ワケあり2人目⑥
「むん」
轟音。
カナエの重力の大鎚斧が魔物を粉砕する。
彼女が大盾を一度手放し、両手持ちで振り下ろしたその一撃は、地面を大きく陥没させ、頑丈な事で有名な魔物、鎧蜥蜴を文字通りミンチにして見せた。
鎧蜥蜴って、鉄並みに硬い外殻だから物理攻撃は殆ど効かないはずなんだけどなあ……。
関節とか、首回りの装甲の隙間を狙って倒す、もしくは魔術で攻めるのがセオリーなんだけど、カナエの圧倒的パワーの前には鎧蜥蜴の装甲も形無しである。
「これで全部?」
「ああ、お疲れ様」
まずは小手調べと思って受けた、鎧蜥蜴の殲滅依頼をさっくりと片付け、俺は彼女の実力のほどに驚く。
少なくとも単体での戦力はB級冒険者を越えているだろう。
C級でも中位くらいの実力が必要と言われている鎧蜥蜴が、まさしく鎧袖一触だ。
俺も魔術があるので苦戦せずに倒せる相手だが、カナエは効きにくいはずの物理攻撃で真正面から叩き潰している辺り、文字通りの蹂躙である。
これはあれだ。
某ストロングな赤い巨人が物理で不利展開をゴリ押すアレだな。
まあそもそも不利にすらなってないけども。
逆に言えば、多少の不利はものともせずに、ゴリ押せるだけの圧倒的パワーだという事だ。
フィジカル一点特化の突き抜けた完成形とも言える。
「討伐証明を集めるか。何体かは粉々だけどな」
荷物から解体用ナイフを取り出し、鎧蜥蜴の死体から討伐証明となる部分を切り出していく。
カナエがやりすぎて粉々にした鎧蜥蜴については、正直にギルドに謝る事にしよう。
「やりすぎた」
無表情に見えるものの、少しだけしょんぼりしたようにも見えるカナエも、手際よく討伐証明部分を切り出している。
まあ、力がありすぎるゆえに加減が難しいのだろう。
その辺りはおいおい加減を覚えていってもらおうか。
というか、カナエのおかげで俺に足りなかったものが一気に揃った感がある。
そのパワーと大盾による安定した防御と、圧倒的な一撃の破壊力。
後者に関しては俺も多少の無理をすれば実現可能だが、ソロ活動だとどうしても安定を取らないといけなかった。
前者は俺だけだとかなり厳しい部分だったので、とてもありがたい。
一応、魔術で防壁を作り出したりは可能だが、相手によっては時間稼ぎにもならない場合があるし、カナエという圧倒的な安定感を持った防御役がいるのはやはり心強いな。
最悪、物理が一切効かない相手が出てきても、カナエに時間を稼いでもらって、俺が高威力の魔術で攻撃する事でフォローが効く。
かなり奮発して装備を揃えた事も相まって、カナエの安定感は抜群。
本来なら移動も込みで半日かかる予定だった鎧蜥蜴の討伐も、午前中の半分で終わってしまったほどだ。
これなら同じくらいの難易度の依頼を午前中にこなして、午後からはまた別の依頼をこなせる。
諸々を俺一人でやっていた頃に比べると、冗談抜きで倍以上の効率。
この分なら、拠点の移動についてもかなり早められるかもしれない。
というか、ここまで余裕が出るのなら、今まで1人の時に敬遠していた依頼も余裕で視野に入ってくるな。
「一度戻るぞ」
討伐証明を回収できる死体からは全てを回収し、その場を後にする。
死体については完了報告を出した時点でギルドの回収部隊がやってきて、使える素材を解体した上で使えない部位や肉などを処分してくれるので、こっちで処理をしなくていいので楽だ。
依頼の場所によっては、最初から回収部隊が同行してきて、倒したその場で解体が始まる場合もあるが、それは依頼によりけりだ。
今回については、王都から少し離れた所にある村からの依頼だったので、そこまで遠い場所でもない。
馬車で30分程度の場所なのだが、普通なら馬1頭で済むはずが、カナエの装備重量の関係で、2頭引きの馬車を借りる事になった(もちろん有料)のは少々想定外だった。
まあ、達成効率を考えれば全然お釣りが来るし、将来的に貯蓄に余裕が出てきたら、自分たちで足を確保するのもありだ。
とはいえ、馬車を借りるのもそこまで高い料金ではないし、初期投資と維持費を考えると、10年単位で冒険者を続けるのでもなければ、借りた方が安上がりである。
「お疲れ様でした。こちら、報酬の金貨50枚でございます」
初回の依頼以降、俺の専属担当っぽくなったイケオジから報酬を受け取り、次の依頼を探す。
ちなみに、報告の間にカナエは食堂に行かせ、腹ごしらえをさせている。
食べられるタイミングで食べさせておかないと、カナエが空腹を訴えた時にマズイ事になりそうだからだ。
「ちなみに、こちらの依頼はいかがでしょうか? 少々移動距離がありますが、パーティーメンバーの増えた今なら、稼ぎも内容もかなり破格の条件かと」
俺が依頼を吟味していると、イケオジの方から依頼を提示してきた。
内容はこうだ。
王都郊外の港街に魔物が出て、交易や漁に影響が出ているので、その原因の調査を行い、可能なら排除、より戦力が必要なら可能な限りの調査を行う事。
基本報酬は調査完了で金貨200枚、原因の排除ができたなら追加で金貨300枚。
それ以外に、調査や討伐にかかった日数×金貨10枚と、調査で終了する場合に有益な情報があれば、内容に応じて追加の報酬がある、といった形。
確かに遠方に向かう仕事であるとしても破格の報酬だ。
とはいえ、報酬が高いのは何かしら裏がありそうで気になる。
「確かに報酬は魅力的ですが、ここまで高い報酬には何か理由が?」
「今回の依頼にある港街は、リアムルド王国で最大の交易の要衝ですので、被害が大きくなり、影響が出る期間が長くなればなるほど、損失が大きくなってしまいます。ですので、高い報酬を出す代わりに極力早期の解決を目指してもらいたい、という内容になっております。無論、何パーティーかお声掛けさせていただいておりますので、ハイト様のパーティー単独で解決せよというわけでもありません。まだお返事は頂いていませんが、フィティルを始めとした高ランクパーティーにもお声掛けさせて頂いております」
なるほど、国側の利益がかかっているから、報酬への予算が多くなってるわけね。
恐らくは、港町と国からの合同依頼って事なんだろう。
ギルバート氏にも声がかかっているみたいだし、ギルド側としてもここで国に恩を売っておきたい、という所なんだろうな。
「もし依頼を受けて頂けるなら、準備のできたパーティーから順次取り掛かっていただく手筈になっておりますので、すぐにでも目的地へ向かって頂ければと思います。その後の動きに関しては現地の方と相談の上で進めて頂ければと。後々、合流してきたパーティーとの情報交換などもあるかもしれませんが、その辺りはハイト様なら上手く対応して頂けるのではないかと」
「なるほど……であれば、この依頼を受けさせて頂きたいと思います。出発は今日の午後からで構いませんか?」
「ええ、構いません。しっかりと準備をしてから依頼に臨んで下さいませ。ああ、それと、国から送迎を付けると伺っておりますので、準備ができましたら一度ギルドにお立ち寄りください」
「わかりました。ありがとうございます」
国で送迎まで付けるなんて、相当な力の入れ様だ。
それだけ経済的な影響の大きい事案という事なのだろう。
未だ書類仕事に追われているであろう陛下を思い浮かべると、大変なのだろうなと思ってしまうが、自分の失策のツケなので、頑張って頂きたい。
「そういうワケで、もしかしたらしばらくここを空ける事になるかもしれないから、その間の荷物の管理とか諸々をお願いしていいか?」
「はい、お任せください。留守は私が守ります」
ギルドでの用事を済ませ、一度宿に戻ってすぐにシャルロットに事情を説明し、しばらく遠征に出る事を知らせておく。
幸い、彼女は留守番を引き受けてくれたので、彼女の生活費に金貨100枚を渡す。
彼女一人なら、しばらくは暮らしていける額だ。
「移動は費用がかからないとの事でしたが、それ以外に装備や消耗品を揃えたりは? 私の生活費でしたら、金貨50枚でも半年以上は大丈夫ですよ?」
「いや、何があるかわからないし、多めに置いていくよ。こっちはむしろどうとでもなる。追加で揃える装備なんかは遠くにないしな」
自分の生活費はもっと少なくてもいい、というシャルロットだったが、緊急で費用がかかる何かが起こる可能性も考慮して、多めに金貨100枚を預けて行く事にした。
カナエの食費に関しては、いざとなったら狩りでもして食糧を自前で確保すればいい。
滞在費用に関しても、最悪は野宿で全然平気だし、浮かせようと思えばどうとでもなる。
俺自身は回復や解毒の魔術も使えるし、仮に怪我をするような事があってもどうとでもなるしな。
カナエがいるから夜も交代で夜番をすればいいし。
「そういうわけで、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
少し急ぎ足にはなったが、こうして俺とカナエは、港町に向けて出発するのだった。




