがある男性だったのは間違い無かったようで、形式通りの挨拶を終えた後は俺に軽く会釈してきた。
生憎と名前までは覚えていないのだが、記憶にはあるので軽く会釈を返しておく。
「それでは早速ですが、お二人を送迎させていただきます。どうぞ、ご乗車下さい」
男性に促されるまま、俺たちは竜操車に乗り込む。
車内はかなり広く、6人くらいは余裕を持って座れそうなくらいだ。
シート部分もかなり柔らかく、上質な物が使われている辺り、指揮官とかの偉い人が乗るようの車両っぽいが……長い事車内で揺られる事になるのを考えると、腰への負担は少ない方がいいな。
「では、出発いたします」
俺たちが腰を落ち着けたのを確認してから、竜操車が発進する。
最初はガタゴトと揺れたものの、スピードに乗ってからは車内が安定し、そこまで揺れが気にならなくなってきた。
衝撃吸収機構なんかも金をかけて作られたものなんだろう。
「少し話をしても?」
竜操車が発進してから30分くらい経っただろうか。
車内で揺られながらカナエは眠ってしまったので、俺は御者の男性に話しかける。
「ええ、大丈夫です」
幸い、迷惑がられたりするような事も無かったので、少しだけホッとしつつ、聞きたかった事を問う事に。
「今、城や陛下たちはどんな状況ですか?」
「そうですね……一言で言うなら、修羅場、でしょうか」
俺の問いかけに、男性は苦笑いをしながら答えてくれた。
まあ、そりゃそうだろうな。
高位貴族の大半がいなくなって、城で重要なポストについていた人も壊滅。
代替の貴族に仕事を教えるにしても、すぐに形になるわけでもない。
わかってはいたが、相当にクソ親父の爪痕は深いようだ。
「ですが、前と違って風通しがいいので、みんな生き生きとしています。団長からも、ハイトさんに会ったらよろしく伝えておいてくれと言われていましたし」
「……そうですか」
話を聞いてちょっとだけホッとした自分がいる。
何だかんだと言っても、生まれ育ったこの国に愛着はあるのだろう。
少なくとも、全てのツケを陛下に押し付けたのを申し訳ないと感じる程度には。
とはいえ、それを手伝うか、と言われればそれはまた別のお話なのだが。
「ああ、陛下からも伝言を預かっています。手伝う気になったら、いつでも連絡してくるがいい、だそうです」
「陛下らしいですね」
ちゃっかりと一兵卒に伝言を渡してくる辺り、陛下のフットワークの軽さがよくわかる。
いっそ、もっと仕事を押し付けてもいいのかもしれない。
いや、必要もないのにそんな死人に鞭打つような事はしないけどさ。
「まだ目的地までかかります。よろしければお休みになっていて下さい。魔物の襲撃等があっても地竜たちがいますので、よほどの事が無ければハイトさんたちを起こすような事にはなりませんし」
「わかりました。ですが、何かあったら遠慮なく起こして下さい」
まあ、盗賊なんかは数がいても地竜の相手にならないだろうから、起こされる事があるとしたら、ヤバめな魔物くらいなものだろうけど、その時はその時だ。
男性の心遣いに甘えて、俺も車内で軽く休む事にした。
…
……
………
「海。初めて」
結局、道中で何かが起こる事も無く、道中で現れた魔物は、走行中の地竜が文字通り踏み潰したそうな。
そんな感じで中継の街や村で休憩や宿泊をして、俺たちは港町目前まで来ていた。
車両の窓からは青く煌めく海が良く見える。
無表情ではあるが、海が初めてというカナエは、食い入るように窓から外を見ており、まるではしゃぐ子供のようだ。
こういう行動を見ていると、カナエの年齢が良くわからなくなるな。
一応、俺よりも3つ年上ではあるのだが。
「ようこそおいで下さいました。わたくしはこの港町シトランの統括を行っております、トレシド・ポトンと申します」
目的地である港街シトランへ到着すると、竜操車を降りた所で出迎えが待っていた。
今回の依頼主であり、街の代表者でもあるトレシド・ポトン伯爵だ。
事前に名前を聞いてはいたが、重要な交易拠点を任されているだけあって、物腰も柔らかく、丁寧ながら、貴族らしい風格がある男性だ。
年齢は40代前半といった所だろうか。
「ポトン伯爵様、依頼の間お世話になります。私はハイト・リベルヤと申します。こちらはパーティーメンバーのカナエ・サーノウ。まだ若輩者ですが、今回の件の解決に全力を尽くさせて頂きます」
向こうも丁寧な出迎えをしてくれたので、俺も相応に礼儀に気を付けて自己紹介を行う。
カナエは俺の紹介に合わせて無言で会釈をしただけだが、こういった場ではその方がボロが出なくていいか。
「ご丁寧にありがとうございます。リベルヤ準男爵のお噂はかねがね。何でも、ダレイス公爵を追い落としたとか。生憎とこの地を離れられなかったので、叙勲式には行けませんでしたが、離れたこの地においてもあなたの活躍は聞き及んでおります」
「そんな大層なものではないですが、微力を尽くさせていただきます」
ちょっと貴族らしいやり取りをしてから、ポトン伯爵の案内に従って、俺たちは今回の調査の拠点となる宿屋へと向かう。
なんと、今回の宿泊費はポトン伯爵持ちとの事。
報酬にしても待遇にしても、今回は破格の一言だ。
あまりにも高待遇で裏を疑ってしまうのは、俺が小心者すぎる所以だろうか。
「長旅でお疲れでしょう。今日はゆっくりお休みいただいて、明日に今回の依頼についてのお話をさせて頂ければと思います」
「こちらとしてはありがたいですが、一刻を争うのではないですか?」
ポトン伯爵の気遣いがすごいが、ここまで冒険者に忖度するものだろうか?
まあ、確かに大幅に日程を単縮したとはいえ、疲れが無いと言えば嘘になる。
ただ、わざわざ特急料金を出しているくらいだし、少しでも早く事態を収束させたいはず。
「確かにそうですが、わたくしとしては今回の件が簡単に解決するとも思えないのです。状況がはっきりしていない部分がありますので、一旦は調査の人員を集める形での依頼を出させて頂きましたが、状況次第ではS級冒険者の力が必要な可能性もあります。ですので、確かに一刻も早い解決が必要ではありますが、急いて事を仕損じるわけにもゆかぬのです。ですので、冒険者の皆様には万全の状態で依頼に挑んで頂きたいのですよ」
「……わかりました。そういう事でしたら、今日はお言葉に甘えて休ませていただきます」
「そうして下さい。ではまた、明日お会いいたしましょう」
俺たちを宿に送ると、ポトン伯爵は帰って行った。
うーん、何とも言えないな。
陰謀があるパターンか、単純に額面通りの状況か、五分五分といった所だろう。
一応、最低限の警戒はしておくべき、だろうな。
「さて、今日はゆっくりしていいらしいが、夜は念のために交代で夜番だ。何も無ければ俺の考えすぎだろうけどな」
「わかった」
俺の判断にカナエが異論を唱える事も無く、後ろの番をするために、夕食を摂ってすぐ眠りに付く。
昼間、竜操車の中でも結構な時間寝てたはずなのに、よく眠れるな。
あれか、寝る子は育つ……ってヤツか?
「……落ち着け」
仰向けで眠っていても、立派な存在感を示している彼女の胸部装甲を無意識に眺めてしまい、首を振って煩悩を追い出す。
カナエとはそういう関係じゃないだろ。
あくまでカナエは奴隷、俺は主人。
立場をわきまえろ。
……あ、そもそも主の命令には逆らえないのでは?
いや、違うだろ!
ここの所、ずっと歳の近い女子と一緒に寝食を共にしているせいで、発散タイミングが無くて思考が暴走気味だ。
落ち着け。
俺は冷静、俺は冷静……。
落ち着こうとしたものの、意識すればするほど煩悩を掻き立てられてしまい、カナエが起きるまでは一人悶々とし続けていたのは、言うまでもない。




