ワケあり1人目⑯
ここからちょっとイチャイチャ回です。
「買い物に行こうか」
陛下と面談を行った翌日。
俺はふとシャルロットの生活用品が色々と足りない事に気付いた。
服に始まり、身の回りで使うであろう道具類など、必要なものがたくさんある。
「買い物ですか? おみやげは何か屋台の料理がいいです」
ちゃんとシャルロットの顔を見て、買い物に行こうと言ったのに、自分が行かない前提になっている彼女の反応に、俺は思わずずっこけた。
しかも、これまたいい笑顔を浮かべている辺り、絶対天然だよな。
それでいてどんな屋台の料理がお土産になるか、楽しみにしている顔だ。
「シャルロット、君の日用品の買い物だからな? いつまでも俺の予備服ってわけにもいかんだろうに」
「確かにそれもそうですが、ただでさえ養ってもらっている身なのに、そこまでしていただくわけにも……」
「その恰好でずっといられる方が困る。ちゃんとした服も着せられない主人だと思われるなんて、俺は嫌だぞ」
変な遠慮をしようとしたシャルロットに、ちょっとだけ圧をかけるように詰め寄ると、視線が明後日の方向に泳ぐ。
何か、行きたくない理由でもあるのだろうか?
「……外に出たくないのか?」
「そういうわけでもないんですが……」
どうにも歯切れが悪い。
これはあれか、俺が一緒に行かない方がいいやつか。
「すまん、配慮不足だったな。お金を渡すから、自分で買いに……」
「いえ! 一緒に行きたいです!」
自分で買い物をしておいで、と言おうとした瞬間に、何なら喰い気味に否定の言葉が返ってくる。
何ならちょっと必死なんだけど、これはもはやワケがわからんぞ。
「……じゃあどうしたいんだよ」
こちとら前世は童貞のまま死んだ身である。
成り行きで今生では童貞は捨てられた(奪われたともいう)けど、だからといって女心とかそういうのはさっぱりわからんのだ。
だからこそ、早々に彼女の思考を読む事を諦めてしまった。
「あの、笑わないでほしいんですけど……私、外で買い物をした事が無いんです……」
そういって、顔を赤くするシャルロットは、とてもかわいい。
くそ、ずるいぞ。
そんな顔されたら文句なんて言えないじゃないか。
「だったら尚の事、一緒に行った方がいいな。それと、ついでに買い物の仕方も覚えておいた方がいい。どの道、これからはシャルロット自身で買い物に行く機会も増えるだろうし」
「父が過保護だったものですから……すみません」
まあ、14にしてこれだけ美人かつ可愛い娘がいたら、過保護になる父親の気持ちもわかるような気がする。
絶対に悪い虫が付かないようにしたくなっちゃうだろうな。
「気にしなくていい。知らない事があるのは誰だってそうだ。知らないなら、知って覚えればいい」
「……馬鹿にしないんですね」
買い物に行った事が無い、という事をからかわれたりしなかったのに安堵したのか、少しだけホッとした表情のシャルロットを見て、そんなにビクビクする事だろうか、と内心で首を傾げるも、その辺は本人にしかわからない何かがあるのだろう。
「知らない事は恥じゃない、ってのが持論でな。知る事ができるのに知ろうとしないのは恥だとは思うが」
「そう言われてみると、そうかもしれませんね。それじゃあ、お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
ただ買い物に行くだけのはずだったのに、少しばかりハプニングが起きてしまった。
まあ、大した事じゃなかったし、女将さんに部屋の鍵を預けて、俺たちは二人で宿を後にする。
二人で連れ立って歩きながら、どこから回ろうかと考えた時、彼女の服装を見て、早急に衣服だと判断し、王都内の服屋に向かう。
そこそこの小金持ちではあるが、貴族が使うような服を何着も買えるほどの財力ではないので、一般民で裕福な人が行くくらいのグレードの店を探す。
貴族の服って、用途にもよるけど一着で金貨数百枚が吹っ飛ぶなんて事ザラだからなあ。
高位貴族育ちの彼女には申し訳ないが、その辺りは今の俺の財力じゃ無理なんで勘弁して頂きたい。
「貴族じゃない、一般的な人たちの暮らしって、こんなにも賑やかなんですね」
道行く人々の喧騒に紛れながら歩いているうちに、シャルロットがぽつりと呟いた。
まあ出発前に聞いた話だと、ロクに王都を歩いた事すら無さそうだからなあ。
鑑定した時のステータスも一般人レベルだったし、本当に箱入り娘だったんだろう。
「俺はこっちの方が性に合ってるけどな。一応公爵家出身ではあるけど、あの頃は息が詰まりそうだった」
主にクソ親父たちの態度だとかそういうのが、見苦しかったからなんだけど。
「あの店にしよう」
同じ話題を続ける気になれなくて、たまたま見つけた服屋に入る事で会話を誤魔化してしまった。
幸い、中に入った時点でシャルロットの興味が服の方に移ったので、そこは救いだな。
「それじゃ、必要な服を選んでくるといい。試着もできるはずだし、店員に聞けばわからない事も教えてくれるぞ。俺は入口で待ってるから――」
入口で待ってるからじっくり選んでいいぞ、と言おうとした所で、がしっと右手を掴まれる。
心細いから置いて行かないで、と両手でガッチリと俺の右手を捕まえて、無言で訴えてくるシャルロットの顔が、不覚にも可愛く見えてしまう。
何なら、両目に涙がうっすらと浮かんでいるくらいなのだが。
かわいそうと可愛いは両立する、と業の深い人が言っていたような気がするが、その気持ちが少しだけわかったかもしれない。
「……わかったよ。一緒にいるから、そんな泣きそうな顔でこっちを見るな」
置いて行かない? と表情で訴えられたので、大丈夫だと伝えると、渋々といった様子ではあるが、彼女は俺の右手を解放してくれた。
「とりあえず普段着を何着か買おう。洗濯したりするのに、ある程度は数がいるからな」
いやむしろ下着が先では?
口に出してからそんな事を考えてしまう。
仮に試着なり何なりをするのに、いきなりすっぽんぽんになるのはどうなのか。
シャルロットが下着を着ない露出狂、なんて思われてしまうのも何か嫌だし、とりあえず下着を選ばせる事にするべし。
とはいえ、下着コーナーに俺がついていくのは不可能なので、女性店員を見つけて補助して貰おう。
「すみませーん」
ちょうど、女性店員を見つけたので声をかけると、ぱたぱたと小走りでこちらに来てくれた。
多分30代くらいの、落ち着いた感じの雰囲気の女性だ。
「いらっしゃいませ。何かご用ですか?」
「彼女に普段着と下着を見繕ってあげてほしいんです。俺は女性物の方には行けませんから」
一緒に行けない、と聞いた瞬間に、シャルロットが俺の後ろに回り込み、ぽかぽかと背中を叩き始める。
これはあれか、一緒に行くって言ったじゃん、みたいなお怒りだろうか。
まあ、力の無い女性のぽかぽかなんて痛くも何ともないのだが。
「あらまあ、彼女さんはご同伴がご希望のようですね?」
彼女さん、ね。
即座に否定しようと思ったものの、言葉に詰まってしまう。
俺とシャルロットの関係性は、奴隷と主人だ。
それを公言するもの憚られるし、かと言って髪色も顔立ちも似てないのに親族、というのも何か違う気がする。
ちょうどいい関係性の表現が見つからず、どうしたものかと悩む。
というか、シャルロットって、こんなに人見知りだったんだな……。




