ワケあり2人目②
「当店は独自の仕入れルートを持っておりますので、お客様の要望に合わせて様々な奴隷をご用意できます。まずはどういった用途の奴隷がご入用ですかな?」
「戦闘用とか、下働き用とか、色々ありますので、一通り見せて頂ければと。予算もそれなりにありますからね」
具体的に予算がいくらかは言わないが、予算がある、という言葉に店主の男が反応した。
おいおい、反応がわかりやすすぎるだろ。
「それでは回りやすいルートからにいたしましょう。まずは下働き用の奴隷からいきましょうか」
そう言われ、店主の案内に従って店の奥に進んで行く。
奴隷がいる大きな部屋の中には、いくつか鉄格子により区切りがあり、奴隷の用途ごとに分けられているようだ。
「まずはこちらが下働き用の奴隷となります。子供が多いですが、様々な業務に対応できるよう調きょ、ゴホン。教育しておりますよ」
おい、今調教って言いかけたよこの店主。
まあ、ある意味間違ってはいないのかもしれないけど、先ほどの外での一件も考えるに、奴隷の事を商品としか見てないな。
仮にお金による取引をする対象だとしても、人間は人間だぞ。
「……なるほど。子供なら、長く使えますね」
下働き用区画の鉄格子内にいるのは、10歳前後くらいの子供が10人くらい、10代後半から20代前半くらいの人が数人、中年の男性が1人だ。
一様に暗い表情ではあるが、俺を見て買ってくれるかもしれない、という希望があるのか、こちらに視線が集中している。
よくよく見てみると、数人は見えにくい所にうっすらと青痣が見えており、恐らくは調教という名の暴力を受けているのだろう。
もしかすると、奴隷を扱う公認資格を持っていないのかもしれない。
あまり詳しい事は知らないが、奴隷商人になるには色々な基準を満たすための試験があり、資格がないと奴隷商にはなれないと何かで見た記憶がある。
スラム近くに店を構えている辺り、結構グレーゾーンないしは違法奴隷商の可能性が出て来たな。
「いかがですかな?」
「ここに購入したい奴隷はいませんね」
俺が買わない事を表明すると、区画内の奴隷たちは一様に視線を下げた。
まあ、そうなるよなあ。
きっと、ここの環境が嫌で、誰かに買われたいんだろう。
恐らくは、それで騒ぐと体罰があるから、買ってくれと騒げない。
そんな状況だから、僅かな期待を込めて客を見るしかないという所か。
俺が何となく予想していた内容は、見て回った区画が増えるほど確信に変わっていく。
「……次で最後の戦闘用奴隷の区画です。といっても今は一人しかおりませんが」
俺が今の所、一切奴隷を購入していないからか、店主のテンションは目に見えて下がっていた。
まあ、実質この戦闘用奴隷が一番の目当てだからなあ。
他にもいい人材がいれば確保しようかとも思ったけど、色々な兼ね合いもあるし、その辺りの予定をぶち破ってまで購入したい奴隷もいなかったんだよな。
「……誰?」
戦闘用奴隷の区画の中には、先ほどの女の子が体育座りで座っていた。
驚くほどに無表情で、声にも感情が無い。
店主の過酷な教育のせいでこうなったのか、彼女の生来のものなのかはわからないが、一癖も二癖もある人材であるのは間違い無さそうだ。
「お前の事を購入してくれるかもしれないお客様だ。失礼のないようにしろ」
店主は先ほどの外での一件があるからか、彼女に対して語気が強い。
そんな店主の勢いにたじろぐでもなく、これといって表情を変える事もなく、女の子はスッと立ち上がる。
今の俺よりも若干背が高いな。
そして、先ほどは遠目だったから気付かなかったが、額から2本の角が生えている。
「彼女は鬼人族の戦闘奴隷です。力と頑丈さが売りですな。装備を整えてやれば、壁としても使えますよ」
店主の簡単な説明も、俺が先ほど女の子を鑑定した結果と一致しているので、間違いないだろう。
さて、あとは値段交渉の時間だな。
「なるほど、彼女は幾らですか?」
値段を聞いた瞬間に、店主の顔が獲物を見つけた肉食動物のようになった。
ホント、わかりやすいな。
商売人に向いてないよアンタ。
「お目が高いですなあ。彼女はその能力の高さから、本来であれば金貨800枚はするんですが、今なら金貨500枚の特価となっております。こんな買い物、他ではそうそうできませんよ?」
元は金貨800枚で、特価で金貨500枚ね……。
彼女の能力を見れば、それなり以上のお値段なのは間違いないのはわかるが、それが相場として正しいのかはわからない。
まあ、かなりぼったくっていそうなのは間違いなさそうだが。
「なるほど、ちなみに下働きの奴隷は平均で幾らでしょう?」
「年齢や能力によりますが、大体金貨50枚前後といった所でしょうな」
うーん、この拭いきれぬぼったくり感よ。
まあ、あまり茶番を続けているのも面倒だし、そろそろこちらもカードを切っていくとしようか。
「ちなみに、首輪を外しての奴隷契約は可能でしょうか? いくらか割増の料金になるとは思いますが」
これは以前のシャルロットを買った時の応用だ。
場末の奴隷商、と痩せぎすの店主が言っていたが、少なくともキチンと資格は持っていそうに思えた。
奴隷魔術を扱えるかどうかも資格には関わっていたはずだから、これの反応次第で次の対応を変えよう。
「首輪外し、ですか? できない事はありませんが、少々お時間を頂きますよ。大体2~3日といったところでしょうか」
時間がかかる、ねえ。
ちょっとばかり怪しいな。
少し揺さぶってみるか。
「そうなんですね。ちなみに、前に行った別の奴隷商では、その場ですぐに首輪外しの対応をしてくれましたよ」
「よそはよそ、うちはうち、ですな。奴隷商も店によって営業形態が違いますので」
若干笑顔が引き攣ってるな。
もうひと押ししてみようか。
「そうですか。それでは失礼ですが、奴隷商の資格証はお持ちでしょうか? すぐに見せられるよう、奴隷商は資格証を準備しておかないといけないはずですが」
これに関してはハッタリである。
資格が必要な事に変わりはないが、別に携帯している必要があるかは知らない。
俺の問いかけに対し、店主は笑顔のままで血の気が引いた状態に陥っていた。
逆に器用な事をしているな、と思うが、それでは自白しているようなものだろう。
「ええと、その、更新期間中でしてね。今は手元に資格証が無いんですよ」
お、かなり苦しいが、それっぽい言い訳を捻り出したな。
でもまあ、ここまで来たらもう簡単だ。
「それはおかしいですね。資格証の更新は年末に行われ、1週間もかからずに終わるはずですが」
もちろんこれもハッタリであるが、店主の顔は青ざめるのを通り越して、土気色の顔をしているのが少し面白い。
ここでのポイントは、あくまで自分が前提を知っているように振る舞う事だ。
弱みを先に見せた時点で、主導権は俺にある。
あとは煮るなり焼くなりだ。
「確か、違法奴隷商は死ぬまで強制労働だったでしょうか。知り合いが法務部にいましてね。彼に報告すれば、一発です」
にっこりと笑みを浮かべて、必殺の一言を言い放つ。
とはいえ、知り合いが法務部にいるわけでもないし、違法奴隷商の罪がどんな刑罰かなんて知らん。
重要なのは、俺がそれをあたかも知っていて、目の前の店主の生殺与奪を握っているように見せる事だ。
「申し訳ありませんでした! どうか、どうか御慈悲を! 死ぬまで強制労働なんてしたくありません!」
もはや俺を誤魔化し切るのは不可能だと判断したか、店主は見事な土下座を決め込んで、通報しないでくれと懇願してくる。
いっそ清々しいまでにクズだな。
まあ、俺は通報しないよ。
他の誰かが通報するかもしれないけどね。
「それでは、彼女の適正な値段を教えて頂けますか? 私、謀られるのは大嫌いですので」
次に騙そうとしたら容赦しないぞ、と脅してみれば、店主は涙目になりながら、鬼人族の女の子の値段を教えてくれた。
なんと、仕入れ値が金貨10枚なので、適正価格であれば金貨30枚だという。
なるほど、相当にぼったくろうとしてやがったな。
店主が完全に泣き出すまで責めてから、俺は鬼人族の女の子を購入。
お値段は、最終的に金貨20枚となりました。
とはいえ、違法奴隷商なので自前で奴隷魔術を使えず、他人に依頼しているとの事なので、手続きをしてから別の奴隷商の店へと移動する。
「おや、また会いましたね」
契約に向かったのは、以前にシャルロットを購入した場末の奴隷商。
俺の事を覚えていたらしく、痩せぎすの店主が笑顔を浮かべて話しかけてきた。
以前と同じように首輪外しの契約をお願いして、鬼人族の女の子と契約を済ませる。
ここに至るまで、彼女は一言も発さず、表情も変わらない。
この子、表情筋が死んでいるんじゃあるまいか。
「ちなみに、あそこの人が違法奴隷商なのはご存知で?」
俺たちから少し離れた所で、がっくりと肩を落としている髭面の店主をさして、俺は痩せぎすの店主に声をかける。
「それは存じ上げませんでしたな。てっきり、奴隷契約の仲介人と思っておりました。たまにあるんですよ。奴隷商を通さずに直接奴隷契約をする事が。事情は種々様々ですがね」
「なるほど、それではあの方をお願いしても?」
違法奴隷商を通報してくれ、と痩せぎすの店主の手に大銀貨を握らせると、彼は黙ってそれを押し返す。
「違法者を通報するのに、料金は取りませんよ。それに、場末とはいえ、私も奴隷商人の端くれ。資格の無い者は許せません」
これなら任せても大丈夫そうだな、と判断し、俺は契約を終えた鬼人族の女の子と奴隷商店を後にするのだった。




